私の一枚

休養を経て“今”を大切にする村治佳織が、新アルバムに込めた思いとプロデューサーに捧げる感謝

  • 2018年9月18日

プロデューサーのドミニクと。2003年、ロンドンのデッカ本社にて

2003年、イギリスのレコード会社「デッカ」と契約を交わした日に撮影した一枚です。テーブルにあるのがその契約書。隣にいるのは、この時から今までずっと私を担当してくれているデッカのレコーディングプロデューサー、ドミニク・ファイフです。

デッカは、それまでの私にとっては遠い存在。自分のところにチャンスが巡って来るとは思いもしませんでした。でも、西洋の楽器を弾く身としては常に海外との関わりを持っていたかったので、世界を見据えた活動ができるチャンスをいただけて、うれしかったですね。

この写真の表情からも感じとることができると思いますけど、ドミニクは自分を前面に出すことはなく、こちらの思いをやさしく受け入れてくれるプロデューサーです。感情の振れ幅も小さくて穏やか。彼とのやり取りで困った記憶は、イギリス英語を聞く機会がなかったので、発音の聞き取りが難しかったことぐらい。作品づくりでは、私が日本で培ってきたものを生かしながら、毎回とてもやりやすい環境を作ってもらっています。

彼自身はギターを弾かず、私と仕事をする以前はギター音楽自体もあまり聴くことがなかったそうです。でも、だからこそ、技術的に可能かどうかではなく、音楽そのものを捉えて意見をしてくれる。そのことが私にとってとても新鮮でした。

ギターを知っているプロデューサーは、どうしても「このフレーズは難しいかも」「このテンポでは弾けないかも」と、技術的なフィルターがかかった意見になりがちです。俯瞰(ふかん)して演奏を判断してくれるドミニクと出会ったことで、新しい気づきをたくさん得ることができました。

今年でCDデビューして25年、デッカと契約して15年になります。一つひとつ積み重ねながらここまで演奏を続けてきました。でも最近、そうした積み重ねよりも、今というこの瞬間を一番大事にしたいと思うようになったんです。

そのきっかけは、病気で休養していた時期に、吉永小百合さんのご主人の岡田太郎さんからいただいた、「人生、成り行きでいいんだよ」という言葉でした。

投げやりになるとか、人生をあきらめるということではなく、流れに身を任せて心地よく生きてゆくという意味での「成り行き」。岡田さんご自身が、今をとても生き生きと過ごしていらっしゃるので、とても納得できましたし、自分のこれからを考える上で素晴らしいキーワードに思えました。

1ミリも思っていないことが人生には起きる、全く想像しなかった環境に突然置かれることもあることを、休養中に思い知らされました。私にとって大きな挫折でしたが、身近な方のそうした言葉に助けられ、前を向くことができました。また以前のように活動できるようなった今。この“今”が本当に大事なんだと心から思っています。

今年、ドミニクのプロデュースで、また1枚のアルバムが出来上がりました。全編映画音楽で綴(つづ)った作品です。いつもマイルドな彼ですが、今回はとても積極的にアイデアを出してくれて、かなりドミニク色の強いアルバムになりました。

「すべて映画音楽にしよう」と最初に言ってくれたのも彼で、選曲も曲順も、私も意見を出しましたが、最終的にはドミニクの案に落ち着きました。15年という節目を迎えて、また一からプロデューサーとして関わろうというドミニクのフレッシュな意思を感じることができましたし、私もそれに応えようと思いながら演奏しました。

ドミニク、録音エンジニアのジョナサン(左)と

レコーディングがすべて終わった日、ドミニクと録音エンジニアのジョナサンの3人で撮ったのが2枚目です。二つを見比べると、15年という時の流れを感じますね。振り返れば振り返るほど、彼と出会ってからの時間の重みを感じます。

それぞれの人生を過ごしながら、「15年も続くなんて本当にすごいよね」と笑い合えるドミニクの感性や個性が私は大好き。イギリス英語にもすっかり慣れましたし、彼がプロデューサーで本当に良かったと思います。

これからも、彼が仕事を続けていく限りは一緒に作品をつくれたらと思いますけど、やはりそこは「成り行き」で、あまり欲を持たず、一作一作、これが最後というぐらいの気持ちで彼と関わっていきたいと思います。

    ◇

むらじ・かおり 東京都出身。幼少期より数々のコンクールで優勝を果たし、15歳でCDデビュー。高校卒業後、パリのエコール・ノルマルに留学。帰国後、本格的なソロ活動を開始し、ビクターエンタテインメントより9枚のCDを発表。2003年、デッカと日本人として初の長期専属契約を結び、これまでに12枚のCDと2枚のDVDを発表。2012年にNHK-Eテレ『テレビでフランス語』のナビゲーターを務めるなどテレビ、ラジオへの出演も多く、現在はJ-WAVE『RINREI CLASSY LIVING』のナビゲーターを担当している。2014年には吉永小百合主演『ふしぎな岬の物語』のメイン・テーマを演奏した。デッカから出る12作目のアルバム『シネマ』は9月19日に発売。

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ジャケットの写真は、意識的に今までと違うものにしたいと思って、前から一度お願いしたいと思っていた写真家、操上和美さんにお願いしました。プライベートでは、以前から一緒に食事に行くこともあったのですが、撮っていただくのは今回が初めて。

操上さんが「『シネマ』というタイトルだからモノクロで撮ろう。女優風にやってもらうからね」とおっしゃったので、私も「ギタリスト・村治佳織」から離れて、映画のワンシーンのような雰囲気が出せればいいなと思いながら撮影に臨みました。

見知らぬ誰かになった気分で写真を撮っていただいていると、これまでのいろんな思いがこみ上げてきて、少しウルっとしかけて。そんな一瞬の表情を、操上さんに素敵(すてき)に切り取っていただきました。

9月19日発売のニュー・アルバム『シネマ』(ユニバーサル クラシックス&ジャズ)

(聞き手 髙橋晃浩)

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