インタビュー

インターネットは失敗に終わったのか 元『WIRED』編集長・若林恵が仕掛ける対話の場

  • 取材・文/吉田大 撮影/今井裕治
  • 2018年7月4日

若林恵氏

テック雑誌『WIRED』日本版(休刊)の元編集長の若林恵氏がソニーと共同で新プロジェクト『trialog』をスタートした。同プロジェクトはホスト役の若林氏が、いまもっとも注目しているクリエーターやエンジニア、アーティストらと毎回異なるテーマについて意見を交わす新しいトークイベント。ジャンルを横断し、越境する対話のなかから、次世代のクリエーティブカルチャーを可視化・創出することが狙いだ。

第1回目のテーマは「融解するゲーム・物語るモーション」。ゲームクリエーターの水口哲也氏やデイヴィッド・オライリー氏らゲームや映像業界のトップランナーを招き、濃密なトークセッションが繰り広げられた。

  

2012年から昨年12月まで、5年以上にわたり『WIRED』日本版の編集長を務め、先ごろコンテンツメーカー「黒鳥社」を立ち上げたばかりの若林氏が、どうしてソニーとこのようなプロジェクトを立ち上げたのだろうか。イベント終了直後の若林氏に話を聞いた。

ハードウェアではなく、ソフトこそがテクノロジーに意味を与える

なぜソニーと対話型のトークイベントをすることになったのか―—そんな素朴な質問に若林氏は頭をかきながら、一呼吸置いてこう口を開いた。

「ソニーサイドから『テクノロジーの話題を通じて、未来を考えたい』といった内容の相談があったんですが、個人的にはそれはちょっと違うかもなあと思ったんだよね。ハードウェアを作っている人間にとっては、未来はその延長にあるように思えるのかもしれないけど、そもそも『未来っていうのは、ハードウェアの進化によってもたらされる』という考えに結構うんざりしてまして(笑)。テレビというものが、ある時代を規定していたとして、それが重要だったのは、新しい文化として人の暮らしのなかに根付いたからで、ハードウェアとしてのテレビが何台売れたから価値となったわけではないですよね。テクノロジーが新しい文化として実装されたからこそ、社会的意義があったと言えるわけじゃないですか」(若林氏)

  

『trialog』のキャッチコピーは「What is the future you really want?(本当に欲しい未来はなんだ?)」だ。そこで語られるテーマは、最新テクノロジーの共有ではなく、そのテクノロジーが本当に我々の未来を開拓しうるのかどうか、である。

新しい文化をつくれないテクノロジーには意味がないと思うんですよね。とりわけいまは時代の変わり目で、新しいテクノロジーによって、新しい表現のようなものが生まれるようになってはいるんですが、まだ既存のものをその新しいテクノロジーのなかにどう移し替えるのか、という段階だと思うんです。つまり、そのテクノロジーにふさわしい表現の文法や様式がいきなり開発されるわけではなく、長い時間をかけて徐々にしか発見されないのかなと。例えば、リュミエール兄弟が映画という技術を発明してから、その後の映画の基礎となる文法をエイゼンシュタインが確立するまで、実に30年もかかっています。その間、おそらくいろんなクリエーターが様々な手法を、試行錯誤を繰り返していくなかで、一般化されうる“解”をみんなでみつけていくということをやっていったからこそ、その解が出てきたのだと思うんです。エレキギターが生まれたからって、いきなりジミヘンが出てくるわけじゃないんですよ。そう考えると、いまはあくまでもいろんなものがプロセスの段階であって、みんながただひたすら『こうしたらいいんじゃないか』『ああしたらいいんじゃないか』と試行錯誤をしていくことが大事で、その試行錯誤を担うのがクリエーターの役割だと思うんですよね」(若林氏)

これからの世界について、もっと議論しなければいけない

  

5月25日、欧州連合(EU)で個人情報保護にまつわるある法律が施行された。「一般データ保護規則(GDPR)」だ。この法律は、EU市民が自らの個人データをコントロールする権利を取り戻すこと、そして国際的なビジネスのための規制環境を簡潔化すべくEU内におけるデータ取り扱いの規則を統合することを目的としたもの。いま若林氏の興味は、こうしたテクノロジー関連の法律に向けられているという。

「ヨーロッパでは『インターネットは失敗に終わった』って、多くの人がわりと普通に感じているんです。誰の所有物でもなく、誰もが自由に活動できるはずだったインターネットだけど、Facebookが実名サービスを始めた時から、それが完全に経済空間へと作り替えられていったんですよね。そして、そうすることによって、プラットフォーマーが個人データを資源として莫大な利益を生み出すことが可能になったんです。ヨーロッパでは『インターネットで得をしたのは広告屋とテロリストだけだ』と言われるほどで、90年代にはある種の理想空間と考えられたインターネットが、一種のディストピアを生み出したという感覚は強くあるんです。EUはそういった流れに、ずっと抗おうとしてきていて、長年の悲願だったGDPRという法律を、ようやく今年施行できたんですね」(若林氏)

ソーシャルメディアだけでなく、AIやIoTといったものは、「それ自体が巨大な管理装置になりうるもの」と若林氏。その管理装置を誰が管理し、どうやって公正なものとして運営するのか。いま世界は、その難しい課題に直面している。

「欧米ではこうしたものをどうやって扱うべきか闊達(かったつ)に議論されています。例えば、『インターネットをいかにコモンズとして運営していくことが可能なのか?』とか『AIに法的な<格>を与えるべきなのではないか?』『レコメンデーションエンジンは環境選択の自由を奪っているという意味で憲法違反ではないのか?』といった議論が沸騰していて、この辺りは非常に熱い、かなり具体的で現実的なイシューなんですが、日本だと相変わらず『技術はどんな幸福を授けてくれるのか?』といった感じの空疎な空想論ばかりをしているんですよ」(若林氏)

  

インタビュー中、幾度となく議論の重要性を口にする若林氏。いわく、「技術はそれ自体に良しあしはない」。

「現実的には、新しい技術を誰がどういうやり方で運営し、どう使うのかの問題。その管理機構をどうフェアにつくるのかというのがいま考える必要のあることで、それはテクノロジーというよりは、社会制度をどうつくるかって話ですよね。テクノロジー自体はあくまでも『可能性』を提供しているだけ。その多様な可能性を吟味して、どう社会に落とし込んでいくのが望ましいかを考えることが大切……議論が必要っていうのはそういうことだと思うんです。もちろん、同じような人間だけでなれ合いで話し合っても、何の発展性もないので、いろんなノウハウや興味や視点が、ちゃんとニュートラルにクロスしうる場所があるといいですよね。『trialog』では、そういうことを多少なりとも考えたり、言い合える場にしたいと思っています」(若林氏)

目覚ましい進歩を遂げるテクノロジー業界を見続けてきた若林氏が提案する新しい議論のプラットフォーム『trialog』。今後も東京・渋谷の「EDGEof TOKYO」にて隔月ペースで開催する予定だ。

若林 恵(わかばやし けい)
1971年生まれ。編集者・ライター。早稲田大学第一文学部フランス文学科卒業後、平凡社に入社し、月刊『太陽』を担当。2000年にフリー編集者として独立し、音楽ジャーナリストとしても活躍。2012年から17年まで先鋭的テクノロジー雑誌『WIRED』日本版の編集長を務める。2018年に黒鳥社(blkswn publishers, https://blkswn.tokyo/)設立。2018年4月19日に著書『さよなら未来 エディターズ・クロニクル 2010-2017』を刊行した。

取材・文/吉田大
撮影/今井裕治

trialog WEBサイト : https://trialog-project.com/

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