つくりびと

変えるのは「少しだけ」 九谷焼の新境地を開拓した上出長右衛門窯・上出惠悟さん

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  • 2018年8月31日

「上出長右衛門窯」上出惠悟さん

およそ350年前に始まった石川県の伝統工芸・九谷焼。赤、黄、青(緑)、紫、紺青の5色で磁器に施された絵付けは、繊細で美しい。そんな伝統工芸が、長年苦境に立たされている。その中で、九谷焼の窯元に生まれたある青年が手がける一風変わった九谷焼が、若者を中心に注目を集めている。

上出長右衛門窯・上出惠悟さん。1879年から続く九谷焼窯元の6代目だ。伝統の模様を彼がファニーにアレンジした『笛吹』シリーズは、それまで九谷焼に興味を持たなかった若いファンの心をつかんでいる。

湯呑 笛吹(スケートボード)6480円。明(みん)時代の文人がスケボーに乗る様子が実にかわいらしい

『笛吹』シリーズは都内のセレクトショップなどでも扱われる人気アイテム。遊び心満点でスタイリッシュ、そんな言葉で形容されることも多いが、そもそもなぜこうしたアイテムを生み出したのか。

はじまりは「日本の手仕事がなくなる」という危機感

上出さんは、デザインやアートディレクション、経営を担当する「上出長右衛門窯」の“総司令官”の立場

九谷焼の産地・石川県能美市に構える上出長右衛門窯の6代目として生まれた上出さん。幼いころから、絵画好きの父の影響もあってか、絵を描くのが好きだったという。

その後、上出さんは美術系高校を経て東京藝術大学に進学した。専攻は油画。いつかは実家の家業を継ぐのだろうとぼんやりと考えていたところ、大学3年生の時に大きな転機が訪れる。日本美術や伝統文化を深く学んでいくうちに、そうした古くからの文化や手仕事がいかに危機的な状況であるかを知る。このままでは日本の文化や手仕事は早晩消滅してしまうのではないか。自分にできることはないだろうか——これが故郷に戻ってくる大きなきっかけとなった。

「でもいざ戻ろうとしたら、父は『食べていけないから帰ってくるな』って言うわけです(苦笑)。代々続いてきたものを息子に継がせられない、と。ますます“なんとかしなきゃいけない”って思いましたね」(上出さん)

食器や湯呑は、生地づくりや絵付けなど分業制で行う

上出さんが実家の窯に戻ってきたのは2006年。当時、ちょっとした陶芸ブームが起こっており、シンプルで洗練された器を中心に若者に支持されつつあった。しかし、九谷焼は(そうしたブームにおいては)蚊帳の外。華美な絵付けが施された器は、当時の潮流にはマッチしていなかったのだ。

そうした中、上出さんは九谷焼の、そして上出長右衛門窯の新しい可能性を見いだそうとしていた。

「当時の僕から見ると上出長右衛門窯のつくり手の仕事ぶりは、文句の付けようがなかった。いいものを作っているのに、知ってもらえていないから売れない……それがもどかしかったですね。でも“知らなかった”のは僕も同じで、例えば『笛吹』の茶わん。明(みん)時代の文人が座って笛を吹くシンプルな絵が描かれた上出長右衛門窯の定番柄です。明時代の焼きものの写しなんですけど、うちの窯では70年くらい描いていて、僕自身も幼いころからずっとこの器を使っていた。それだけにこの器の魅力に気づけていなかったんです」(上出さん)

こちらが九谷焼定番の『笛吹』の湯呑み

その魅力に気づいたのは、芸大時代の友人が金沢を訪れたときのこと。その友人らと、たまたま入った茶房で上出長右衛門窯の『笛吹』のお茶わんが出てきた際、上出さんは何げなく自分のところのものだと伝えたところ、「すごくいい」という反応が返ってきたという。

「僕からすれば子供の頃から当たり前に使っている器なので、客観的に見ることができなくて。(美的センスの高い)友達のそういう反応を見て『あ、そうなんだ』と教えてもらったというか。さらにその時、隣の席でもたまたま『笛吹』の話をしていたんですよね。この時初めて、会話が広がる器なんだなって、ものすごい可能性を感じたんです」(上出さん)

その可能性をどうすれば広げていくか。伝統的な要素を損なわず、今の時流にいかに乗せるか。九谷焼が持つ魅力を多くの人に届けるため、上出さんが生み出したものが、定番の『笛吹』に“少しの遊び心”を加えた『笛吹』シリーズだった。

サックスやトランペット、ドラムなどが描かれた『笛吹』シリーズ。約10年前、知人であるトロンボーン奏者とサックス奏者の結婚式の引き出物としてつくったことから誕生した

商品化されると、その絶妙なセンス、可愛らしさがたちまち評判となった。さらにスケーターやDJなど、様々な絵柄も続々と誕生し、同シリーズは大ヒット。上出さんが金沢の茶房で感じた「新しい可能性」は、こうして現実のものとなった。

しかし、上出さんはそうしたヒットにも、ある複雑な思いを抱いているという。

「本当にこれでいいのか、という思いはあります。僕にとってオリジナルの『笛吹』がパーフェクトなので、世間の人に知ってもらうために必要以上にカジュアルにしたくない。そのさじ加減が難しいんです。そういう意味では、『笛吹』シリーズは少しやりすぎかもって思ってしまうことがあります。こんなにわかりやすいことをしなくても、長年愛して下さっている『笛吹』のよさはたとえ若い方でもわかってもらえるはずだと思うんですよ。そこらへんの葛藤は、いつもつきまとっていますね」(上出さん)

大ヒットしたアイテムは皮肉を込めて?

九谷焼の転写技術を使って展開している「KUTANI SEAL(クタニシール)」の長皿(各3564円)

九谷焼の絵付けには大きくわけて「手描き」と「転写」の2種類がある。前者は熟練の職人が絵付けしたもので当然手間がかかる。後者はそんな職人の絵付けを大量生産できるよう文字通り転写したものだ。

“転写モノ”の九谷焼も多いが、上出長右衛門窯では、140年前の創業以来、昔ながらの手仕事にこだわって食器や茶陶などをつくってきた。にもかかわらず、上出さんは2009年に九谷焼の転写ブランド「KUTANI SEAL」をスタートさせる。

「KUTANI SEAL」のマグカップ2916円、丸皿2592円。このカジュアルな風合いが新しい層のファンを獲得している

「KUTANI SEAL」の「SEAL=シール」とは、九谷の和絵具を印刷した転写シールのこと。これを器に貼って焼き付ければ、簡単に九谷焼ができるというわけだ。このブランドをつくった理由について、上出さんはこう話す。

「転写で作られた九谷焼の流通量はとても多いんですが、それはあまり知られていません。また手描きと転写の違いを認識されていない方も少なくない。転写と手描き、その明らかな違いを、消費者の方に気づいてもらえていないのは大きな問題だと思っています。だったら、僕自身が転写ブランドをやれば、その違いを積極的に広め、差別化できるんじゃないかと思って『KUTANI SEAL』を始めたんです。僕は決して転写が悪いものだと思っていません。転写でしかできないいろんな可能性を通じて、多様な九谷焼を知ってもらいたいという思いがあるので」(上出さん)

「KUTANI SEAL(クタニシール)」というブランド名は、これまでどちらかといえば隠されていた転写技術を明るみにするという上出さんなりの皮肉がきいている。

“ほんの少しの新しさ”と“エッジーなアイデア”で伝統工芸の九谷焼の間口を広げる上出さん。伝統工芸を現代的に解釈すると、とかくモダンで奇抜なつくりとなってしまいがちだが、彼は「基本的には昔からやってきたことと同じことをやりたい」と語る。

そんな彼に「つくること」について聞いてみた。

「何百年後の人にも、九谷焼を見て何かを思ってもらえたらうれしいですね」と上出さん

「とっぴなデザインのものをつくることは、わりと簡単にできちゃう。でもそれはあまりしたくないんです。だって、『笛吹』のように何でもないシンプルなデザインだけど何十年も人を和ませられるものを作る方が難しいですから。だから昔からずっとあるものに敬意を払いつつ、少しだけ僕の要素を足すくらいがちょうどいい。実際、少しデザインを加えるだけで、九谷焼の見え方ががらっと変わるんです。実はうちの商品には、僕がデザインしたものってまだそんなに多くありません。むしろ昔からあるものが多い。でも、そういう昔からずっとある絵柄の器を見て『すごく新しいですね』って言われることがある。僕の“ちょっと足し”で、見てくださる方の感覚が少し鋭くなって、昔からある器にも新しさを見つけてくれているわけです。その瞬間は内心『やった!』と思いますね。こうやって人の視点を変えられることが本当に楽しい。これからも、そういう心構えでものづくりをしていきたいと思っています」(上出さん)

上出惠悟さん

上出長右衛門窯の作品の写真特集はこちら

上出長右衛門窯
ショールーム/工場
住所:石川県能美市吉光町ホ65
TEL:0761-57-3344
営業時間:10:00〜17:00
定休日:土・日・祝※変則あり、工場見学は要予約
http://www.choemon.com/

取材・文/船橋麻貴
撮影/野呂美帆

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