ミレニアルズトーク Millennials Talk

保育士から4度転職してYouTuberになった彼女の話 ながたさき×石井リナ対談

  • 2018年10月11日

  

女性向けエンパワーメント動画メディア「BLAST」を運営するBLAST Inc.のCEOであり、SNSコンサルタントでもある石井リナが、ミレニアル世代を掘り下げる連載「石井リナのミレニアルズトーク」。ミレニアル世代の中でも1990年前後に生まれた人間は、現在27歳前後。社会に出て数年たち、ネットネイティブな環境で培った柔軟な感覚で、様々な新しい働き方に取り組んでいる。

学生時代にガラケーを持ち、インターネットの普及とともに育ってきたミレニアル世代たちは、どういった価値観を持ち、それは何に影響を受けながら形成されてきたのか。バブル世代とジェネレーションZのハザマに生まれ、双方のハブとなり得る存在のミレニアル世代を深掘りする。

女性が自分の「好き」を見つけて仕事にすることを支援する企業「SHE」のCCO福田恵里さんをお招きした前回に続き、今回は、ファーストキャリアを保育士でスタートし、現在はYouTuberとして活躍する異色のクリエーター・ながたさきさんとの対談をお届けする。

ながたさんは、現職に着くまで、4度の転職を経験。母親に「あなたは転職が趣味だもんね」と皮肉を言われたこともあったそうだ。職を転々とすることにはネガティブなイメージをもたれがちだが、彼女は転職を経て「自分にとってぴったりの仕事に出会えた」と話す。ミレニアル世代が持つ職業観、親世代と乖離(かいり)することもある“正義の価値観”について語り合った。

「あなたは転職が趣味だもんね」と言われて

石井リナ(以下、石井):さきちゃんは今、YouTuberとして活躍しているけど、ファーストキャリアは保育士だったんだよね。キャリアの変遷が気になるんだけど、もともと今みたいなジョブチェンジは想像してたの?

ながたさき(以下、ながた):正直、きちんとキャリアプランを考えていたわけではないの。保育士になったのも、進路に迷った高校時代に「資格を取って手に職をつけなさい」と親に言われたから。当時の私には、美容師や看護師、保育士のように「なんとか師」しか職業として思いつかなくて。そのなかで、一番興味のある仕事が保育士だったの。

  

石井:保育士を辞めて、アパレル企業に転職したんだよね。その理由を聞いてもいい?

ながた:職場が自分に合っていなかったんだよね。ベテランの方が多くて、意見が衝突する機会が多かったの。子どもたちにも窮屈(きゅうくつ)な思いをさせている気がして、閉鎖的な環境から飛び出したいと感じたんだ。そこで、もともと洋服が好きだったこともあり、アパレル企業に転職したんだ。

石井:保育士からアパレルに転職してみて、何か気づきはあった?

ながた:なんでもないことに感じるかもしれないけど、保育士のときはジャージーで通勤するのが当たり前で、洋服が好きな私にはつらかった。もしかしたら逆に、会社勤めの人にも、オフィスカジュアルで出勤することが苦痛な人がいるのかもしれないなと。

石井:私のファーストキャリアはIT系の広告会社だったのだけど、服装で悩んだし、ストレスだったな。「オフィスカジュアルでないといけない」とか「営業に行くときはヒールを履かないといけない」とかね。“自分らしくない”服を着て働くことが、苦痛だった。

ながた:保育士をしていた頃は、職場環境や洋服のことなど、小さなストレスが重なって、いつもおなかが痛かったな。アパレルに転職して初めて、それまで自分に合っていない環境で働いていたことに気がついたんだよね。

石井:なるほどね。そして、次は大手の広告代理店。このジョブチェンジも、あまりないケースに感じるのだけど、どういう経緯なんだろう?

ながた:アパレルの仕事は楽しかったけど、体調を崩してしまい、立ち仕事が続けられなくなったんだよね。転職サイトを眺めて次の仕事を探してみたけれど、これまでいわゆる就職活動をしたことがなかったから、どんな会社がどんな事業をしているか分からなかったの。もちろん、自分にどんな仕事が向いているかすら理解できていなかった。

  

ただ、外に出て、たくさんの人に接しながら働きたいとは思っていて。営業職で仕事を探して、自分でも名前を知っていた広告会社に就職したんだ。ただ、結果的にはそこも長く続かなくて。親には「あなたは転職が趣味だもんね」と、言われたりもしたよ。

ジョブホッピングでたどり着いた「本当にやりたいこと」

石井:ちなみに、「営業をしたかった」にもかかわらず、広告会社を退職したのはどうして?

ながた:YouTuberを目指したことが一つの理由かな。YouTuberになるきっかけが、広告代理店時代に趣味で地下アイドルをしていたことなの。人前に立つことで、これまでに経験したことのない感覚を得られることが楽しくて。本当にやりたいことを仕事にできていないモヤモヤもあったから、この機会に挑戦しようと思ったんだ。

ただ、事務所に所属したけれど、YouTuberの活動を始めた当初は、金銭的に厳しかった。だから、ベンチャー企業で事務の仕事もしていたんだよね。

石井:現在は仕事を辞め、YouTuberを職業にしているよね。いきなり事務所に所属するのは難しいことだと思うけれど、どうなんだろう?

  

ながた:事務所が開催するオーディションを受けたの。「現役会社員アイドル」を売りにしたら、2000人の中から選ばれた5人に入ったんだよね。

石井:収入が確約されていないYouTuberに転職するのは、勇気がいることだと思う。どうして、一歩が踏み出せたんだろう?

ながた:ロールモデルの存在が大きいかな。大人になってからアイドル活動を始められたのは、歌謡エレクトロユニット「Satellite Young」を主宰する草野絵美ちゃんに影響を受けているのかも。彼女とは高校が同じなんだけど、「仕事しながらでも、自分の好きなことができる」って教わったな。

YouTuberになろうと思えたのも、チャンネル登録者数が100万人を超えるトップクリエイターが、同級生だったから。ただの“憧れの人”で終わらず、彼らがどう変化していったかを知っているから、「私も頑張ろう」と思えた。

  

親の顔色をうかがわなくなってからが、自分の人生

石井:今は、自分が「楽しい」と感じられる仕事ができているんだね。でも「転職が趣味だもんね」と親に言われたりして、過去のキャリアを振り返って感じることはある?

ながた:「ひとつのことを頑張れる人だったらよかったな」と思ったこともある。だから、今回の対談で職歴をさらけ出すことにも、恥ずかしさはあったよ。実際、周囲の人から批判的な目で見られることも少なくないから。

だけど、最近は毎日が充実しているからか、「こんなにもハチャメチャな職歴を持っている人はそういないだろうな」と開き直ってるよ。(笑)

YouTubeって自分が好きだと思っている「もの」や「こと」をよりリアルに共有できる。自分のチャンネルで基本的にメイクとかライフスタイル系の動画を出しているんだけど、親から「お願いだから変な格好をしないで」って小さい頃から言われ続けてて。

だけど曲げずに好きな洋服を着て動画を投稿していたら、今では「さきちゃんのファッションが好きだ」って言ってくれる人がたくさんいて私を支えてくれている。そう気付いて自分が初めて社会に認められたような気持ちになったの。

こんなに転職を繰り返して、ジャージー通勤がストレスのひとつだった私でも、認められる環境があるんだって気づくことができた。

石井:たしかに、さきちゃんほどいろいろな仕事を経験した人はなかなかいないよね。そして同時に、「やりたいことを仕事にするのに、年齢は関係ない」という教訓を象徴していると思う。

転職を何度も経験し、体調を崩したこともあったのに、今はこうして、金銭的にも時間的にも、そして精神的にも満たされているのは本当にすごいこと。

  

ながた:ありがとう。私に皮肉を言った母も、今は応援してくれている。親のいうことを聞いて保育士になり、辞めたことで否定的なことも言われたけど、今は自分の人生を生きられている気がするな。

石井:価値観の違いから、親からの圧力を受けている人も少なくないかもね。私の母も古風な考えを持っていて、「居酒屋のアルバイトはダメ」とか「赤いマニキュアは、はしたない」って言われることもあった。できるだけ外で動き回りたい性分なのに、高校生のときには「図書館司書になりなさい」って言われたし。

大学を卒業して最初に入った会社は上場企業だったし、なんだかんだ言って親の顔色をうかがう、安心させるって意味合いはあったのかもしれない。でも今は自分のやりたいことや、やっていることを素直に堂々と話せる。

ながた:今まで親や兄妹を言い訳にして、自分のやりたいことに目をつぶってきたと思うの。私立高校に進学したのも親の意見に従っての結果だし、私は3人兄妹の真ん中なんだけど「兄は優秀で、末っ子は静かでお利口さん。さきは“中ゆるみ”。もっとしっかりしなさい」と言われてきたから、親に認めてもらえる仕事をしなくちゃ! と強く思っていた。

石井:親世代と私たちでは、生きてきた世界が違うから、“正義の価値観”が違うんだよね。会社員とフリーランスを兼業しているときなんて、祖父に「そんなふざけたこと言うのは30歳までにしなさい」って言われたこともある(笑)。大切なのは、他の人のものさしに縛られることなく、自分自身がしたい選択を責任持ってしていくことだと思う。

ながた:もちろん、私たちのことを心配してくれていることも分かる。でも、自分の人生だからね。一生親の言うことを聞いて生きるわけでもないので、どこかのタイミングで殻を破る経験があっていいはず。そうしたらきっと、人生は輝きだすから。私はいつだって、何者にでもなれると信じてる。

  

<トークを終えて>

ここ数年、「好きなことを仕事に」という言葉をそこかしこで聞くようになった。しかし大人たちはそう訴える人を「そんな言葉で若者を扇動するな」と批判し、私たちの価値観に蓋(ふた)をしようとする。私たちミレニアルズは、仕事を苦痛なものとして考えていない。それでも刹那的(せつなてき)に生きなければならないのは、自分の信じる価値観が、この社会で長らく培われてきたそれと異なるからだ。

その中で、彼女の姿は「何歳になっても夢をかなえられる」と教えてくれる。私たちだって、きっとそうだ。その希望を未来につなぐためにも、過去にとらわれず、いつだってほしい未来に手を伸ばしていたい。

(文:倉益りこ、編集:小原光史、撮影:なかむらしんたろう)

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