インタビュー

批評家・宇野常寛さんが見るネット世論の現状と「遅いインターネット計画」で目指すもの

  • 2018年11月15日

  

批評家でPLANETS代表の宇野常寛さんが責任編集した『PLANETS vol.10』が発売中だ。宇野さんは、その巻頭言で「遅いインターネット」宣言と題して、現状のネット世論と、ひたすら消費されていく情報について警鐘を鳴らしています。「速さ」を追求してきたネットの世界を、あえて「遅い」と形容したその計画が目指すものについてうかがいました。

同じく宇野さんが編集を担当した落合陽一さんの新著『デジタルネイチャー』についてのインタビュー(前編はこちら)の続編です。『PLANETS vol.10』には、落合さんと宇野さんによる対談「世を捨てよ、クマを狩ろう デジタルネイチャーからマタギドライブへ――」も収録されています。

                  ◇

日本のインターネットは「テレビ化」した

――「遅いインターネット計画」についてうかがう前に、宇野さんがネット世論の現状をどのように考えているか教えて下さい。

宇野 この20年くらい、人類はインターネットで日常的に自分の意見を発信するようになって、そしてそのことが政治や文化を豊かにするという前提で思考する人たちが力をもってきたと思うんですね。「メディアからプラットフォームへ」という言い方もしますが、これからの世の中はどんな仕事をしていても情報をただ受け止めるだけではなく、発信もできるようにならないとまずい。いや、世の中を豊かにするためにそうなるべきだ、という考え方が支配的だったと思うんです。もちろん、この考え方は大枠では間違っていない。

しかし、その一方でインターネットが証明したことは、発信に値するものをもっている人間はほとんどいないという悲しい現実だったりもする。リテラシーが低く、心が弱い人はインターネットを手にしても、いや、したからこそフェイクニュースを拡散し、誰かに石を投げることで鬱憤(うっぷん)を晴らす。当たり前のことだけど、ただ「発信する」だけじゃだめなんですね。ちゃんと発信できるリテラシーがないとむしろ世の中をどんどん息苦しくしてしまう。

たとえば震災の直後は「動員の革命」だとか「ウェブで政治を動かす」だとか言われたことがありましたよね。もちろん、僕もその空気に期待した一人ですけれど、違和感もあった。あれは要するにテレビのポピュリズムだけでは弱いので、インターネットの、具体的にはTwitterのポピュリズムをそこに加えて既存の勢力に対抗しようというプロジェクトだったと思います。

けれど、平成という「改革」の時代は自民党や公明党や共産党の組織票に対して、都市型の改革勢力がテレビポピュリズムで対抗しようとして敗北していった30年だと総括できるわけです。僕の2012年後半ごろからの文章を読んでいるとずっと反復していることですけけれど、やはり組織票にポピュリズムで対抗するという発想自体が間違えていると思うんですよ。

テレビのポピュリズムをTwitterで補強しようという甘い考えで、それが突破できるとは思えない。組織票には組織票での対抗が必要で、僕はやはりかつての「みんなの党」に消去法で投票していたような都市の浮動票を、インターネットを用いて組織化すべきだと思っています。もちろん、これはTwitterのハッシュタグで盛り上がろう的なことじゃなくて、オンラインサロン的な草の根運動ですね。

あと、この時期のTwitterポピュリズムの盛り上がりというか、日本のインターネットがTwitterというひとつのムラになることによって、ほんとうに社会が息苦しくなったと思う。まるでテレビワイドショーのように、あの時期Twitterも週に1回、悪目立ちした人間や失敗した人間を晒(さら)し上げてみんなで石を投げて「スッキリ」する文化が定着した。あれだけ、テレビ的なものを批判していたTwitterの文化人たちが、自分たちのムラを手にいれた瞬間に、まったく同じことをはじめた。震災後のこの時期に、日本のインターネット言論はワイドショーの2軍になってしまった。いまとなっては、話題もそこまで変わらないし、完全に日本のインターネットは「テレビ化」しましたよね。

だから僕は根本から絶とうと思って、日本テレビのワイドショーに2年半毎週「こんなものを見ているとバカになるぞ」というメッセージを出し続けたのだけど、局に睨(にら)まれて追放されたわけです。

話をネットに戻すと、本当はなんでも好きなことを話せるのがインターネットのよさのはずなのに、いまのインターネットはいちばん息苦しい場所になっていると思いますね。

  

「考えなくてよい」という潮流に対抗したい

――確かに、Twitterをはじめ他人に対して極端に攻撃的なコメントをする事例が目立ちます。

宇野 いまのインターネットって「速すぎる」と思うんですよ。たとえば「いまこの人はやらかしているからみんな叩(たた)いてOK」というサインが流れてきて、その流れてきた情報の吟味もなければ背景の検討もなく、とりあえずそれに乗っかってリツイートしたり、更に叩いたりする。あるいは140字に無理やりまとめられた「ちょっといい話、知的に見えそうな話」をリツイートして、自分もなにか知的な活動に奉仕した気になる。要するに情報に対して「考えなくてよい」という文化をこの「速すぎるインターネット」は生んでいると思うんですね。

「遅いインターネット計画」はこの潮流に対抗するプロジェクトです。採算度外視で、僕が心底面白いと思えることを、世界にとって必要だと思えること、5年後、10年後にも必要とされる良い文章をひたすら載せるウェブマガジンですね。Twitter村のトレンドとか、週刊誌やテレビの「旬の話題」とか完全に無視して、好きなことをやる。そしてコメント欄とかは一切つけない。ただ、運営は僕のオンラインサロンを中心に半分開かれたものにしていこうと思っています。

――コメント欄をつけない理由は、やはり非建設的な攻撃でしかない投稿がなくならないためでしょうか。

宇野 たとえば今年僕の会社(PLANETS)から出した『デジタルネイチャー』のAmazonのレビューで「難しい」が理由で1点をつけているコメントがありました。あれは本当にすごいこと。例えるなら、「マウンテンバイクを買ったら補助輪がついてないから評価は1点」と書いているわけです。

本を読んだら自分には難しかったから評価を最低にする。どうやったらそういう発想ができるのか僕はまったく理解ができませんが、あれを冗談めかしてツイッターで取り上げたら、今度は炎上した。要するに「自分に理解できない本は1点」だという論理を支持する人が結構いるわけです。1点をつけたのはどう考えてもこいつらの行為なんですけどね。

――自分が難しくて理解できないからその本はダメという評価はあまりにひどいですよね。

宇野 あと最近ショックだったのは、僕が出演したNHKの番組『100分de石ノ森章太郎』での僕の発言を、アンチが捏造(ねつぞう)して拡散した事件ですね。このとき、番組を見てもいない人が僕を陥れようとして流したデマを拡散しているケースが目立って、さすがに「いきつくところまで来たな」と思った。(編集部注:NHKの番組をめぐる経緯はこちらを参照してくださいhttps://togetter.com/li/1267119

――現状を変えるためにはどうしたらよいでしょうか。

宇野 僕は、読者を育てるところから始めていかなくてはいけないと考えています。それは単にメディアリテラシーをつけようということじゃなくて、同時にどう「発信する」かまで教えることを意味します。いま、僕のメルマガは読者が5000人弱いて、サロンが300人強いるので、そこからはじめるしかないと思っているんですよ。

悲しいことだけど、現代はSNSを中心に、人にものを考えさせない言葉があふれています。ある既存の価値観に対して多方面から検討してみようとか、自分は世界を二つの方向からしか見ていなかったけれども、それを五つの方面から見られるようにしようとか、そういった考えさせるための言葉がない。最初から結論が決まっていて、その人を心地よくさせてくれるような、そんな言葉が強く流通しています。

最もそれが現れているのが20世紀のイデオロギーへの回帰です。2010年代も半ばを過ぎたいま、左右対立のようなものがここまで再燃しているとは、1990年代の日本人には想像できなかったと思います。

僕たちの世代にとっては、「知的な人間は世界を単純化して捉えない」ということは当たり前でした。そういう意識があった人が一定数存在するという点では、いまの30代、40代は貴重だと言えます。そこから育てて、まず連帯して、若い人たちをサポートしていくコミュニティーをどんどん作っていきたいと考えています。

こんなことを言ったら怒られるかもしれませんが、僕ら現役世代はもう捨て石になるしかない。極端な言い方ですが。年金的にも損をすることになるし、子育て支援も間に合わなかったし、就職の状況も悪かった。

しかし、だからといって、「僕たちの人生を保証してくれ!」と叫ぶだけではなくて、余裕がある人だけでいいから未来に投資しないと、日本に生まれたことが不幸になってしまう。もうしばらくは、国民国家という枠がないと報われない人は多いであろうからです。

  

――そのためのオンラインサロンですか。

宇野 僕の考えに共感してくれる現役世代の仲間を集め、自分たちと若い世代に向けて発信していきたい。その仕組みづくりに今年は時間を費やそうと考えています。いざオンラインサロンを始めたら、僕のその試みのためにお金を使ってくれる人が数百人いて、皆熱心で単純に励みになりました。

サロンのテーマが「遅いインターネット計画」です。将来的にはWebサイトを立ち上げたいと考えています。そこではコンテンツをたくさん更新したりはしません。

メディアの怠慢が知的衰退を招いた

――読者を育てるところから始めなくてはいけないような、現在の知性の衰退はなぜ起きたのでしょうか。

宇野 水は低いところへ流れる、というだけですが、強いて言うなら僕らメディアの人間の怠慢ではないでしょうか。朝日新聞のようなリベラルメディアは、あえてそうしたのかもしれませんが、お題目のように戦後左翼のテンプレを語ることで、結果として楽をしてきたのだと思います。

それが、政治的には安倍一強を、文化的にはネット右翼を生んでしまったことは間違いないと思います。やはり怠慢だった。エアコンのフィルターを掃除していなかったら、カビ生えたみたいなものですよね。新しい言葉をつくるということを、戦後のある時期から、メディアはさぼってきたんですよ。

ただまあ、責任の所在とか、あいつらはダメだとかつべこべいっている暇があったら次の手を打ちたい。そう僕は考えています。この秋に出した『PLANETS vol.10』の特集テーマは「戦争と平和」です。ただ、この特集にはほとんど「9条」も「安倍晋三」も登場しない。いまの「速すぎるインターネット」が加速した左右のイデオロギー回帰からは見えてこない、「戦争と平和」の側面を多角的に、メディアから、テクノロジーから、そして文化から徹底的に考えている。

この特集を読んでも、たぶん読者は左右のイデオロギー本のように気持ちよくはならない。そのかわり、読むと世の中の見え方が多角的に、深くなる快感が、まあ、「面白さ」ですよね。それが手に入る。こういう戦い方は即効性が低いと思うかもしれないけれど、かならず5年後、10年後は効いてくる。こういう出版活動から少しずつ社会を変えていけたらなと思うんですよね。そう考えて僕は『PLANETS vol.10』をつくりました。次は「遅いインターネット計画」ですね。

(文中敬称略)

(聞き手・文 &マガジン編集部 久土地亮、下元陽、写真・矢野拓実)

『PLANETS vol.10』

『PLANETS vol.10』は、評論家・宇野常寛が責任編集をつとめる総合批評誌です。宇野が提唱する「遅いインターネット」計画の作戦会議、(安倍晋三も9条も出てこない)「戦争と平和」特集、ランニング誌「走るひと」とのコラボレーション、猪子寿之、落合陽一、押井守、片渕須直などクリエイターインタビューなど、「世界の見え方が変わる一冊」がコンセプト。
 

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『母性のディストピア』

宇野常寛(著) 集英社
『リトル・ピープルの時代』に続く、宇野さんの新たな代表作であり、現代サブカルチャー論。
 

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