私の一枚

一匹狼で異端児だったデビュー時代。今は仲間の存在が「たいせつなもの」になった松崎しげる

  • 2018年9月25日

デビュー前後の時期の貴重な一枚。迫力ある歌声は当時から変わらない

レコードデビュー以前はバンドでボーカルをやっていて、当時の見た目はこの写真のような長髪に髭(ひげ)面。その後ソロ歌手になって、いわゆる「芸能界」に入っていくわけですけど、それが自分としては非常にくすぐったかった。七三分けの髪形にスーツでビシッと決めて歌う男性歌手ばかりだったからね。

一匹狼(おおかみ)と言うべきか異端児と言うべきか、あの時代にこんな格好で芸能界にデビューしようなんていう奴は、まずいなかったと思います。

「今時の若い奴(やつ)らは」という言葉が盛んに使われ始めた時代。そう口にする大人を見るたびに、「俺はこういう大人にはなりたくない」って思っていました。だから、髪の毛を切りなさいと言われれば言われるほど伸ばすし、髭も剃(そ)りなさいと言われれば言われるほど伸ばした。

「その見た目じゃ芸能界の仕事なんかないぞ」と言われても、こっちは「お前の歌がいいって言うから俺は歌い手になったのに、なぜ文句を言うわけ?」と突っ張っていました。そんなことでしか反発できなかったんだね。

でも、やっぱり頭のどこかには認められたいという思いもあったし、まわりからの意見にも押されて、結局は七三分けにスーツ姿でアーティスト写真を撮ることになった。髪の毛を切り、髭も剃り、つるんつるんの自分になったわけ。出来上がってきた写真を見て「とうとう俺もこういう人になっちゃったんだな」って思いました。

それでも、歌への情熱だけは変わらなかった。ものすごくストレートで、エモーショナルで、マイクを持ったとたんに、ダイナマイトに火をつけたように自分の中で炎が燃え上がる感じ。「俺はこの歌で生きていくんだ」という思いは、あの頃が一番強かった。

子供の頃から高校まで真剣に野球をやっていた経験から例えると、自分の打席ではいつも逆転満塁ホームランを打つぞという気持ち。バンドでやってきたというプライドもあって、他の歌手には負けたくないという意識もあったしね。

声のボリュームでは海外の歌手に負けない自信もありました。スペインのマジョルカ音楽祭に出場した時も、僕の倍はありそうな体格の海外の歌い手たちが舞台の袖でガタガタ震えている中、まったくプレッシャーを感じることなく歌えましたから。

そういう僕の個性を評価して歌をオファーしてくれる人も増えてきて、例えば西武ライオンズの球団歌「地平を駈ける獅子を見た」を歌うことになったのも、作詞の阿久悠さんと作曲の小林亜星さんが「誰が一番元気良く、誰が一番迫力を持って歌えるか」を考えて僕を選んでくれたそうですよ。

ところがある時、自信を持っていたその歌について、親友の西田敏行君が「松っちゃん、違うよ」って言ってきたことがあってね。例えば悲しい曲があったとして、それをなぜ最初から悲しい顔で歌うんだ、悲しい歌を歌うことが最初からわかっていてはつまらないじゃないか、と言うわけ。彼は役者だから、歌にもストーリーを持たせるべきだと言いたかったんですね。

ただエネルギッシュに歌うだけじゃなく、それぞれの場面の主人公になって、それを歌声で演じていくのが歌手なのだと。そのことを、僕は西田君から教わった。若い頃には2人でずいぶんひどい飲み方もしましたけど、彼との時間は今でも大きな宝物です。

反逆児のような姿でデビューしながらも、ここまでやってこられたのは、彼のような仲間や偉大な先輩達の存在があったから。今回出したCDで、坂本九さんや尾崎紀世彦さんといった先輩の歌を歌ったのは、先輩達が背中を見せてくれたことが、自分の歌を磨くことができた大きな理由だと思っているから。今でも、この世に体がなくなってもなお、先輩たちが空から教えを届けてくれている気がします。

だから今度は僕が「先輩のあの曲を歌い継いでいかなくちゃ」と後輩に思わせなければいけない。2015年からは『黒フェス』と題したイベントを毎年9月6日に開催していますけど、ありがたいことに、そこには毎年たくさんの後輩たちが、僕の呼びかけに応えて駆けつけてくれています。

先輩、後輩、友人、スタッフ。周囲に反発しながら歌謡界で生きていたつもりが、いつのまにか自分のまわりにはこんなにたくさんの大切なものができていた。ここ数年、そのありがたさをものすごく感じています。

来年で70歳。ますます磨きのかかった笑顔を見せる松崎しげるさん

まつざき・しげる 1949年、東京生まれ。1970年、シングル「8760回のアイ・ラブ・ユー」でデビュー。1976年、スペイン・マジョルカ音楽祭に「愛の微笑」で出場し最優秀歌唱賞及び第2位を受賞。同曲が翌年「愛のメモリー」のタイトルでシングル発売され大ヒットする。タレント・俳優としても活動し、『噂の刑事トミーとマツ』『クイズダービー』をはじめ、ドラマや映画、バラエティーなどに多数出演。2015年には日本記念日協会が、「黒(クロ)」の語呂合わせから9月6日を「松崎しげるの日」として認定。2018年、CD『たいせつなもの~Goodies~』を発表。7年ぶりの新曲となるタイトル曲のほか、「見上げてごらん夜の星を」「また逢う日まで」「ダンシング・オールナイト」など昭和の名曲のカバーを収録している。

    ◇

仕事で支えてくれる人たちはもちろんだけど、僕にとってもうひとつの「たいせつなもの」は、やっぱり家族かな。いろいろなことにチャレンジしたいという気持ち、まだ頑張れるという自信を与え続けてくれている家族の存在は、やっぱり特別ですね。

今になっても、女房や子供達をどうやって守っていくべきかということをよく考えます。来年70歳になるというのに、まだ答えを探し続けている。でも、まだ探しているということは、まだまだやれるということの証しだと自分では思っています。一番下の子供が成人する年に、僕が喜寿(編集部注:数えの77歳)を迎えます。少なくともそれまでは、第一線で一生懸命に頑張っている背中を見せ続けないといけないね。

最新CD『たいせつなもの~Goodies~』(ハッツアンリミテッド)

(聞き手 髙橋晃浩)

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