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前提知識なんていらない、大切なのは感性を磨くこと 落合陽一×日本フィルプロジェクトvol.2『変態する音楽会』

  • 制作打ち合わせレポート・鼎談編
  • 2018年8月8日

ピクシーダストテクノロジーズCEOの落合陽一さん(メディアアーティスト)と日本フィルハーモニー交響楽団のコラボプロジェクトvol.2『変態する音楽会』の制作打ち合わせレポート。後編は、落合さんと指揮する海老原光さん、映像での「演奏」を担当するビジュアルデザインスタジオWOWのディレクター近藤樹さんの鼎談(ていだん)をお届けします。

打ち合わせと鼎談は、音楽会で演奏されるビゼーによる舞踏組曲にちなみ、東京・西麻布のスペイン料理店「フェルミンチョ」で行われました。おいしい食事をいただきながら、話題は、今回の音楽会やクラシックはもちろん、欧州と日本の文化論から、感性の大切さまで広がっていきました。

(前編はこちらから)
https://www.asahi.com/and_M/articles/SDI2018072662811.html

指揮者の海老原光さん(左)、ピクシーダストテクノロジーズCEOの落合陽一さん(中央)、ビジュアルデザインスタジオWOWのディレクター近藤樹さん(右)

落合 日本がクラシック音楽ブームだった時ってあるんですか?

海老原 最もブームだったのは高度経済成長期ですね。海外の演奏家を呼んでクラシックを聴くことが、豊かさの象徴のようになりました。当時の演奏会の映像を見ると、演奏が終わるとみんな立ち上がってものすごく熱狂的に拍手を送っている。今でいうライブですよ。

クラシック音楽に対する憧れと尊敬、そして、こうした演奏会を実現できるようになったというある種の達成感が混ざり合ったブームだったのでしょう。それに対してバブル期は、完全にアクセサリーでした。クラシックを聴くことがある種のステータスになってしまった。

落合 最近わたくし、感性を磨くのは大切だと言っておりまして。当たり前のことを言っているだけですけど(笑)。その中で、一番大切だと言っているのは、「前提知識がないことはダサいと思うことを止める」ことです。

優れた感性と表現力を持った人は、初めてのものに触れても「これは知らないけど、○○って感じがする」という言葉がスパッと出てくる。陶芸のスペシャリストであれ映像のスペシャリストであれ、感性を磨いてきた人にとっては、知らないことは何ら問題ではない。素人思考は柔らかな感性の源。聴いた時に、ちゃんと感じられるかどうかが重要です。

バブル期にはきっと、クラシックを聴きに行く人は、「○○を知らないなんて、君、教養がないね」と言われたら恥ずかしいなあ、なんて思っていた。そんなことを思いながら聴きに行っていたら、もうクラシックはアクセサリーでしかない。

  

サッカーで感受性を磨いた人がいたとして、あるオケの演奏を聴いて「いやー、これは完全にマンチェスターユナイテッドだね」と表現したとする。その表現は、感性としては的確なのかもしれない。そういうことを受け入れられる社会の土壌をつくらないといけない。

海老原 「この曲は完全にレアル(・マドリード)だね」って言える感じですね。

落合 そうそう。「完全にレアルだね」って言われた時に、「お、そうなんだよ、実はね」って返すような。日本人は、知らないと恥ずかしいから、最終的には口を閉ざすという文化を持っていると思います。この「あえて語らない文化」から「あえて語る文化」に変えたい。

僕はオーケストラのことを専門にやってきた人間じゃないのですけれど、聴いていて「ああ、ここはこれだよな」と思う瞬間がある。それは、焼き物とか映像とか、色々なコラボをしている時にも感じること。

日本では、感性を磨くという言葉が、知識を持っていることと同一視されがちではないかと思います。知識は、持っていればもっと面白いかもしれないけれど、それは副産物。おおむね間違っていなければ、「そういう解釈を与えてくれてありがとう」というのがアートの業界だと思うんですよね。

これが欧州だったら、フラットに「そういうふうに解釈するんだ」となるところが面白い。そして、アメリカだったら「cool」のひと言。「格好いいモノは格好いいといっておけばいいじゃん」という。

でも我々のように「知らないことは恥ずかしい」からスタートすると、最後はお飾りになってしまう。「この曲は、ベートーベンの生涯の中で、この時期に作曲され、こういうことを表現していたのだ」なんて解説は、あるひとりの批評家がそう言っただけで、ベートーベン本人は別にそんなこと言ってないですからね。

前提知識はリセットしてもいいんだよ感」を今回のプロジェクトでは出していきたいです。

海老原 その「いいんだよ感」、今回参加して僕が感じました。そうだよね、音楽は音楽だけで感じないよねって。そもそも最初は自分もそうだった。今回のプロジェクトを進めていくうちに、複雑な感覚として音楽を捉えることができていることがとても自由で楽しい。

近藤 それでいうと、3人で打ち合わせをしていて、意外とひとつの曲に対しての認識にずれはなかったですね。聴き方は間違っていなかった。

落合 それは作曲家がすごいんですよ。作曲家が楽譜で、音で伝えたかったことがちゃんと伝わっているということですから。

フラットな気持ちで曲を聴き、ある感想を持った時に、ググってみれば、他の人がどう感じているかの答え合わせができる。そうしたら、意外とみんな同じような感想を持っていたことがわかる。それもまたよいですよね。

【動画】おいしい食事をしながら盛り上がった落合陽一さん、海老原光さん、近藤樹さんによる鼎談

近藤 今回の音楽会は、答えを提示するものじゃないですよね。僕らがどう感じたかをそのまま受け取らなくていい、自由に受け取ってもらえばいい。

海老原 「そんな風に感じていいんだ」と思ってもらえたらいいですよね。

落合 感性を磨くことより、前提知識を身につけることのほうがより重要であるとなってしまうと、クラシック好きは、だんだん“おじさん”になっていくんですよね。

「この指揮は、この茶杓(ちゃしゃく)じゃないとしちゃいけないんだ!」とか「にじり口から入って一礼しろ」とかよくわからないことを言い始める。(一同笑)

日本は人口少ないし同じ言語を話しているから、どんどん煮詰まってしまう。一度解き放たないとダメですね。

スルメイカを使ったバスク風「墨煮」。中に野菜が詰まっていて、墨のソースもとても美味

三皿目に出てきたのは、スルメイカを使ったバスク風「墨煮」。名前の通りまっくろ。この料理は本場スペインで食べるより日本で食べた方がおいしいかもしれないという感想から、話題は欧州と日本の比較文化論へと移っていった。

海老原 僕の師匠である飯守泰次郎先生が「欧州では歴史的、構造的に壊すことを前提としている」とおっしゃっていました。それは、誰かが外からやって来て壊すというイメージではなく、自分たちの中で、これはもう壊さないといけないのではないかという意識が出てきて、壊す。そのことに異議を唱える人もいるけれど、受け止める人もいる。

クラシックで実際にあった例では、ドイツで伝統のワーグナー音楽祭(バイロイト音楽祭)の指揮を、フランス人のピエール・ブーレーズに任せたことがありました。演出家もフランス人で、こんなのドイツ音楽じゃないと大変な騒ぎになった。でも、それをやったのはドイツ人自身だから、あれはすごいと師匠は言っていました。

近藤 日本でいうと「守破離」(しゅはり)がそれに近いのではないですか。

【編集部注:日本伝統の茶道や武芸などで剣道や茶道などで、修業における段階を示したもの。「守」は、師の教えを身につける段階。「破」は他の師や流派からも良いものを取り入れ発展させる段階。「離」は、独自の新しいものを生み出す段階】

落合 日本の人口の99.5%ぐらいは「守」の段階をクリアできないですけどね……。そこがポイントで、「守破離」はよい言葉ですけど、「守」の途中でこじらせると、「あいつは○○知らねえから分かってねえよ」とか言い出す。「破」にたどり着かないんだよなあ。

鼎談の話題は、欧州と日本の比較文化論から、オーケストラブームまで多岐にわたった

メインディッシュは真鯛のバスク風のグリーンソース煮込み、それをいただきながら、話題はいよいよ、今回のプロジェクトで3人が目指すものに。

海老原 今回の音楽会では、クラシックを「one of them」(大勢のうちのひとつ)にしたいと思っているんです。

落合 クラシックはもっと生活の中にするっと入ってきていいですよね。

近藤 やっぱりまだ入りづらいですよね。

海老原 チケットはそれほど高くはないですけどね。

落合 今日はディズニーランドにいこうか、東京オペラシティ(今回の音楽会会場)に行こうかって選ぶ人はいないでしょうね。でも、そうなりそうな気はするなあ。ウルトラってフェスあるじゃないですか、ウルトラいこうか、日本フィル行こうか考えて、よし日本フィル行こうって思う人が増えるといいですね。特に今回はノリがいい曲が多いから。

近藤 終始アゲアゲな感じですよね。自然に首が動くというか。頭を振ってしまう。

落合 音楽で酔っているのに、それに映像を足したら、脳みそが壊れるなっていうぐらいのノリの曲が多い。悩ましかったのは、集中力を高めないと音楽を聴けないフレーズでは映像を足すとくずれちゃう。だけど、映像は映像として解釈できるものを足さないと、音楽の深みが初見ではわからなそうなものも結構あった。その案配が、つけ麺に割りスープ入れるようなもので、入れすぎると薄まってしまうし、でも入れないと飲めたもんじゃないという。

近藤 やりながら思ったのが、今回の音楽会での映像は、小説の挿絵のような役割かなって。

落合 そうそうそう。

近藤 絵本にしちゃったり、ドラマにしちゃうと、もうそのままビジュアルが出てしまうけど、小説だけじゃなくて、挿絵があると、何となくそういう世界でお話が進んでいるんだなってわかる。

落合 それは、すごく良いメタファー(隠喩)ですね。例えば」100年前の文学だと、挿絵は変わるけど、文章自体は変わらないじゃないですか。夏目漱石の「こころ」は、きっと今と昔では、挿絵は変わっている。翻訳もそう。翻訳のほうが面白い本もある。

きっと、日本人がヨーロッパ人の曲を演奏したときの方が面白いこともあるんですよ。カレーがカレーライスになる時。フランクルの「夜と霧」だって、原題は全然違いますからね。原題は「強制収容所における一心理学者の体験」ですけど、「夜と霧」のほうが断然カッコいいじゃないですか。

  

今回、落合さんは、「映像を入れるフレーズ」を指定した楽譜、つまり「映像譜」と呼ぶべき物を書いている。食事も一段落したところで、今回書いた映像譜とはどんなものなのか、落合さんに尋ねた。

落合 映像を入れる場所と、言葉のディスカッションでどんな感じにしたいかだけは決めて、それ以上は触らないって決めています。そこを触ると、オーケストラのコンセプトに反するんですよ。楽譜があって奏者がいて、奏者には奏者のキャラクターがあって、それを指揮する人がいるところがオーケストラの面白いところです。

そこが、例えばここからここまでやってくれって全部演出で決めてしまったら、せっかく持っているオケの人間がやっている重層性が失われてしまって、チープなものになってしまうのではないかと思ってます。

人と人が同調するために歩み寄った結果生まれてくるものが美しいのだと思っています。最初からすべて決めてしまうなら、録音でいいじゃないかという話になる。人が生でやっているからこそ出る集中力とか、ズレとかがあることが必要なんです。

  

近藤 プロジェクトの初期段階から、映像を映像として観てもらうのではなくて、映像は楽器であり、作り手は奏者として存在する、というところは崩さないようにしています。どういう表現がいいのかを、人と人とで決めていく。

落合 プロモーションビデオを撮ってとは言っていません。ライブの映像を作るのであれば、こんなプロセスはやらないです。「いい感じにやりまーす」って言って作るだけ。でも、今回やろうとしているのはそうではないです。

近藤 やろうとしているのは「上映会」じゃないですからね。

落合 ライブなんだけど、音楽だけのライブでもない。映像も楽器として含まれるライブなんです。そういうことってあまりやれていなくて、オケに決められた映像を足すこと自体はやられているのですが、その映像はあまりディスカッションされて作られてはいない。でも対話をしながらやらないと、ちゃんとなじまない。

近藤 今回は、海老原さんが型を崩して参加してくださっているのがありがたいですね。

海老原 僕は壊すの大好き(笑)。自分の中にないものが出てくることがすごく好きです。今回、それは僕らがもうやったことなのでやめてくださいとお願いしたこともありました。新しいことをやらないと、僕はもうアーティストとして生き残れないとすら思っています。

300年前からの伝統を守っている人はたくさんいるので、もっと今の感覚の中で、新しいページが生まれる。「指揮者って何しているの?」と言われることもありましたが、このプロジェクトでは、指揮者の動きもコンテンツの一部としてようやく意識してもらえるのではないかと期待しています。

  

落合 前回の「耳で聴かない音楽会」でジョン・ケージの「4分33秒」を演奏した時、ある耳に障がいがある女の子が「いまの音楽は複雑です」と表現しました。その子のことを僕は一生忘れないと思います。

「無音の音楽」を聴いた時にそこにあったものを、繊細かつ複雑なものだとその子は感じて表現した。それを聞いて「くそーっ、彼女はジョン・ケージの意を得たり」と思いました。

耳で聴こうとしていた我々は、一生たどり着けなかったところに、体で聴こうとした彼女はたどり着いた。彼女はあの時、現代音楽の最先端に近いところにいたのです。耳で聴こうとする行為を突破したところからしか出てこないアートがある。あれは反省ですね。

近藤 私は前回のvol.1も聴かせていただきました。今回の音楽会も、ぜひ当日聴きにきてほしいです。そこにいないと絶対体験できないものをつくりたいと思っています。

落合 オーケストラは生と録音では音源数が全然違いますからね。5.1チャンネルどころじゃない。人間の数ではるかに凌駕(りょうが)している。楽器がたくさんあるので、チャンネル数すごいです。

海老原 次回はもっとわかりそうだから、また行きたい、と思ってもらえるものにしたいですね。

落合 音楽会の後でビールを飲めるようなプランを立てて来てもらえるといいかもしれません。脳汁は出て、汗をかいてのども渇くし、カラフルな料理を食べたくなるような“読了感”というか。「おでこ開いちゃったから今日はもう夜通し飲むぜ」となると思います。

(構成・文 &マガジン編集部 久土地亮、写真・矢野拓実、動画・高橋敦)

『変態する音楽会』ロゴ ロゴ協力:TBWA\HAKUHODO

【編集部よりのお礼とお知らせ】

チケットプレゼントの応募は締め切りました。たくさんのご応募ありがとうございました。抽選のうえ、当選者へのご連絡をもって発表に換えさせていただきます。ご了承ください。

<プロジェクト詳細>

日本フィル公式サイト 

https://www.japanphil.or.jp/concert/23302

Readyfor支援ページ

https://readyfor.jp/projects/transforming-orchestra

主催:公益財団法人日本フィルハーモニー交響楽団

協力:ピクシーダストテクノロジーズ株式会社、TBWA\HAKUHODO、富士通株式会社、株式会社プリズム

助成:東京都歴史文化財団アーツカウンシル東京

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