いしわたり淳治のWORD HUNT

宇多田ヒカル『嫉妬されるべき人生』 作詞家も驚く斬新な歌詞

  • いしわたり淳治のWORD HUNT〈vol.10〉
  • 2018年8月24日

  

音楽バラエティー番組『関ジャム 完全燃SHOW』(テレビ朝日系)で披露するロジカルな歌詞解説が話題の作詞家いしわたり淳治。この連載は、いしわたりが気になるフレーズを毎月ピックアップし、論評していく。候補となる言葉は、歌詞、本、テレビ番組、映画、広告コピーなど、さまざまなジャンルから選ばれる。

今回は、宇多田ヒカルの作品タイトルから話題のテレビドラマ「健康で文化的な最低限度の生活」まで、五つの言葉が挙がった。

いしわたり淳治 いま気になる五つのフレーズ

  

この世のラブソングはどちらかというと、幸せな歌よりも、悲しい歌の方が多い。それは、幸せな恋愛は現在進行形の一つだけなのに対して、失恋の経験は遠い過去のものも含めると多くの人が複数持っているから、という数的な理由もあるのだろうけれど、それに加えて「私はこんなに悲しいです」の表現は自虐に近いので比較的歌にしやすいのに対して、「私はこんなに幸せです」はのろけに近いので謙遜を美徳とする日本人は基本的に表現するのが苦手、という理由もあると思う。その意味で、宇多田ヒカルさんの『嫉妬されるべき人生』の歌詞には驚いた。

サビで“あなたに出会えて 誰より幸せだったと 言えるよ どんなに謙遜したところで 嫉妬されるべき人生だったと”と歌われる。これがすごい。もしかしたら、中には何げない歌詞のように感じる人もいるかもしれない。でも、想像してみて欲しい。「あなたがどれだけ幸せであるかを歌にしてください」と言われたとき、「幸せ」と対極にありそうな「嫉妬」という言葉を用いて幸せの度合いを表現する人がどれだけいるだろう。少なくとも私はこのような歌詞は今までに聞いたことがないし、こんな表現の仕方があったのかと目からうろこが落ちた。

そしてこの歌詞が悲しげなメロディーに乗って歌われるというのがまた奥深い。明るい言葉と暗いメロディーの対比が、“手にした幸せが本当なのかはわからないけど今は幸せだと言い切りたい”あるいは“手にした幸せもいつかきっと壊れてしまうのだろうけれど……”みたいな切なさをはらんでいる感じがして、「つまり私はいま幸せの反対の反対の反対の反対の反対の反対です」みたいな感じの、なんとも複雑な感情表現がなされていて、ものすごいなと思った。

  

なんという素晴らしいタイトルだろう。文字にインパクトがあって、妙に考えさせられて、堅くて長い言葉なのに一度聞いたら口に出してみたくなる。この文言は、生活保護にまつわる日本国憲法第25条第1項の条文「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」に由来しているそうで、これをタイトルとして切り出すセンスがまた素晴らしいなと思う。

以前どこかでこんな話を聞いたことがある。日頃から政治に関心のある人だろうが、まったくもって無関心な人だろうが、マイクを向けられて「日本はこのままでいいと思いますか?」と質問されると、ほとんどの人が「このままではいけない」と答えてしまうらしい。誰の心の中にもある漠然とした不安感。それを刺激するような心理学的なギミックが、この「健康で文化的な最低限度の生活」というタイトルには潜んでいる気がする。タイトルを見たとき、あなたは「健康ですか?」「文化的ですか?」「最低限度の生活を送れていますか?」と矢継ぎ早に質問されているような気分になる。そして不思議なことに即答できない自分がいる。

  

隣の席との間に独特なついたてのあるストイックな座席で有名な人気ラーメン店一蘭。その一部の店舗では、店員が、入店して来たお客さんに「いらっしゃいませ〜」ではなく「しあわせ〜」と言っているのだという。空耳的には「いらっしゃいませ」と聞こえるけれど、実はお客様のしあわせを願って「しあわせ〜」と言っているらしい。

私はこれまで「しあわせ〜」というセリフは、おいしいものを食べた時や、恋人の腕に抱かれた時や、長年の夢がかなった時などに、誰かに向けてというよりは自分から自分へ、口から自然にこぼれる言葉だと思っていた。しかし、日本語の使い方は日々変化するもの。今ではお客さんのしあわせを願うときにも「しあわせ〜」と言うらしい。いやはや、考えるほど不思議な使い方に感じるのだけれど、“感情にまつわる名詞を大声で言う”という意味では、一昔前にはやったゴリエの「よろこび〜」なんかと同じ仲間なのだと思って、ぐっと飲み込んだ。

  

食器用洗剤MagicaのCM。皿洗っている妻に夫が「おれ、お皿洗おうか?」と言い、妻が「ありがとう」と答える、そんな日常のワンシーンなのだけれど、おのおののセリフの前に『この後 夫 史上初のセリフ』だとか、『驚きからの 妻 3年ぶりのセリフ』といった文字をハリウッド映画の予告編よろしく画面いっぱいにドンドンドン!と出すことで、これが日常なんかではなくものすごく非日常の出来事で、つまりは“普段まったく家事をしない男でも皿を洗ってみたくなる洗剤”ということを伝えている。このCMが初めて流れたとき、家族全員が画面に釘付けになった。子供から大人まで一瞬で何らかの“いい違和感”を覚えたわけで、いいCMだなと思った。

余談だけれど、ビル・ゲイツは一日の脳の緊張をほぐすために毎晩皿洗いをすることを日課にしているのだそうで、皿洗いのような単純作業をぼーっとしながらやることは、脳の疲れを取るうえでは大変有効で、脳科学的にきわめて正しい行動なのだそう。というわけで、普段は家事をしないお疲れ気味の皆さんこそ、このCMよろしく皿を洗ってみてはいかが。

  

7/18放送のテレビ朝日系バラエティー番組『マツコ&有吉 かりそめ天国』でのこと。輸入食品店カルディで、“気になった商品をその場で開けて片っ端から試したい”という欲望をおかずクラブ・オカリナさんで実際に試した映像がすごかった。

パッケージを見ただけではよく分からない食べ物を、興味の赴くままにその場で開け、勝手に食べ、食べてもよく分からない場合は「店員さ〜ん……」とつぶやきながら、食べかけの商品を持ったまま店内をうろうろとさまよう。人選も完璧。見てはいけないものを見た感じというか、常識ではありえない衝撃的な映像を見て、爆笑も通り越して、すがすがしい感動すら覚えた。

私たちはいつも常識の枠の中で暮らしている。当然、常識というルールがあってこそ私たちの社会生活は守られるのだから、それは大切なことなのだけれど、常識にとらわれすぎると心にストレスがたまるのもまた事実。時には、常識の枠から自分を解放してあげるのは、ストレス解消にいいのだそう。とはいえ、店内のものを勝手に食べるのは問題なわけで、誰にも迷惑をかけない非常識くらいがちょうどよい。例えばずんの飯尾和樹さんは思いっきり汗をかいて働いた日は“服を着たまま風呂に入る”のだそうで、その行為を脳科学の先生が絶賛していた。人は誰しも服をぬらしてはいけないと思って暮らしているから、その思い込みを解放してあげることでストレスが解消するらしい。というわけで皆さんも、誰にも迷惑のかからない非常識を探して試してみてはいかが。


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PROFILE

いしわたり淳治(イシワタリ・ジュンジ)

1997年、ロックバンドSUPERCARのメンバーとしてデビュー。全曲の作詞とギターを担当。2005年のバンド解散後は、作詞家としてSuperfly、SMAP、関ジャニ∞、布袋寅泰、今井美樹、JUJU、少女時代、私立恵比寿中学などに歌詞を提供するほか、チャットモンチー、9mm Parabellum Bullet、flumpool、ねごと、NICO Touches the Walls、GLIM SPANKYなどをプロデュース。現在オンエア中のコカ・コーラCM曲「世界はあなたに笑いかけている」(Little Glee Monster)や、情報番組『スッキリ』(日本テレビ系)のエンディングテーマ曲「Electric Kiss」(EXO)の作詞も担当するなど、さまざまな音楽ジャンルを横断しながら通算600曲以上の楽曲を手掛ける。

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