私の一枚

名バイプレーヤーの心の支えは、高校文化祭で主演し絶賛された『野菊の墓』 木下ほうか

  • 2018年8月20日

自ら演出・脚本を担当し、主演もした文化祭でのクラス演劇『野菊の墓』の一場面

本気で役者を目指すきっかけになった高校2年の文化祭での1枚です。クラスで演劇『野菊の墓』をやりました。僕は主演の民子役。いまのようにビデオが普及していなかったので、目に見えるものとして残っているのは、この1枚しかありません。舞台を録音したカセットテープもあったのですが、残念ながら無くなってしまいました。

タレントや俳優になろうと思ってはいませんでしたが、芸能界に対する憧れは子供のころから強かったです。浅田美代子さんや石野真子さんたちアイドルが大好きでした。仮面ライダーや青春ドラマ、映画もよく見ていて、子供ながらに演技に不自然さや違和感があると、「自分ならもっとこうするのに」と考えていました。

高校2年生になりたてのころ、井筒和幸監督の『ガキ帝国』という不良映画のオーディションの新聞広告を姉が見つけ、応募したら合格しました。セリフもある役で、その時に初めて将来の仕事として役者を考えました。

でも、本当に自分が役者としてやっていけるのか自信はない。そこで、学校の文化祭で、松田聖子さんが主演していた映画『野菊の墓』を演劇にしてやろうとクラスで提案しました。この時は、自分が主演しただけでなく、演出と脚本も担当しました。

マンモス校だったので、本番の舞台だった体育館には、1000人以上が集まっていたと思います。男性が女性を演じていることもあってか、最初は客席がざわついていて、「あほか」という声も聞こえてきました。しかし、物語が進むにつれて少しずつ静かになってきて、終盤になるとシクシクすすり泣く声まで聞こえてきました。

大拍手をもらって幕を下ろした後、舞台の袖にいると、生活指導の女性の先生が涙を流しながら飛んできました。そして僕の手を取り「あなたにこんな取りえがあるとは思わなかった」と。観客の心をつかむ感覚を初めて体験して、演技を生業(なりわい)としてやっていこうと決心した、決定的な出来事でした。

文化祭の後は校内のスターでした。みんなに認められ、怖いものなし。しかもモテましたね。バレンタインデーに教室の外の廊下に箱を置いておくと、そこにかなりの数のチョコレートが入っていました。今振り返っても、高校時代が人生で一番輝いていたのではないかと思うぐらいです。

その後、本格的に演技の勉強をしたくて大阪芸術大学に進学。卒業後は吉本新喜劇に所属したあと、25歳の時に東京に出ました。ところが、一向に役者では食べていけずにアルバイトの毎日。学生時代の役者仲間や、吉本時代に一緒に遊んでいた芸人たちが次々と世の中に出ていくのをただ見ているばかりでした。

高校時代、僕を認めてくれていた同級生たちも、仕事で独立したり家族ができたりして、自分だけが取り残されているような感覚に陥りもしました。

27歳の時、いよいよもう無理じゃないかと焦るようになりました。30歳を前に定職もなく、つかみどころのない世界で夢を追いかけて、このままでいいのだろうかと。ところが、再スタートを切ろうと受けた就職試験に落ちてしまった。

俺は会社員にもなれないのかと思い、それならいっそ開き直って、このまま役者を続けようと決めました。同級生の中で1人ぐらいこういう奴がいてもいいだろう。彼らには安定や家族があるけれど、自分には彼らにはない「自由」があると。そう腹をくくったわけです。

土壇場でその覚悟を決めることができたのは、高校時代の文化祭での、あの成功体験があったからでした。今はダメでもいつかは……という僕なりの確信があって、だから踏ん張って役者を続けられた。

あの経験がなかったら、もっと早い時期に俳優をやめていたかもしれない。そのぐらい、この写真の『野菊の墓』は売れない時代の心の支えになってくれました。

当時のクラスメートとは今でも交流があります。彼らも、まさか僕が今のようになるとは思っていなかったでしょうし、むしろ無理だと思っていたんじゃないかな。でも、今も昔と同じように付き合ってくれます。

彼らにとっては、僕がテレビや映画に出ることがちょっとした自慢になっているかもしれませんし、僕のことで一瞬でも彼らが喜んでくれるのなら、それは僕にとってとてもうれしいことです。

幅広い役柄をこなし活躍する木下ほうかさん

きのした・ほうか 1964年、大阪府大東市生まれ。2014年に『痛快TV スカッとジャパン』(フジテレビ)のイヤミ課長シリーズでブレーク。以後、数々のテレビドラマや映画で名バイプレーヤーとして活躍中。現在、ドラマ『チア ダン』(TBS系毎週金曜22時~)に出演中のほか、10月スタートのドラマ『下町ロケット ゴースト』(TBS)、11月30日より公開の映画『かぞくいろ―RAILWAYS わたしたちの出発―』にも出演する。

    ◇

『チア ダン』では若い女の子たちに囲まれて出演していますが、違和感はありません。強面(こわもて)なので最初は警戒されますけど、少しニコッとすると「そんなに悪い人じゃないかも」と思ってくれるみたいで、仲良くやらせてもらっています。

僕は出演作の台本を捨てられないタイプで、こうした連続ドラマの出演が増えてきたので、ためた台本の数もかなりになりました。

ただ、昔の台本は、この時は全然売れていなかった端役がものすごく売れたとか、この時の助手が今は監督だとか、逆にあのスターをもう全然見かけないとか、浮き沈みの激しいこの業界の厳しさを思い返させてくれます。

売れなかったころを思い出して自分を律するために、とても大切なものなので、捨てられないです。そろそろさすがに「どこに置くねん」という状況ですけどね。

(聞き手 髙橋晃浩)

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