インタビュー

常識じゃいい映画は撮れない 「散り椿」が公開間近の映画監督・キャメラマン 木村大作さん

  • 2018年9月20日

1作品に必ず一つや二つの「木村伝説」が生まれる。©2018「散り椿」製作委員会

映画の撮影現場では監督にスタッフに、俳優に、とにかく怒鳴る。

「怒鳴ってるんじゃないんだよ! 僕は声がでかいから、怒鳴ってるように聞こえるだけなんだよ!」とインタビューでも声を張り上げるのは、日本を代表する映画キャメラマンの木村大作さんだ。

黒澤明の下で撮影助手を経験し、森谷司郎、降旗康男、深作欣二ら名だたる監督の下で「八甲田山」(1977年)、「鉄道員(ぽっぽや)」(99年)などの名作を生み出してきた。重さ40キロのフィルムカメラを使って手持ちで撮ってもブレることはなく、俳優のテンションが一番上がった瞬間も逃さない。監督の想像を超えた映像を撮ることもしばしばで、半世紀以上かけて磨いてきた腕は超一流だ。

そんな木村さんにまつわる撮影現場での逸話は多い。

監督より先に「オッケー」を出す。

監督が描いた絵コンテを無視して撮る(そればかりか丸めて捨てる!)。

映像の編集まで立ち会い口を出す。

女優に化粧が濃いと言ってスッピンに近くなるまで落とさせた。

キャメラの仕事をなくし監督になる

半ば「伝説」となったそれらの話について聞くと、「自分の思う通りにしか仕事やらないからね。要するに唯我独尊」と笑い飛ばす。

しかし67歳の時、とうとう誰からも仕事の依頼が来なくなった。若い監督は木村さんの評判に恐れをなし、今まで付き合ってきた年上の監督はこの世を去った。

「今さらほかの職業に転向するなんてありえないし、映画界には残りたい」

悩んだ木村さんがひらめいたのは、企画から制作、金集めのプロデューサー、監督、脚本まで全部自分でやることだった。企画は奇跡的に通って、木村さんはキャメラマン兼任の映画監督としてデビューを果たした。それが2009年に公開された「劔岳 点の記」だ。

明治末期に未踏峰とされていた劔岳に、陸軍の測量官が挑む姿を描いた作品。「撮る側の視線をはっきりさせるために」(木村さん)、空撮は使わず、標高3000メートルの雪山に自ら登った。自分の目線で撮影することをつらぬき、2年かけてじっくりと撮影した作品は、約240万人を動員する大ヒットとなり、映画界でも高く評価され、翌年の日本アカデミー賞で木村さんは最優秀監督賞と最優秀撮影賞を受賞した。

今もフィルムカメラだけを使う。映像のツヤや空気感が違うのと、「今からデジタルを勉強するのが嫌」というのが理由だ

木村さんは「本物を撮ること」にこだわる。その手本は、「神」とあがめる黒澤明監督だ。

「例えば『用心棒』(1961年)って映画に出てくる宿場町はね、黒澤さんは撮影所のそばに本物を作り出しちゃった。でもそれをするのはすごくお金がかかるから、自分にできるのは本物があるところに行って映画を撮ることだったんだよ」

一つのシーンを何台ものカメラで同時に撮影して、俳優の演技を一回の本番に集中させるのも、撮影と編集を同時に進めるのも黒澤流だ。1シーンを撮影するたびに、いつからか「黒澤明ならどうするか」をまず考えるようになっていた。

黒澤明と運命の出会い

木村さんは、高校を卒業して受けた就職試験にことごとく落ち、かろうじて入社した東宝で撮影助手になった。そして、初めての現場が、黒澤監督の「隠し砦の三悪人」(58年)だった。黒澤監督は、現場に入ってくるだけで「緊張感で脂汗が出てきた」というほどに怖かったというが、それから5作品の撮影にかかわるうちに、「人の10倍くらいすごいアイデアを持っていた」と木村さんが振り返る、黒澤監督の発想力に心酔していった。

「なんとなくああなりたい気持ちがあるから現場では遠慮がない、ってところはあるよね。僕は非常識だってよく言われるよ。でもね、常識で撮った映画なんて誰もおもしろいと思わないし、いいものには絶対ならないんだよ」

人でごった返す銀座の歩行者天国に突っ込んでゲリラ撮影したこともある。ビルとビルとの3mの隙間をジャンプすることを躊躇(ちゅうちょ)していた俳優の目の前で、カメラを持ったまま先に跳んで見せたことも。

気温マイナス15度で強風が吹き荒れる十和田湖では、寒さに震えるキャストの目の前で率先して湖に入った。凍り付いたカメラを素手で触ってやけどし、カメラにくっついた皮膚を無理に引きはがすと血が噴き出したが、それでも撮影はやめなかった。撮影中にバイクから転倒して腕を複雑骨折した時は、翌日から無事だった片手でカメラを構えた。

盟友の高倉健さんの訃報を聞いた時はショックのあまり半年間、家にこもって過ごしたという

木村さんの映画に対する並々ならぬ熱意は、79歳となった今もまったく衰えない。「劔岳 点の記」1本で終わりにしようと思っていた監督業も続行し、2014年には「春を背負って」が公開された。

今年9月28日には「散り椿」が公開される。監督3作目となる今作は、直木賞作家・葉室麟原作の時代劇だ。木村さんのカメラワークを信頼してくれて、40年の付き合いがあった俳優・高倉健の後継者と目する岡田准一さんを主役に指名し、互いに意見を出し合いながら、不器用でも潔い侍の生き様を描き切った。

半年で時代小説150冊を読み、「散り椿」を選んだ。読み込むほどにイメージがわいてくるという©2018「散り椿」製作委員会

すでに次回作を考えているという木村さんに、その情熱はどこから来るのかと尋ねると、「仕事がなくなると食べていけないんだよ! 今こんな元気だからあと10年は生きるとして、生活費どうするんだよ!」とやっぱり大声が返ってきた。

「人生の終末を歩いていても、我々映画人はね、庭いじりだ趣味だって、ほかのことじゃダメなんだよ。映画で生きるのが一番、生きてるって感じがするんだろうね」

木村さん独自の「パン棒」。カメラに取りつけると、左右に振って撮影(パン)する時に手ではなく感情でカメラが動かせるという

    ◇

きむら・だいさく 1939年生まれ。東京の蔵前工業高校を卒業し、58年に撮影助手として東宝に入社する。73年の映画「野獣狩り」で撮影監督デビュー。以降「八甲田山」、「復活の日」(80年)、「駅STATION 」(81年)、「あ・うん」(89年)、「鉄道員」など数々の作品を手がけ、日本アカデミー賞最優秀撮影賞を5度受賞するなど「日本一のカメラマン」と称されるまでに。2009年には「劔岳 点の記」で監督デビュー。14年公開の「春を背負って」に続き、9月28日に「散り椿」が公開される。出演は岡田准一さん、西島秀俊さん、黒木華さん、池松壮亮さん、麻生久美子さんら。作品の詳細はホームページで。

(文:加藤千絵、写真:小林浩志)

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