私の一枚

俳優・村田雄浩が乗馬で気づいた「動きや表情で伝える」演技

  • 2018年10月2日

KRC乗馬クラブで練習に励む

1993年のNHK大河ドラマ『炎立つ』への出演は、初めて本格的に馬を走らせる役をいただいたことで、とても思い出に残っています。同じ大河ドラマでも、1987年に出演した『独眼竜政宗』の時はただ馬に乗れればいいという程度で、それほど練習は必要ありませんでした。

しかし、『炎立つ』では30~40頭の馬を引き連れて合戦に挑むようなシーンがたくさんあって、ロケでは必ずと言っていいほど馬に乗っていました。

人間は言葉を使うので、そこにはうそやおべっかや方便が入り交じりますが、もちろん馬にはそれらは一切通用しません。賄賂は多少効きますけどね。リンゴやニンジンをあげて「もう少しちゃんと動けよ」みたいな(笑)。でも、上っ面ではごまかせない。

また、時代劇の場合は、武将が乗った時に馬が貧相に見えては格好がつきません。『炎立つ』と『独眼竜政宗』で共演した渡辺謙さんも、私も、体がでかいので、当時の日本にはいるはずがない外国産の大きい馬じゃないと見栄えが悪かったんです。

そんな条件が合う馬を何頭か、ロケをしながら探っていく中で、ミッシェルという馬に出会いました。もともと障害馬で、180cmぐらいの高さを平気で飛ぶ運動能力がある。しかし、能力の高い馬ほどプライドも高くて神経質で、乗り手を選ぶようなところもある。うまく乗れない人や気に入らない人が乗ると、わざと振り落とすこともあります。

僕も最初はそれほど乗れていたわけではありませんよ。でも、なぜか気持ちが通じ合いました。乗ったとたんにしっくりきた。今まで他の馬には通じなかった操作も、ミッシェルだったら動いてくれる。操作というより、これはもう「気持ち」だなって思いました。

撮影が進むにつれて、単なる馬ではなく「共演馬」として欠かせない存在になってきて、気持ちが通じ合う感覚を何度も味わいました。一番感動したのは、『炎立つ』での、私にとっての最後のシーン。ひざ下ぐらいまで深さがある沼地で敵味方が入り乱れて戦っている中、ミッシェルの右肩に火矢が飛んできて、驚いたミッシェルがウィリーして私が水場に落ちて、カメラ前で「これで最後か……」とつぶやく。それをワンカットで撮るという難しい撮影でした。

なんとかうまいことミッシェルがウィリーしてくれて、やがてカットがかかって。すると、一度はけていたミッシェルが、水につかった私のところにわざわざ戻ってきて、鎧(よろい)の端をくわえて私を岸までズルズルと運んでくれたんです。

もう、引きずられながら泣いていました。水場だから危ないと思ったのか、落ちてしまって「お前は何をやっているんだ」という気持ちだったのかわかりませんが、まさかそんなことをするとは思いもしなかったので、グッときて。そこまでカメラを回しておいてくれればよかったのになあ。

『炎立つ』の撮影以降、ミッシェルを調教していた群馬のKRC乗馬クラブというところで、趣味でも乗馬をするようになりました。そのクラブのオーナーで僕の乗馬の師匠でもあった日馬伸(くさま・しん)さんとの出会いも忘れられません。動物を扱う人をそう呼んでいいのかわかりませんが、まさに「職人」。私が乗るとダラダラして言うことを聞かない馬でも、師匠が乗ると5分で変わり、私の言うこともちゃんと聞くようになる。調教ってこういうことなんだと、その技に驚かされました。

日馬さんは、頑固だけれど言うことは間違っていなくて、普段はくだらない冗談ばっかり言っているのに怒り始めると手がつけられなくて。偏屈なオヤジなんですけど人柄は良くて、馬や仕事への想いがものすごく強い人。どんどん家族ぐるみのような付き合いになって、「また何かやろうぜ」「馬で映画作ろうぜ」って、ずっとそんな話をしていたんです。

しかし、その師匠が去年ガンで亡くなりました。実は私の父もその前の年に亡くなったのですが、その時は寂しいとか悲しいというより、「ご苦労さん」という気持ちでした。でも、日馬さんの場合は、まだまだ志半ばもいいところだった。辛かったですね。

亡くなって以来、師匠のお宅やお墓にはあまり行けていません。行ったら怒られそうな気がして。四十九日の法要に行けなくて、その数日後、ようやく時間ができて行った時、着いたとたんに土砂降りの雨になった。なんだか師匠にすごく怒られている気がしてね。あれは「今頃来やがって」という雨だったんですかね。

演技には、言葉の上っ面だけでは伝わらないものがあります。それを、動きや表情でどれだけお客様に伝えられるか。例えば刑事ドラマで被疑者を尋問するシーンなら、セリフはソフトなのに表情はやたらと怖くして迫ります。

自分がそんな演技をできているかはわかりませんけど、馬との関わり合いの中でそうした表現の大切さに気づけたことは確かです。日馬さんとのやりとりからも、日頃からもっと本音で、腹を割って人と付き合うことが、芝居においてもいきることを知りました。役者として表現を続ける上で、本当に大きな出会いでしたね。

確かな存在感でTVドラマ、映画、舞台などの話題作に多数出演する村田雄浩さん

むらた・たけひろ 1960年、東京生まれ。1979年のデビュー以来、『翔ぶが如く』『軍師官兵衛』などのNHK大河ドラマ、『澪つくし』『ちゅらさん』などのNHK連続テレビ小説、映画『男はつらいよ』『ゴジラ』シリーズなど、人気作や話題作に数多く出演。1992年、『ミンボーの女』『おこげ』でキネマ旬報賞・報知映画賞の助演男優賞を受賞。現在、ドラマ『不惑のスクラム』(NHK総合 毎週土曜20:15~)に出演中。11月7日(水)~18日(日)には、KAAT神奈川芸術劇場で上演される舞台『セールスマンの死』(主演:風間杜夫)に出演する。

公演情報はKAAT神奈川芸術劇場のサイトにて

舞台『セールスマンの死』は11月7日(水)よりKAAT神奈川芸術劇場にて上演

『不惑のスクラム』を撮影したのは、半端じゃない暑さだった今年の7~8月でした。私は実際に高校時代にラグビーをやった経験があるのですが、それから40年が経っていますから、気温が40℃を超えるようなグラウンドで本当にプレーができるか不安でした。

でも、やっているうちに体が思い出してくるものですね。対戦相手としてロケに参加してくれたのは、今も現役で草ラグビーをやっている60代から80代の人達。最初は「ドラマですから本気を出さないで下さいね」って言っていても、やっぱりいいシーンにしたいから「突っ込んで下さい」とお願いして、タックルされて本当に吹っ飛ぶという、そんなロケの繰り返しでした。

いろいろなスポーツドラマがありますが、罪を犯した人間がその後の人生をどう生きていくかを描くドラマであるという内容を考えても、よくぞラグビーを題材にしてくれたと、経験者としてとてもうれしく思います。

『セールスマンの死』は、中層、下層階級で夢を見ながら頑張って生きてきた定年間近の会社員を通して、人生の不条理を描く内容です。古くは滝沢修さん、近年では仲代達矢さんなど、名だたる名優が主演した作品ですが、これを風間さんがどう演じるのか、同じ俳優として、また共演者として、今からとても楽しみにしています。

(聞き手 髙橋晃浩)

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