男らしさの呪縛

ぼくは母親の意向を気にして、妻に「嫁」として生きることを強いていた

  • 文・白岩玄
  • 2018年10月16日

元画像:RichVintage / Getty Images

この連載は「男らしさの呪縛」がテーマで、マザコンは今回のテーマから少し外れているのだけれど、男性の生きづらさを語る上で大事なトピックだと思うので書いてみたい。

ぼくは早くに父を亡くして、母に育てられた。片親の子どもは、日常的に接する親が1人しかいない分、考え方がどうしても偏ってしまう、とは思わないが、それでも物の考え方や捉え方についてはずいぶん影響を受けている。物事を教わることが多い親と子という関係性で長いあいだ一緒に暮らしていると、よほどの違和感を覚えない限り、親の思考を知らず知らずのうちに写し取ってしまうのだろう。

中でも一番大きいのは、物事の善しあしを決める判断基準が、母の価値観をベースにしているように感じることだ。そのベースがあるからなのか、自分の意思で何かをしようとするときに、足かせのようなものを感じてしまう。

母は決して口うるさい人ではなかったし、比較的なんでも自由にさせてくれたが、だからこそ母が「それはどうなの?」と異を唱えた際には、逆らうのに強い抵抗があった。そのため、ぼくは普段は何も気にせずに自分の判断で物事を決められるのだが、母の価値観を逸脱しそうな場面では、とたんに弱気になって決断できなくなってしまう。もっとも、そういうブレーキがきくことで、道を踏み外さずに来られた部分も大いにあるが、一方でそれはぼくの思考を一定の範囲に縛り付ける鎖にもなっていた。

その鎖をはっきりと自覚したのは、3年前の32歳のときだった。そのときぼくは、地元の京都で挙げる結婚式の会場をどこにするかで迷っていた。妻と2人で見学に行ったその会場は、建物やサービスはよかったのだが、その日中に契約しなければ大幅な割引がきかない仕組みになっていた。

商売のやり方としては理解できるが、割引をエサに即日の契約を取ろうとするのはあまり良心的ではない。ただそれでも、ぼくと妻はその式場でやろうという気持ちを固めつつあった。一応事前に下調べをして候補を絞った上、すでにひとつ式場を見に行ってそこを却下していたし、当時は東京に住んでいて見学に来るのも一苦労だったので、なるべく早く決めてしまいたかった。

でも、そのときに母のことがちらりと頭によぎったのだ。費用的なことを考えても、結婚式はかなり大きな買い物だ。割引に釣られて即日決断したと知ったら、母はどう思うだろう。今振り返れば、そこで母の意向を気にすること自体がおかしいのだけど、ぼくにとっては、人生における大きな買い物を即決でするのは、母の価値観を逸脱しているように思えた。

ぼくはトイレに行った際に母に電話をかけ、結婚式の日取りを確認したあとで意見を求めた。母親はぼくの話を聞いて、案の定、その場で決めるのはよくないと思う、一度持ち帰った方がいいんじゃないかと言った。

でも、それがまともな助言である一方で、間違ったやり取りだということに、ぼくは電話を切る前から気づいていた。こんなのは母に相談することじゃない。自分でしておきながら、猛烈に恥ずかしくなって意見を求めたことを後悔した。

sfinwal / Getty Images

妻のいない場所で電話をしたのも、それがおかしいことだとどこかでわかっていたのだろう。ぼくは自分が母親に許可を得なければ何もできない未熟な男に成り下がった気がした。というか、成り下がったのではなく、そういう男だったのだ。

電話を切ったあと、ぼくは自分がちっとも自立できていないことに落ち込み、今後は何事も自分で考えて決めようと誓った。これから妻と2人で新しい家庭を作っていかなければならないのだ。たとえ母がうなずかないようなことであっても、夫婦間の問題に親の意向を持ち込むのは間違っている。そんなことをしたら、決めたことに対して誰も責任を取れなくなるし、何よりも妻がうんざりするだけだ。

ぼくは母の意見を抜きにして、再び妻と話し合い、結局その式場で式を挙げることを決めた。少し大げさかもしれないが、自分の中ではっきりと何かを断ち切ったような感覚があった。長年縛られてきた母の価値観と、そのとき初めて自分の意志で決別することができた。

夫婦関係が最優先 ようやく出来た「親離れ」

それ以降、ぼくはあらゆることを妻とよく相談して決めるようになった。自分でもあきれてしまうのだけど、ぼくは妻と2人で家庭を作っていく覚悟が全然足りていなかったのだ。

本来であれば、夫婦は「夫」と「妻」という2人の関係であるはずなのに、そこに母を絡めることで、妻に「嫁」として生きることを強いていた。そんなのはただの呼び方だと笑う人もいるかもしれないが、ぼくは嫁というのは妻と違って、あくまでも男性側の主観に立った、家庭内での女性の立場を一段低くする言葉だととらえている。だから、結婚前から妻のことを、そんな旧来的で女性蔑視を含んだ立場に押し込めたくないと思っていたのだけれど、結果的には、母の意向を気にするがゆえに、妻を姑(しゅうとめ)との三角関係にならざるを得ない“嫁”の立場に追いやってしまっていた。

でも、それに気づけたおかげで、ぼくは今、夫婦関係こそが何よりも優先されるべきだというふうに考えている。まぁ、自分たちの家庭のことは自分たちで決めるという、ごく当たり前のことをやっているだけなので、そんなことを誇らしげに書くべきではないのだが、ぼくにとっては大きな進歩だ。実際、妻との関係性がシンプルになった分、夫婦の信頼関係もより強固なものになったように思う。

そして、おそらくこれが「親離れ」でもあるのだろう。人によって異なるので一概には言えないけれど、ぼくにとっての親離れは、妻を嫁にしないことだった。ぼくが母親からきちんと距離を取らない限り、本来2人のものであるはずの夫婦関係は崩れ、妻は一段下の立場から母の意向を気にせざるを得なくなる。

もちろんぼくの実家に行けば、妻は嫁としての役割を果たさなければならないこともあるかもしれないが、それはぼくが妻の実家に行っても同じことだ。その場限りの役割を果たすことと、年がら年中肩身の狭い立場を押しつけられるのでは意味が違う。

自分はもうマザコンではないな、と冷静に思う今、ぼくの課題は、老いていく母との関係をいかに作っていくかだという気がしている。でも、これがなかなかに難しい。妻との結びつきが強くなったせいか、母に対してうまく心を開けなくて、必要以上に距離をとってしまうときがあるのだ。自分でもどう解決すればいいのかはわからないけれど、返しても返しきれないほどの恩がある人だから、逃げずに向き合いたいなとは思う。

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■プロフィール
白岩 玄(しらいわ・げん) 1983年生まれ。京都市出身。2004年、小説『野ブタ。をプロデュース』で文藝賞を受賞し、小説家デビュー。同作は芥川賞候補作になり、テレビドラマ化。70万部のベストセラーになった。著書に『空に唄う』『愛について』『未婚30』『ヒーロー!』など。Twitter(@gegenno_gen

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■BOOK

『たてがみを捨てたライオンたち』
集英社/1600円(税別) 白岩玄 著

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モテないアイドルオタクの25歳公務員、妻のキャリアを前に専業主夫になるべきか悩む30歳出版社社員、離婚して孤独をもてあます35歳広告マン。いつのまにか「大人の男」になってしまった3人は、弱音も吐けない日々を過ごし、モヤモヤが大きくなるばかり。

幸せに生きるために、はたして男の「たてがみ」は必要か? “男のプライド”の新しいかたちを探る、問いかけの物語。

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PROFILE

白岩 玄(しらいわ・げん)

1983年生まれ。京都市出身。2004年、小説『野ブタ。をプロデュース』で文藝賞を受賞し、小説家デビュー。同作は芥川賞候補作になり、テレビドラマ化。70万部のベストセラーになった。著書に『空に唄う』『愛について』『未婚30』『ヒーロー!』など。Twitter(@gegenno_gen)

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