本を連れて行きたくなるお店

大仕事の労いと景気づけに鰻屋へ 師匠にご馳走になったご褒美のうな串 八丁堀「しらゆき」

  • 文・写真 笹山美波
  • 2018年7月26日

カフェや居酒屋で、ふと目にとまる、ひとり本を読んでいる人。あの人はどんな本を読んでいるんだろうか……。なぜその本を選んだのだろうか……。

本とお酒を愛する編集者で鰻(うなぎ)オタクの笹山美波さんは、本の中の物語が現実世界とつながるような、そんなお店に連れて行ってくれます。

  

仕事が積み重なり、残業が続く週の真ん中。翌日には大一番のプレゼンが控えている――なんて時には、ひとり静かに鰻屋で瓶ビールを飲みたくなる。茶褐色の壁やメニューに囲まれ、ちょっと贅沢(ぜいたく)に鰻をほお張り、少しばかりの極楽。

鰻屋といえば、子供の頃は父が給料日になると連れて行ってくれた。「鰻でも食べるか」と、彼自身や家族へのご褒美(ほうび)に。入れ込みの座敷に座り、うな重や天ぷらをみんなで食べた。そんな思い出のおかげもあって、今でも自分へのご褒美に鰻を食べに行くことは、私にとって特別な楽しみだ。勿論、そんな描写のある小説やエッセイも。

仕事の大一番の前夜、自分の人生を変えた師匠と食べる、特別な鰻

石田衣良さんは自身も若い頃フリーターをしながら株で生計を立てていた。その経験が『波のうえの魔術師』に生きている

「すこし早いが、景気づけに鰻でもご馳走しよう――」。石田衣良さんの小説『波のうえの魔術師』にも、お気に入りの鰻屋のシーンがある。デイトレードの達人・小塚老人が、大きな株取引の前夜に、これまでの労(ねぎら)いと英気を養うため、50歳近く年下の弟子・白戸を鰻屋へと誘う。描写は少ないのだが、このシーンは物語の大きな区切りになっている。

物語の2人の出会いは東京の荒川区・町屋のパチンコ屋。白戸は大学卒業後、毎日のように朝からパチンコを打つ生活をしていたが、小塚老人はひょんな出会いから彼に目をつける。そして月30万で「秘書として働いてみないか」と誘い、ゼロから株取引のノウハウをレクチャーする。

白戸にとって、うますぎる話にはやはり裏があった。小塚老人は、地元の銀行「まつば銀行」によって大切な友人が自殺に追い込まれ、遺産までもすべて奪われたことを強く恨み、インサイダーまがいの危険な株取引でまつば銀行を陥れようとしていた。白戸は、その計画に半年かけて巻き込まれていく。

株価の変動をみながら機会をうかがっていた小塚老人は、まつば銀行に「最後のディール」を仕掛ける日を決める。その勝負の前夜に、2人は出会ってから初めてサシ飲みをする。毎日のように会っているのに、一緒に食事をするまでこんなにも時間がかかったのは、復讐(ふくしゅう)の準備で多忙だっただけでなく、その過程でいくつもの山を乗り越えたことで、心を許し合えた丁度いいタイミングだったからだろう。

『波のうえの魔術師』の場面に似た元上司との夏の記憶

偶然だが、私が長く一緒に組んで仕事をした上司と初めて飲みに行ったのも鰻屋だった。2人で立ち上げた新事業が、紆余曲折の末、やっと軌道に乗ったころ、これまでの慰労と景気づけを兼ねて飲みに行くことになった。上司が、客先への訪問の帰り道に「夏だし、鰻でもご馳走しますよ」と誘ってくれたのだ。

今思えば、『波のうえの魔術師』の2人の関係と似ていた気がする。上司と仕事を始めてから初めてサシ飲みする日を迎えるまで、数年は経っていた。その理由は、仕事が忙しかったせいもあるが、「結果を出すまでは飲みに行かない」と勝手に私がルールを設けていたためでもある。カウンターに2人並んで焼き上がりをゆっくり待ちながら、いろいろな話をして、鰻の串焼きを味わった。

その仕事からは離れてしまったが、このうだるような暑さの季節になると、あの時のことを思い出す。夏の大仕事がひと段落つくと、気がつけばいつも鰻屋に足が向かっている。

よく見ると「しらゆき」の店の外に飾られている串の文字は、鰻のイラストになっている

そんな時に行く鰻屋は、カウンターのある静かなお店に限る。雑音が回想を邪魔しないからだ。八丁堀の鰻屋「しらゆき」は、まさにぴったりなお店だ。オーナーお気に入りの歌謡曲をゆったり聴きながら、瓶ビールを飲む。鰻が焼けるのを待つ間、お通しの鰻の肝を使った酢の物「うざく」と、お気に入りの鰻の骨せんべいをつまむ。最高の晩酌だ。

しらゆきの「うざく」は鰻の肝と胡瓜(きゅうり)のほか、芽かぶやお豆腐の入ったちょっと珍しいタイプ。具だくさんで嬉しい

スナック感覚で頬張れる鰻の骨せんべい。しっかり塩味がついていて、ポリポリとした食感が楽しく、いくらでも食べられる

鰻の色んな部位や、内臓までも堪能できる「うな串」

しらゆきはオーナーが鰻の串焼き屋で修行していたこともあり、「うな串」が看板料理。3本からコースを頼めるが、仕入れが追いつけば7本注文することもできる。訪問した日は在庫と調整していただき5本のコース。今や絶滅危惧種となった鰻を末永く楽しんでもらうため、大量に仕入れずに、このように調整しているそうだ。喜んで受け入れたい。

今回のうな串は次の通り。10匹分の肝臓を集めた「レバー」、基本のおいしい蒲焼き「短尺」、コリコリとした食感が楽しい「ばら」、わさびをつけて食べる塩味の「くりから」、内臓をひとまとめにしたほろ苦い「肝焼き」。同じ内蔵でもレバーと肝では味わいが全く違う。鰻を隅から隅まで楽しめるのが魅力だ。

さて、お腹の空き具合からは、もう1品頼んでも良いところだが、この後に白焼きやうな重を頼むのは、ささやかなご褒美にしてはあまりにぜいたく過ぎる。自家製のお新香でお口直しをしてサッと退散しよう。

フォアグラのように濃厚な「レバー」。ちなみにうな串は、関東ならではの楽しみとも言える。腹裂きにし、各部位をつけたまま鉄串に刺して焼く関西流とは違い、関東流は背から裂いて2つに切ってから竹串に刺して焼くので、鰻のあらゆる部位を個別に楽しむことができる

蒲焼の王道の美味しさを味わえる「短尺」(左)と、食感が楽しい肋骨の周りのお肉「ばら」(右)

「くりから」(左)と「肝焼き」(右)。肝焼きはフォアグラのような「レバー」と比べると、随分ほろ苦く味わいが全く違う

自家製が嬉しいお新香。シャキシャキ

特別なハレの日に鰻屋へ行く、昔ながらの文化を残し続けるために

振り返ってみると、鰻屋へ誘われる時は、いつも「鰻でも食べに」と声をかけていただいた気がする。同じ台詞はほかの小説や落語でも聞いたことがある。お誘いいただいておいてなんだが、「鰻屋へ行こう」とまっすぐ言ってくれればいいのに、なぜあえて他の提案も持ち合わせているかのような言い方を選んでいたのだろう。

そんな疑問の答えに気がついたのは、私が後輩を鰻屋へ誘う時、まったく同じ台詞を口にした時だった。「折角のハレの日だから、ただ豪華な料理を食べるだけでなく、昔から日本人がご馳走として楽しんできた鰻の食文化も一緒に楽しみたい――」。そんな想いにちょっとした恥じらいが加わって、私も「でも」という言葉を使っていたのだ。

さて、ニホンウナギはご存じの通り絶滅が危惧されているが、「食べられるうちにたくさん食べておこう」などと思わず、ぜひ、これまで以上に特別な日に大事に食べるよう心がけていただきたい。

それは資源保持のためだけではない。優しい記憶に包まれた“ご褒美の鰻”にまつわるエピソードと食文化を後世の方たちにも持って欲しいと願うからだ。

    ◇

しらゆき
東京都中央区新富1丁目15-3
営業時間:
[月~金]
11:30~14:00
18:00~23:30
[土]
18:00~23:30
日曜日・祝日定休

筆者プロフィール

笹山美波

笹山美波

「東京右半分」に生まれ育つ。編集記者を経て、外資マーケティングサービスのWebプロデューサー、マーケター。ライター。鰻オタク。東京と食に関連する歴史/文化/文学/お店を調べるのがライフワーク。
・ブログ
http://minamii.hatenablog.com/
・Twitter
https://twitter.com/mimi373mimi

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