インタビュー

東出昌大「“イケメン”にくくられることは気にしない」

  • 聞き手/西森路代 撮影/森カズシゲ
  • 2018年9月7日

  

多くの人が憧れる「イケメン」と呼ばれる俳優たち。彼らはなぜ「かっこいい」のか。その演技論や仕事への向き合い方から、ルックスだけに由来しない「カッコよさ」について考えたい――。

東出昌大さんは、少女マンガ原作映画のようなキラキラした作品に出演する“イケメン”であると同時に、そのキャリアの要所要所で人々の記憶に残る作品で重要な役を演じてきた。30歳の現在、「自分がどのようにくくられるかは気にならない」という。その達観の背景には、俳優としての確固たる仕事論があった――。

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上質な作品にずっと関わっていきたい

――今年のカンヌ国際映画祭コンペティション部門に出品された、映画『寝ても覚めても』が現在公開中です。東出さんはこの作品で、初めて一人二役に挑戦されました。ヒロイン朝子の昔の恋人である麦(ばく)と、その後に彼女と付き合う、麦とまったく同じ顔をした亮平という二人を演じてみて、いかがでしたか?

東出 最初は、自分の中にある引き出しを分けて、仕草から何からキャラクターに差異をつけて演じ分けたほうがいいのかなと思ってたんです。でも、撮影の1カ月半前くらいに、濱口竜介監督から「演じ分けをしようと思わないでください」と言われまして。「東出という楽器からそれぞれのセリフが出ていれば、ぜんぜん違って見えるから」と。それは作為が生まれると、生きた芝居じゃなくなってしまうということなんでしょうね。だから、ひとつの作品の中で二役を演じたというより、ある濱口組の作品で麦という役を演じて、別の濱口組の作品で亮平を演じているという感覚に近かったです。

  

東出昌大(ひがしで・まさひろ)

1988年2月1日生まれ、埼玉県出身。高校時代に第19回メンズノンノ専属モデルオーディションでグランプリを獲得し、モデルとしての活動を開始。2012年に映画『桐島、部活やめるってよ』で俳優デビュー。今後は、三島由紀夫原作の主演舞台『豊穣の海』や、映画『ビブリア古書堂の事件手帖』(11月1日公開)が控える。

――ふらりと消えたり現れたりして朝子を振り回す麦と、人間味があって好青年の亮平は、対極的なキャラクターでした。

東出 原作の柴崎友香先生が撮影現場にいらっしゃっていて、麦の話をしたんです。柴崎先生は『寝ても覚めても』の執筆当時、サイドストーリーを書いていらしたそうで、その中で麦は宇宙人の設定だったらしいんですね。竹取物語の使者のように、朝子を連れていく使命を帯びた人間だった。それを聞いて、劇中、理由もなくふっと現れたり消えたりするのが腑に落ちました。それに、麦には遠慮がないんです。遠慮があったらただのチャラ男になってしまうし、それでは朝子が惚れ続けることはないので、超人的な人物だと思いながら演じていました。亮平は好青年で、僕自身も憧れるくらいに優しい人だと思いました。

――この作品を含め、東出さんはキャリアの要所要所で、話題作というだけではない、人の記憶に残る作品に出ていると思います。作品選びに自分の意志はどこまで反映されているんでしょうか?

東出 幸運にもそういう話をいただいているというのが大きいと思います。そう言われてちょっと思い出したのが、『サイド・バイ・サイド フィルムからデジタルシネマへ』(2012年)というキアヌ・リーブスが製作したドキュメンタリー映画です。その中でキアヌがクリストファー・ノーランに「なぜフィルムとデジタルを使い分けるんですか?」と聞いたら、ノーランは、「俺はフィルムしか使わない。デジタルは安いクッキーと一緒で、焼き立ては食えるけど、時間がたったら食えたもんじゃない」と答えていたんですね。実際にノーランは、『ダンケルク』のようなCGを使う作品であっても、フィルムを使っています。それはもちろん例えだし、あくまでも全部が全部あてはまることではないですが、僕自身も映画が好きで、この仕事をやっているからたくさんの作品を見ているほうだと思うんです。そうすると、長年名画として残る作品に対する憧れもできるし、すぐに評価されるものでなくても“上質なクッキー”に関わりたいなという思いはあります。

――とはいえ、“上質なクッキー”ばかりに出会えるわけではないですよね。

東出 天秤のかけ方も、いろいろあると思います。感動の重さは測れないけれど、全国の劇場100館で感動を与える作品も、10館でしか上映されないけどそこで見た人の大半が感動した作品のどっちが優れているかでいうと、どちらも役者としては仕事をした甲斐があると思います。これは難しいことだけれど、大作になるとどうしても制約は大きくなります。でも、与えられた中で頑張るしかない。同年代の俳優でも、独特の嗅覚を持って自身で作品を選んでいる人たちもいて、すごいなと思います。

なんでも「芸のこやし」と片付けるのは無責任

――これは東出さんに限った話ではありませんが、華があったりイケメンだったりというイメージだけでとらえられて、そこにハマってしまって役の幅が狭まることは、俳優さんには往々にしてあることだと思います。そういう時期を恐れる気持ちはなかったですか?

東出 長いスパンでやっていこうと思っているので、今現在の僕はそういう風にくくられることに対しては、気にしていません。例えば、以前出演した『アオハライド』(2014年)は少女マンガ原作で主に観客が女の子なので、どちらかというとキラキラした部分を見せる演技になるし、歌舞伎の見得を切るように、特有の型を演じるような部分もあったと思います。でも僕は『アオハライド』も好きだし、あの時期にあの作品に出られてありがたかったなと思っています。

――役の幅を求めて、悪役をやってみたいという人もいます。東出さんはいかがですか?

東出 例えば、もし戦争の映画でものすごく悪い役を演じることがあっても、それはそういう役割として必要なら演じるというだけで、悪役をやることで特別に悦に入ることはないほうだと思いますね。以前、尊敬する演出家の小川絵梨子さんが、「『芸のこやし』と言って許されるのは、フィリップ・シーモア・ホフマンか、ヒース・レジャーくらいの天才だ」って、冗談含めて言われていて。僕も、なんでも「芸のこやし」と片付けるのは無責任だなとも思います。その一方で、知らないことばかりなのは良くないので、いろんな経験は必要だとも思います。でも私生活に「芸のこやし」を持ち込んだり、家庭に帰ってまで役をひきずったりもしないです(笑)。

――今回の取材にあたって、東出さんに関する過去の記事を読んでいたら、「声がとても特徴的で、作品によっては作用の仕方が難しいけれど、『コンフィデンスマンJP』(2018年/フジテレビ)ではその声を活かしたことで説得力が出ていた」という趣旨の評がありました。役者として自分の声をどうとらえていますか?

東出 『コンフィデンスマンJP』のときは、無邪気さを出すために声を口の前のほうで出した気がします。『寝ても覚めても』のときも、声をどこで出すか、麦と亮平で変えようかと考えましたが難しいですね。例えば、今みたいに普通にしゃべることもできるし、のどの奥から低い声を出すこともできます。お芝居に合わせた声の出し方をしたほうがいいのかなと考えていても、いざ本番になると、それを放棄することも多いんです。「おやおや、東出にそれは求めてないぞ」と感じる監督もいると思うので。それにやっぱり、作った声でしゃべると、それは “お芝居”だな、と思う自分もいるんです。ただ、芝居によって、それぞれに落ち着くところはあるように思います。古典芸能みたいに型にあわせた発声法があったり、それが自在にできたりする役者さんは素敵だし素晴らしいなと思うんですけどね。

――東出さんが今かっこいいと思うのはどんな人ですか?

東出 子供の頃は、テレビに出ている見た目がかっこいいお兄さんに憧れていた気持ちがあったんですけど、今はドキュメンタリーで見るような冒険家や登山家の人や、幕末の志士の顔を見ると、到底近づけない面構えをしているなと思います。芯のあるかっこよさが表面に出ている人をいいなと思います。どれだけ世間的にかっこいい存在とされていても、近しい人からかっこ悪いと思われていたのでは意味が無いと思うんです。近しい人に信頼され、頼られ、安心感を与えられる人物がかっこいいなと思うし、そんな人になろうと思います。

【スタイリング】
檜垣健太郎(little friends)

【ヘアメイク】
石川奈緒記

映画『寝ても覚めても』

(c)2018 映画「寝ても覚めても」製作委員会/ COMME DES CINEMAS

監督/濱口竜介 原作/柴崎友香 出演/東出昌大、唐田えりか、瀬戸康史、山下リオ、伊藤沙莉、渡辺大知ほか 公開/9月1日より全国ロードショー中。

大阪で暮らす朝子(唐田)は、不思議な青年・麦(東出)と運命的な恋に落ちるが、あるとき麦は突然姿を消してしまう。失意のまま上京した朝子は2年後、麦とそっくりな顔をした亮平(東出)と出会う。同じ顔を持つ2人の男の間で揺れる愛情を描く。


(c)2018 映画「寝ても覚めても」製作委員会/ COMME DES CINEMAS

【Back number】
#01 井浦新「若い頃は早く“シワ”の多い顔になりたかった」

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