大御所シェフのいつものごはん

スターシェフも行列に並ぶ ラーメン激戦区で“1位”の一杯

  • 文・畑中三応子、撮影・森カズシゲ
  • 2018年8月3日

  

「世界一グルメな国」とも呼ばれるようになった日本。このまれにみる豊かな外食文化を支えてきたベテラン料理人は普段、どんなお店でどんな食事を楽しんでいるのだろうか。卓越した技術・味覚・知識を持つプロフェッショナルが「日常食」を紹介する。

今回の大御所シェフ

吉野建さん

吉野 建(たてる)さん
1952年、鹿児島県喜界島生まれ。80年代にスターシェフの1人として活躍したが、本場で勝負したいという情熱から渡仏して97年、パリ凱旋門近くに「ステラ・マリス」を開き、フランス版ミシュランの星を獲得。権威あるジビエ料理コンテストで最優秀賞、フランス政府より農事功労章シュバリエ受勲などの栄誉に輝く。現在、東京「レストラン タテル ヨシノ銀座」、大阪「メゾン タテル ヨシノ」など、全国で多数のレストランを展開している。

エリアランク1位 行列のできるラーメン店

  

パリ暮らしが長く、「野ウサギのロワイヤル」「仔牛の頭肉の煮込みウミガメ風」など、本国ですら作れるシェフが少なくなった古典料理を復活させ、現地のメディアをにぎわせた吉野さんだから、ふだんのごはんもフレンチ中心かと思ったら、最近、ある店のラーメンにはまっているという。

その店、「やまぐち」はラーメン激戦区の高田馬場に存在し、エリアラーメンランキング1位という人気店で、吉野さんも行列に並ぶこともあり、「スープのキレが素晴らしい」「鶏のブイヨン(と吉野さんは表現)と生じょうゆのバランスが最高」「雑味がなくエレガント、上に浮かぶアブラまでおいしい」と、手ばなしで絶賛。

フレンチの若いシェフたちから「神」とあがめられる吉野さんが、並んでまで食べたくなるラーメンとは? 

4千軒超のラーメン店を食べ歩き 元理系会社員の店主

  

そのラーメン、やはりただものではなかった。いや、それ以前に「やまぐち」主人、山口裕史さんの履歴が異端だった。

前身は、化学薬品企業の会社員。趣味でラーメンにのめり込み、10数年で4千軒を超える店を食べ歩いて自宅でレシピを研究しては、ブログで公開していた。ラーメンを本業にしたのは11年前だ。

もともと生粋の理科系だったので、その専門知識を駆使し、仮説を立てて実験しては分析・検証するという科学的アプローチで、自分がもっともおいしいと思えるラーメンを編み出した。それが、定番の「鶏そば」。スープ・麺・具に、山口さんの「ラーメンの真理」が追究された一品だ。

  

吉野さんは鶏そばを前にし、まず真剣に香りを味わい、スープを一口飲み、「やっぱり、おいしいね」と破顔一笑。

スープは、鶏と水のみで作る。仕上がり60リットルのスープに、丸ごとの会津地鶏と種鶏(ヒヨコになる卵を生む親鳥で、体が大きく、濃いだしが出る)を中心に、大山鶏のガラを合わせて、使用量はなんと60キロ。

会津地鶏は生産量が少なく「幻の地鶏」と呼ばれるが、山口さんが会津若松出身であることから、融通してもらっている。水は、有害物質は完全に除去するが有用ミネラルだけが残る特殊な浄水器を通す。濾過(ろか)しすぎた水だとうまみは出てもスープが“やせて”しまい、ミネラルがあったほうが“ふくらみ”が出るそうだ。

もっとも重要なのは温度管理。火が強すぎると雑味が出るが、それを恐れて弱めすぎると、ラーメンに必要なパンチが出ない。微妙な高温にコントロールし、煮込み時間は5時間。このうえなく純粋で濃厚な鶏のエッセンスが抽出される。

吉野さんが「エッジの立ったフレッシュ感」とほれこむしょうゆダレのベースは、約300種の醤油を味見して選んだ島根県「森田醤油」の生揚げしょうゆ。絞ったままで火入れをしないので、香りのふくよかさが違う。

と、ここまで聞いただけで、レシピの精度に目を見張ったが、しょうゆダレと鶏アブラ(会津地鶏と比内地鶏の脂肪をブレンド)を入れた器に、表面張力でレードルの容量を上回らないよう、スープを正確にすり切り1杯注ぐのを見て、もっと驚いた。数ミリリットルの違いで、味がぶれるのだそうだ。

基本の具は、豚と鶏のチャーシューとメンマ。チャーシューはどちらも62度の真空低温長時間調理法で加熱する。肉汁の損失が防げ、完璧なしっとり具合だ。吉野さんは、ここに鶏ワンタンを追加でトッピングした。

  

一見するとシンプルな鶏そばが、これほど緻密(ちみつ)な工夫と計算で組み立てられているとは! フレンチでは、亜酸化窒素などの化学物質や最新式の調理器具を活用した科学的調理が浸透しているが、山口さんの場合、材料や器具に頼るのではなく、科学的な思考がおいしさづくりに生かされている。

余韻に上品な甘み のど越しのよい麺

  

麺にも科学的アプローチが発揮されている。

ラーメンの麺は生地にかん水というアルカリ性の液体を加えることで、小麦粉に含まれたたんぱく質のグルテンが脱水して凝縮し、コシが出る。たんぱく質が多い粉ほどコシは強くなるが、粒子がざらついて口当たりが悪くなるのが欠点。

そこで山口さんは、たんぱく質の多い粉に粒子の細かい粉をブレンドしてコシと口当たりのよさを両立させ、かん水をどこまで作用させるかを考え抜いた配合で、メニューに合わせた3タイプを京都の製麺所に特注している。原料の小麦粉は国産100%だ。

コシは強すぎず弱すぎず、つるつるとのど越しよく、余韻に上品な甘み。「鶏つけそば」は、そんな麺のおいしさがしみじみと味わえる、もうひとつの定番である。

パンチがある昆布の香り

  

「地鶏と昆布の冷やしそば」は、羅臼昆布をぜいたくに使ったこの夏の新作。はるばる産地の北海道・知床半島まで赴き、昆布への理解を深めて完成させた。

「昆布の香りにパンチがある」と吉野さんが評するように、あっさりしていながら、主張の強いスープ。かぎりなく和風の味に、トッピングの紫タマネギとライムが爽やかにとけ合う。

歴史的に見れば、ファストフードとして日本人の胃袋を支えたラーメンだが、国産材料にこだわり、手間ひまをかけすぎるほどかけた「やまぐち」のラーメンは、いま日本で食べられる最上のスローフードのひとつだといえる。

テロワール(土地に根ざした料理)を哲学とする吉野さんは、「やまぐち」のラーメンに、日本のテロワールを感じているのかもしれない。

  

   ◇  ◇  ◇

■店舗情報
らぁ麺やまぐち
http://www.ramen-yamaguchi.com/
東京都新宿区西早稲田3-13-14 
JR「高田馬場」駅より徒歩11分、副都心線「西早稲田」駅より徒歩6分
03-3204-5120
営業時間:
[火曜~金曜]11:30~15:00/17:30~21:00
[土曜・日曜・祝日]11:30~21:00
定休日:月曜(祝日の場合は営業、翌日休業)

■大御所シェフの店
レストラン タテルヨシノ 銀座
https://www.tateruyoshino.com/ginza/info/
東京都中央区銀座4-8-10 PIAS GINZA 12F
銀座線、丸ノ内線、日比谷線「銀座」駅 出口徒歩1分 日比谷線、浅草線「東銀座」駅徒歩1分
03-3563-1511
営業時間:11:30〜14:00 L.O.(ランチ)/18:00〜21:00 L.O.(ディナー)
定休日:なし

□PROFILE
畑中三応子(はたなか・みおこ)
編集者、ライター、フードジャーナリスト。『シェフ・シリーズ』『暮しの設計』(ともに中央公論社)の元編集長。料理本を幅広く手がけるかたわら、流行食関連の研究や執筆も行う。著書に『ファッションフード、あります。――はやりの食べ物クロニクル 1970-2010』(紀伊國屋書店)、『カリスマフード 肉・乳・米と日本人』(春秋社)など。

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