モーニング娘。20周年企画

高橋愛(前編) 低迷期に選んだ“質の向上”という奇手

  • 第5回
  • 2018年7月17日

  

■Profile
高橋愛
誕生日:1986年9月14日
加入日:2001年8月26日
リーダー歴:2007年6月2日~2011年9月30日(1582日)
卒業:2011年9月30日 日本武道館
在籍:3687日(10年1カ月と4日)

 

私だってなりたくてなった訳じゃないよ!

後に“プラチナ期”と呼ばれた時代のモーニング娘。を象徴する存在として、今なお語り継がれる高橋愛。第5回からは時計の針を再び2007年へ。

歴代最長4年4カ月という前人未到のリーダー歴の幕開けは、先の連載でも紹介した通り、藤本美貴の突然の脱退による人事だった。

「本当に急だったので、最初は何をすればいいのか分からなかったですし、リーダーになるための教科書がある訳でもない。ですから、自分が見てきたリーダー像 ――中澤さんとは活動が重なる期間がなかったので、2代目リーダーの飯田さんや3代目の矢口さん、そして吉澤さんがどうだったかを思い返しながら、探り探りでやっていくしかありませんでした」

  

ここから長年にわたりリーダーを務めていく高橋愛の隣には、常にサブリーダーとして同期の「ガキさん」こと新垣里沙がいたことも、前回までに取り上げた。

「やっぱり就任当初は周囲に心配している空気が流れていましたし、『私だってなりたくてなった訳じゃないよ!』ってガキさんとぶつかったこともありました。でも、同期で加入した直後から毎日のように一緒にいたガキさんは本当に心の支えで、会話をしなくてもなんとなく分かり合える、いろんな意味で大きな存在でした。たとえばマネージャーさんと意見が食い違った時なども、言葉に出して伝えるのが苦手な私の隣で、代わりに思いを伝えてくれたりして。ガキさんは大人なんですよね」

「それに先輩方も心配だったのか、当時は飯田さんがよくコンサートを観に来てくださったんですけど、その時も指示や命令ということは一度もせず、いつも『愛ちゃんらしくやればいいんだよ』って言って下さって。それで一気に肩の荷が下りて、自分らしく振る舞えるようになりました」

つんく♂「こういう時代だからこそ技術をつけろ」

周囲から心配されていた高橋愛だが、それを補って余りある魅力と才能を持ち合わせた逸材であったこともまた、誰もが認めるところだ。圧倒的な歌唱力と、クラシックバレエをルーツにした鮮麗なダンススキル。そんな彼女の才能に引っ張られるようにして、グループは“格好いいモーニング娘。”を目標に鍛錬を積んでいく。

  

「ちょうどその時期くらいから、他のアイドルグループが増えてきた。次第に“アイドル戦国時代”と呼ばれる状況になっていくのですが、ある時つんく♂さんから『こういう時代だからこそ技術をつけろ』と檄(げき)を飛ばしていただいたことがあって、『とにかく格好よくしなきゃ!』という気持ちが強くなっていきました。その頃から、つんく♂さんが作ってくださる楽曲も本当に格好いい歌詞やサウンドが多くなってきました」

メディア露出が重視され、音楽番組での“口パク”も見受けられたアイドル戦国時代に、あえて歌やダンスの技術向上にかじを切る。このつんく♂の英断が、プラチナ期を育てたわけだが、当時の世間から見ればあくまで“黄金期メンバーが抜けたモーニング娘。”であり、人気はなおも下降線をたどる。当然、過去とも比較された。

「私たちも先輩方のモーニング娘。の曲を聴いて、憧れて加入したので仕方ないと思っていましたけど、やっぱり悔しかった……。悔しかったですけど、つんく♂さんの言葉を信じていました。コンサートの数は増えていましたし、シングルのリリースイベントもやるようになって、ファンの方たちとの絆は深くなっていったと思います」

「メディア露出は減ったかもしれないですけど、アジア諸国への展開や、日本と韓国でのアルバム同時リリースなど、今までやってなかったこともやらせてもらえた。『なんで見てもらえないの?』とあがいていた時期ではありますが、メディア以外で活躍できる、羽根を伸ばせる場所をスタッフの皆さんが用意してくれたので、その中で“格好いいモーニング娘。”をより追求していくことができたんです」

約2年半ぶりのオリコン1位、完成するはずのプラチナ期は

それでも応援し続けてくれるファンとの絆を深めながら、グループのパフォーマンスを研ぎ澄ませていく。世間の評価と反比例するようにあらゆる質を向上させていった彼女たちに待っていたのが、2009年シングル「しょうがない 夢追い人」でのオリコン週間ランキング1位という快挙だ。吉澤リーダー時の「歩いてる」以来、約2年半ぶりのことである。

【動画】YouTube「モーニング娘。『しょうがない 夢追い人』 (MV)」

「リーダーとしてグループを引っ張っていく上で、常に冷静でいられたわけではなかったし、あの時期は本当にいろいろ大変でした。それでも、中国から来たジュンジュンやリンリンは慣れない異国で頑張ってくれていたし、(光井)愛佳は必死についてきてくれていて、8期の新人たちが奮闘してくれていた。メンバーそれぞれに『1位を獲りたい』『メディアにも出たい』という気持ちがずっとあったので、久しぶりに1位を獲った時は本当にうれしかったです。ジュンジュンが泣いて語った言葉があって、『私たちがやっと認められた気がします』って。当時の1位には、それだけの重みがありました。軽く獲れるモノではなかった。結果がすべてではありませんが、やっぱり1位は自信にもつながりました」

  

高橋愛をリーダーに、8期の光井愛佳とジュンジュン、リンリンを擁する9人体制のモーニング娘。こそがいま振り返って「プラチナ期」と呼ばれており、この時期には「リゾナント ブルー」「泣いちゃうかも」「なんちゃって恋愛」「気まぐれプリンセス」など、“格好いいモーニング娘。”を代表する質の高いサウンドとパフォーマンスが実を結び、今なお高く評価される名曲を立て続けに発表することができた。

「もちろん先輩を尊敬しつつも、『今のモーニング娘。が一番だ!』と思っていました。メディア露出は少なかったかもしれないけど、その分だけ時間をかけて練習していたし、長くやっているメンバーも多かった。『今のパフォーマンスに自信を持たなきゃ!』って胸を張っていましたね」

伝統を継承しつつ封建的な組織からの脱却を図った吉澤ひとみにはじまり、高橋愛の体制からはグループとしての質の向上に着手、ハイスキルなパフォーマンスを目指して改革は進んだ。そうして築かれていった“プラチナ期のモーニング娘。”は、完成に近づいていくはずだったのだが……。次回、高橋愛の後半では、再び苦境に立たされていくグループ、そしてプラチナ期の終焉に迫る。

(インタビュー・文:平賀哲雄、撮影:Jumpei Yamada)

 

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■高橋愛さんオフィシャルブログ

https://ameblo.jp/takahashiai-blog/

■Instagram

https://www.instagram.com/i_am_takahashi/

■WEAR 

http://wear.jp/takahashiai/

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