本を連れて行きたくなるお店

学生時代の“最大のごちそう”は、皿いっぱいのレバニラ定食 目白の中華料理店「西海」

  • 文 笹山美波
  • 2018年6月26日

  

カフェや居酒屋で、ふと目にとまる、ひとり本を読んでいる人。あの人はどんな本を読んでいるんだろうか……。なぜその本を選んだのだろうか……。

本とお酒を愛する編集者で鰻オタクの笹山美波さんが、本の中の物語が現実世界とつながるような、そんなお店に連れて行ってくれます。

    ◇

ある晩、猛烈に激安スパゲティにレトルトカレーをかけて食べたくなった。若い頃よく作った“貧乏飯”。結構おいしくて気に入っていた。記憶を頼りに久々に作って食べてみる。

だけど、「こんなもんだっけ」と、その味に少し落胆してしまった。思い出を美化し過ぎていたせいだろうか。

ああ、思い出した。抜群にうまいわけじゃないが、手軽にお腹いっぱいになれるのが貧乏飯なのだった。

振り返ると、当時の生活はちょっと厳しかった。稼いだお金は、家賃や付き合いでほとんど無くなってしまうので、とにかく食費を切り詰めていた。そのため自炊をしていたのだが、38円のもやし、1キロ200円のスパゲッティ、特売の豚こま肉ばかりにお世話になる暮らしだった。

高くてウインナが買えない――東海林さだお氏が下宿生活を振り返るエッセイ「わが青春の大久保」が、昔の自分と重なる

東海林さだおさんのエッセイ集『笑いのモツ煮こみ』に収録されている、彼の下宿時代の思い出を綴(つづ)った「わが青春の大久保」にこんな一節がある。「おかずは鯨の缶詰か、豚コマとモヤシの野菜炒め風か、どちらかだった」。私もそんな懐事情だった。昔の自分にちょっと重なるエッセイで、気に入っている。

東海林さんは学生時代、東京都・大久保で下宿していた。駅近、6畳月4500円。家賃が破格な理由は、風呂なし、台所・トイレ共有の、周りが「温泉宿」に囲まれた「素人下宿」だったから。貧乏なので、隣人がよく食べていたちょっと高価な「ウインナ」が買えずに羨んでいた。定食屋でも、一番安い魚肉ソーセージの輪切り定食しか食べられない。そんな頃の「最大のご馳走」が「燕京亭のニラレバ炒め」だったという。

「まずボリュームがあった。大きな中華皿一杯に山盛りになっていた。レバーが豊富だった。野菜も豊富だった。ニラとレバーともやしの他に、竹の子や人参もたくさん入っていた。ゴハンが山盛りだった。味噌汁のワカメも豊富だった。タクアンの切り方が厚かった。お茶も熱かった――」

東海林さんはそう回想し、「あの一帯はどうなっただろう」と大久保に思いを馳せる。そして、それまで約25年間一度も訪れていなかった下宿先一帯や「燕京亭」を確認しようと思い付き、「わが青春の大久保」へと向かう。

一度読めば、その文体が癖になる東海林さだおさんのエッセイ。ちなみに、挿絵も東海林さんが描いている

記憶の中で輝く、てんこ盛りの「ニラレバ炒め」を求めて

東海林さんにとっての「燕京亭」のように、私にも学生時代お気に入りのお店が大学近くにあった。ボリューム満点でお客に人気の、目白の「西海」という中華料理店。本当にお腹が空いて仕方がなく、財政も緊縮状態でない時(学食の2倍はお金がかかる)にだけ行っていた。

今回は、東海林さんに倣(なら)って、私も「西海」を再訪してみようというわけだ。

通っていた大学から徒歩2、3分の場所にある。深夜1時過ぎまで営業しているので、いろいろと助かる店だった

当時は男性客の視線がなんとなく気になり、昼時なんかのピークタイムを避けてコソコソと通っていた。もちろん1人で。だからランチタイム限定のお得なメニューは頼んだことがない。お金と恥ずかしさとを天秤にかけて、後者を優先した結果、いつでも注文できる炒め物の定食を食べることが多かった。

炒め物は「麻婆茄子」や「青椒肉絲」といった12種類のメニューから選ぶことができる。個人的な“推し”は「レバニラ炒め定食」。どんなメニューに浮気をしても最終的にここへ戻ってきてしまうくらい、取り憑(つ)かれるおいしさがある。今回もレバニラにしよう。

注文したら5分程で提供されるスピード感が西海のいいところ。レバニラ炒め定食、850円。お皿にてんこ盛りのレバニラ、丼飯のような白ごはん。東海林さんの言葉を借りれば、「ボリュームに見覚えがある」。プラス100円でつけられる餃子もお願いしたので、おぼんの上はいっぱいだ。

西海の定食を初めて見た時は「注文を大盛りと間違えられた!?」と疑ってしまったが、これがスタンダード。ちょっと左に片寄った盛り付けもご愛嬌

早速レバニラから。シャキシャキのもやしと玉ねぎ、コリコリのキクラゲ、ちょいクタ~ッとしたニラ。鮮やかな人参。程よい火の通りのレバーは、どこに箸を差し込んでも当たるくらいたくさん入ってるのが嬉しい。それに絡むしょうが・ニンニクたっぷりのソースがご飯を求めてくる。う~ん、この感じ! たまらない。

続いて餃子。他店の3倍くらいあるんじゃないかってくらい大ぶり。ひと口かじれば、肉汁がプシュッとあふれ出る。それをご飯で受け止めて、汚れた白米をほお張って。餃子、ご飯、餃子を繰り返す。そしてまたレバニラ、ご飯――ってのもいいけど、だんだんビールが欲しくなる。ええい、追加で「ビール小」、320円。学生の頃ならできなかったぜいたくだ。

もっちりジューシーな餃子。普通に注文すると3個300円だが、定食に付けると100円に。これは頼まずにいられない

丼飯みたいな白ごはん、箸休めに嬉しいたくあん、お腹に優しい玉子スープ

中華料理店の変わらぬ味が、時の流れを教えてくれる

思い出の「レバニラ炒め定食」に再会した最初こそ、その変わりのない姿と味に感動し、いいスピードで食べ進められたが、だんだんスピードが落ち、完食まで45分もかかってしまった。しかも、昔ならこの後バイトへ直行できていたのに全然動けない。お腹を空かして行ったのに、なんだか情けない。

他にも若い頃と状況が変わっていたのに驚いた。昔は残金が気になって追加の餃子やビールを頼めなかったのに、今回はカロリーや残してしまうのが心配で注文を躊躇(ちゅうちょ)してしまった。それに、山盛りの白ご飯への罪悪感が酷く強かった。昔なら無料で大盛りと聞けば喜んで食べたのに、今の私には食べきれない。大人になると自由が増えるが、同じくらい不自由も増えるって話は、こんな暮らしの些細な所にも現れるのか。

ただ、「レバニラ炒め定食」が「最大のご馳走」であることは変わらない。昔はバイトと節約を頑張った私にお腹いっぱいのご褒美をくれたし、大人になった今は、大学時代の私に戻す魔法をかけてくれるからだ。

いつも変わらずそこにある中華料理の定番は、私を原点に連れ戻してくれるタイムカプセルだ。

    ◇

西海 
東京都豊島区目白3-4-13
11:00~翌1:50
日曜営業

筆者プロフィール

笹山美波

笹山美波

「東京右半分」に生まれ育つ。編集記者を経て、外資マーケティングサービスのWebプロデューサー、マーケター。ライター。鰻オタク。東京と食に関連する歴史/文化/文学/お店を調べるのがライフワーク。
・ブログ
http://minamii.hatenablog.com/
・Twitter
https://twitter.com/mimi373mimi

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