私の一枚

江國香織さんがミケランジェロの未完彫刻から感じた“職人”の心

  • 2018年7月30日

作曲を担当した園田涼さんと、ミケランジェロ作《ダヴィデ=アポロ》の前で

上野の国立西洋美術館で開催中の『ミケランジェロと理想の身体』で日本初公開されている《ダヴィデ=アポロ》のイメージソング「MICHELANGELO」の歌詞を書き下ろしました。作曲を担当したのはソノダオーケストラの園田涼さん。園田さんは、よくお酒をご一緒する以前からの友人でもあります。

デモ音源を頂いて初めて聴いた時は“怯えた”というのが正直な心境でした。とても壮大な曲だったので。私は普段から、詩でも小説でも小さいところに目を向けるような作品を書くことが多いので、私で大丈夫だろうか、私にできるだろうかと心配しました。

しかし、ミケランジェロのことを調べながら何度も音源を聴き返していくうちに、その壮大さが、彼が生きた時代から現代まで続く悠久の時の流れのように思えてきました。そこからは、言葉まで壮大にするのではなく、ささやかな者たちの時の流れを歌にしようと考えました。

動物も人間も、その一匹や一人それぞれに先祖がいて、子孫がいて、命がつながっている。ミケランジェロの彫刻も、彼が亡くなって何百年経っても、その作品を評価する人々がつながっている。そんな、時間と空間を超えて届く連なりを描き、歌にしたい。

そしてその連なりを、小さな者たちから紐解きたいと思いました。そう考えたら、カエルや羊という歌詞も自然に口を突いて出てきたんです。

私は時に、文学以外の芸術が持つ魅力に対して、憧れやうらやましさを感じることがあります。例えば彫刻なら、まず何より「物体」であるということ。小説も本としては物体ですが、物語は、読んでいただいてはじめて言葉が立ち上がっていく世界です。言葉があることで意味が限定されてしまったり、理屈っぽくなってしまったりすることがあるかもしれません。それに対して、物体として存在する芸術には、言葉を介さないことによる潔さがありますね。

また、音楽のようにその場で発生し消えてしまう芸術には、美しさはもちろん、神々しさも感じます。もしかしたら、音楽と彫刻は似ているのかもしれないですね。特に楽器の演奏とは、技術という点で共通性があるのかもしれません。

『ミケランジェロと理想の身体』で展示されているミケランジェロ作《ダヴィデ=アポロ》 (部分) ミケランジェロ・ブオナローティ 1530年頃 フィレンツェ、バルジェッロ国立美術館蔵

《ダヴィデ=アポロ》は未完の作品だそうですが、それでも堂々と展覧会のメインとして飾られています。ミケランジェロが知ったら、どう思うのでしょうね。もし、私の未完の小説が自分の死後に人目に触れたらどう思うだろうと考えてしまいました。しかし、未完でもなお、これは間違いなくミケランジェロの作品であるとわかるほどの際立った個性を持っているということは、素晴らしいと思います。

今回、あらためてミケランジェロの彫刻を見て、当時の芸術家は作品を生み出すと同時に、職人でもあったのだと感じました。ルールを破って新しいものを産み出し、自分のしるしを残したいと考えるのが芸術家だと思いがちですが、当時の芸術家はもっと黙々と仕事をしていたのでしょう。そのストイックさがどの彫刻からも垣間見え、興味を掻き立てられました。

旧知の仲という江國さんと園田さん。会うのはだいたい酒場なのだとか 機材協力:フジフイルム(株)

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えくに・かおり 1964年、東京都生まれ。1987年、童話作家として『草之丞の話』でデビュー。以後、小説家として1992年『きらきらひかる』で紫式部文学賞、2002年『泳ぐのに、安全でも適切でもありません』で山本周五郎賞、2004年『号泣する準備はできていた』で直木賞、2015年『ヤモリ、カエル、シジミチョウ』で谷崎潤一郎賞など受賞多数。小説の他、詩作や海外絵本の翻訳も手掛ける。

【動画】江國香織さんと園田涼さんのスペシャル対談※動画の公開は2018年9月24日まで。

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江國さんが作詞を担当した「MICHELANGELO」は、園田涼さん率いるソノダオーケストラのアルバム『MICHELANGELO』に収録。ゲストボーカルに、ミュージカル界で注目のシンガー中川晃教が参加している。

『ミケランジェロと理想の身体』は、東京・国立西洋美術館で9月24日まで開催中。謎の傑作と呼ばれる壮年期の《ダヴィデ=アポロ⦆、初期の傑作《若き洗礼者ヨハネ》の他、古代ギリシャ・ローマ時代とルネサンスの作品約70点を展示。観覧料は一般当日1,600円、大学生当日1,200円、高校生当日800円。中学生以下無料。(問)ハローダイヤルTel. 03-5777-8600。

園田涼さん率いるソノダオーケストラのアルバム『MICHELANGELO』

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