私の一枚

ハリー杉山さんが「人生の理想像」の父からもらった言葉 “You failed upwards.”

  • 2018年7月2日

『ニューヨーク・タイムズ』の東京支局長を務めたジャーナリストの父、ヘンリー・スコット・ストークス氏と

父は僕にとって、一生超えられない存在。100%、何があろうとも超えられません。今年で80歳。2012年にパーキンソン病と診断されました。医師によってはレビー小体型認知症と診断されることもあります。この写真は2013年6月12日、彼の75回目の誕生日の3日前に撮影したものです。少しずつ体が使えなくなってきていた頃で、ここまで彼の手が上がったのは、おそらくこの時期が最後だと思います。

父は、イギリスの経済紙『フィナンシャル・タイムズ』の記者として、1964年の東京オリンピックを世界に伝えるために日本にやって来ました。その後『ニューヨーク・タイムズ』の東京支局長を務め、僕が生まれた1985年頃にはフリーランスのジャーナリストになっていましたが、小さい僕をよく仕事の現場に連れて行ってくれました。外国特派員協会で開かれる記者会見では「お前もフリーランスジャーナリストとして聞きたいことがあったら聞いてみろよ」と促してみたり、サッカーのトヨタカップで来日していたACミランの選手が宿泊しているホテルのロビーで「声をかけてみなよ」と背中を押してくれたり。

ただサインをねだって、もらって帰って来ただけですが、その一連のプロセスは、シャイで臆病な当時の僕にとって、自分にもできることを知る貴重な機会になりました。挑むことへのチャンスを与えてくれました。

父は、何があろうと僕のことを信じ、サポートしてくれました。僕のイギリス側の家系はこの200年、受験した人たちはみんなオックスフォード大学かケンブリッジ大学に入ってきましたが、僕が受験に失敗したことで200年の流れが途絶えてしまった。大人になり、僕は一族の落ちこぼれだろうという話を父にしたら、こんな言葉を僕が30才になった時、かけてくれました。

“You failed upwards.” (君は上に向かって失敗したんだ)

「落ちこぼれなんてことはない、その失敗がなかったら今の君はいないだろう」と言ってくれた。僕にとって最高の格言ですね。僕のことを無条件に、圧倒的に信用してくれているんです。ロンドン大学に入って、中国に留学して中国語がある程度しゃべれるようになって、あとは卒業だけというタイミングで「日本の芸能界に入る」と言い出した時も、僕の勝手な考えを受け入れてくれました。

育児では、親が強引な道しるべを子どもに与えてしまいがちですよね。僕だって、いつか子どもができたら、そういうふうにしてしまうかもしれない。

でも父はいつも、「お前はやりたいことをやれ」と言ってくれました。彼の育児や子どもとの触れ合い方は、日本で一般的な父親像からは程遠いものですし、世界的に見ても異端の父親だと思います。僕は彼を呼ぶときにファーストネームで呼びますし、父親というより親友という感覚です。もともと彼は7人きょうだいの唯一の男なので、ずっと欲しかった弟のような感覚で僕に接していたのかもしれません。

学費も含め、金銭的にも相当苦労を掛けました。友人に借りてまでお金を工面していたということが後々わかったのですが、もともと愛される人柄であり、少し抜けているところもあって、そういう人だから許されたんでしょうね。ちょっと中毒性がある人格というか。

偏見の目も決して持たず、人種においても、セクシュアリティーにおいても、障がいがあっても、誰にでも輝いている個性を見つけ、その人の面白さを引き出す力を持っている。若い頃には三島由紀夫さんと親交があり、彼の伝記も書いていますが、父だからこそできた仕事だったのだろうと思います。

最近は耳もほとんど聞こえなくなってきてしまいましたが、ある時、彼が僕にこんなことを言いました。「自分が自分のことを見失っていることはよくわかっている。でも、そうなればなるほど、世の中って面白いものだな」って。体は動かない、耳も聞こえない、2分前に起きたことも忘れてしまう、そんな状態でも、まだそんな気持ちが持てるなんて、本当に前向きで強い人だと思います。

4カ国語を話すマルチリンガルとしてテレビやラジオで活躍するハリー杉山さん

子どもの頃から見てきた大黒柱、力の象徴だった父が動けなくなる姿を見てきたこともありますし、最近は父の知り合いや僕の友人の訃報(ふほう)が続いたこともあって、自分も1日1日死に向かっていることを強く感じます。

その1日1日を決して無駄にしたくない。1日ごとに笑って泣いて仕事して、その1日が過ぎ去る時に、「今日、何かを得ることができただろうか」と考えることが増えました。

僕の人生の理想像である父。僕が何をしようと、この写真のようにずっと両手を上げ続けてくれた父。いずれはこの世を去ることになるでしょうけれど、そうなった後も、僕の仕事ぶりや生き様を見て、遠くから両手を上げ続けてくれると思います。自分らしく生きてくれと言いながら。何が自分らしいのか、僕自身はまだ模索中ですが、泥臭く一生懸命にやっている姿を父に見せたいですし、いろいろな仕事をさせて頂く中で、少しずつ自分らしさのヒントを得られるようになってきているような気がします。

    ◇

はりー・すぎやま 1985年、東京都生まれ。11歳で渡英。英国最古のパブリックスクール・ウィンチェスターカレッジからロンドン大学に進学。英語、日本語、中国語、フランス語の4カ国語を話す。Eテレ『おもてなしの基礎英語』(毎週月~木 22:50~23:00)、フジテレビ『ノンストップ!』(毎週月~木 9:50~11:25)、J-WAVE『POP OF THE WORLD』(毎週土 6:00~8:00)など、タレント・MC・ラジオDJとして多くの番組に出演中。大のサッカーファンとしても知られ、ワールドカップ関連の番組やイベントでもMCを務める。

    ◇

2020年の東京オリンピック・パラリンピックでは、メインMCとしてそれぞれの競技をTVで伝えるのが夢。2年後はまだ35歳。その年齢で進行役を許される人は数少ないでしょうから、できるかどうかわかりませんが、それが今の僕にとって大きな目標です。

あとは、やはり父の影響からジャーナリズムに憧れがあるので、父のように何かを書いて、あるいはこの口を通して、人の心に長い間刻まれるような思いを提供できたらいいなと思います。日本人の感性を持ちながらイギリス人の感性を持ちあわせる僕の武器を最大限に活かしながら、伝える仕事をしていきたいと思います。

(聞き手・髙橋晃浩)

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