小川フミオのモーターカー

最強のエンジンとスタイリングを備えていたフェアレディZ 32

  • 世界の名車<第223回>
  • 2018年8月13日

2シーター(写真はTバールーフ仕様)は全長4310ミリで2+2(4525ミリ)より短い

初代を別とすれば、歴代のなかで最もカッコいい「Z」がこのモデルではないだろうか。1989年から2000年まで作られた、通称「Z32型」だ。

特徴のひとつはエンジン。2リッター6気筒を廃して3リッターV6のみとし、しかもそのエンジンは、片バンクずつマフラーにいたるまで完全に左右独立という凝った設計だった。

いきなりメカニズムのことばかり書くのもなんだけれど、1980年代から90年代前半の日本車は、高性能化と新技術のオンパレードだったのだ。

ルーフからリアにかけてのラインとウィンドウグラフィクス(サイドウィンドウの輪郭)が美しくデザインされている

Z32のこのV6にはツインターボチャージャー仕様も設定され、国内初だった「280馬力」が謳(うた)われたのも印象的だった。

本当は「300馬力」としたかったらしいけれど、もう少し穏当な線で、と運輸省(当時)から言われたとか。メーカーも大変だなあと、僕はその頃思ったものだ。

メカニズムとしては、Z32より2カ月遅れて発表されたスカイラインGT-R(R32型)と共用する「スーパーHICAS(ハイキャス)」という電子制御式4WSもツインターボモデルに搭載された。

「技術の日産」を旗印にしていた、その時の日産自動車による新技術のショーケースのようなモデルだったのだ。「完璧なスーパースポーツカーを目指した4代目」というのが、日産自動車による解説である。

ちょっとポルシェのフロントエンジンモデルを思わせるダッシュボードのデザイン

スタイリングも斬新だった。Z31という3代目までは、ロングノーズとショートデッキ(リアが短い)の、いってみれば米国車的なプロポーションだった。

それがZ32では大きく変わった。ルーフのラインがリアまで続く美しいシルエットを持ちつつ、ふくらんだフェンダーを含めて一体感のあるボディー。

力強く、同時に高額スポーツカーに求められる優美さも備えていた。なにより、他のメーカーの製品にはまったく似ていない、オリジナリティーの高いスタイルが最大の魅力である。

コンバーチブルは92年に追加された

「スポーツカーらしい姿へ変わりました」。さきにも引用した日産自動車のホームページでは、そう述べられている。

92年にはロールオーバーバー(アーチ型の補強フレーム)は持つものの、幌(ほろ)を下ろしたときの姿が美しさを感じさせた「コンバーチブル」も加わった。

ノーズがすぼまっているが、そこからフェンダーのふくらみにかけての面づくりが美しい

高性能もスタイリッシュなデザインも、ずっとフェアレディZのメインマーケットだった米国市場での成功を目指した努力が、よいかたちで実を結んだものだ。

ただ、米国での展開を狙ったことにはネガティブな側面もあった。彼の国でスポーツカーに高額な保険料がかけられるようになると、Z32の販売台数は大幅に落ち込んだのだ。

90年代後半は米国から撤退。当時の日本は「失われた10年」などといわれる経済低迷期に入っており、こちらでも販売はふるわなかった。

300ZXのTバールーフの室内

その後、2002年には5代目、08年には6代目のフェアレディZが出たものの、はっきりいって精彩を欠いているように、僕には思える。

日産はGT-Rは改良を進める一方で、フェアレディZは置き去りにされている感が強い。

これから新しいZに期待にされるのは、ハイブリッドとか電気とか、新しいパワートレインを持った新世代のスポーツカーとしての進化だろう。

大変だろうが、海外のスポーツカーメーカーは“電気化”など、未来へと続く道を探ろうとしている。新しい試みに果敢に挑戦してきたZがずっと好きだった僕としては、これからも期待していきたい。

独レカロ社のスポーツシートやボディのエアロパーツなどを装着した「バージョンR」は97年に追加された

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PROFILE

小川フミオ(おがわ・ふみお)

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クルマ雑誌の編集長を経て、フリーランスとして活躍中。新車の試乗記をはじめ、クルマの世界をいろいろな角度から取り上げた記事を、専門誌、一般誌、そしてウェブに寄稿中。趣味としては、どちらかというとクラシックなクルマが好み。1年に1台買い替えても、生きている間に好きなクルマすべてに乗れない……のが悩み(笑)。

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