「アンプラン神楽坂」で育まれる“多様性”  相互理解のはじめの一歩は違いを知ろうとすることだった

  • 文/石川裕二 写真/村上慶太朗
  • 2018年10月11日

アンプラン神楽坂のスタッフ、ピーター・イムさん(左)と、系列店ホステルデンに勤務するデリス・グリーンさん(右)

職場や公共施設、メディアなど、あらゆる場所で叫ばれているDiversity(ダイバーシティ・多様性)の重要性。社会の変化と共に、さまざまなシーンにおいて多様性の拡大に取り組む人たち。本企画では、注目を集める「Diversity」の最先端を、幅広い角度から取材していく。

訪日客が観光しやすい宿泊施設を

江戸情緒を残す神楽坂に、Diversityの息づく場所がある。その名は、「UNPLAN Kagurazaka(アンプラン神楽坂)」。2016年にオープンしたホステルで、利用者の8割が外国人だ。スタッフも約半数が外国籍で、日本での就労を希望する外国人にとっての受け皿の役割も果たす。日本人スタッフや近隣住民にとっては、より広い視野と豊かな国際感覚を育むきっかけとなっている。

アンプラン神楽坂を語る上で欠かせないのが、運営母体である株式会社FIKAの代表・福山大樹さんの存在だ。若かりし頃、バックパッカーとして約50カ国を旅した同氏は、各国で現地の人々に親身にしてもらった経験から、日本を訪れる外国人にも、かつての自分と同じように豊かな旅を送ってほしいと思うようになった。

同ホステルを開業したのは、東京オリンピックの開催決定を受けてのこと。日本では比較的なじみのないホステルという業態を選んだのは、ドミトリー(相部屋)や共同スペースを設けていることから、利用者同士やスタッフとの交流が盛んになることを意図してのものだ。

3階にあるコモンルーム。宿泊客同士が交流できるのが、ホステルの大きな魅力だ

宿泊スペースにはドミトリーベッドのほか、個室など4タイプがある

アンプラン神楽坂における共同スペースは、路地に面した1階のラウンジ。昼はカフェ、夜はバーとして営業している。宿泊客以外にも開放しており、近隣の住民や神楽坂在勤者も利用する。右隣のテーブルからは英語、左隣のテーブルからは中国語が聞こえるような環境で、地元では「日本にいながら外国気分を味わえる」と評判だ。

海外から多くの観光客が訪れる。ほとんどは口コミサイトを見てアンプランを選ぶという

国籍で仕事の幅を制限されない職場

スタッフの出身地はアジア・アメリカ・ヨーロッパなど、さまざま。韓国生まれでカナダ育ち、カナダ国籍のピーター・イムさんは、ラウンジのマネジャーを務めている。日本での在住経験は合計8年ほどで、流暢な日本語を話す。

学生時代、都内の大学に1年間留学し、東京の多様なカルチャーに引かれた。「私の出身であるバンクーバーでは、みんなやることが同じ。夜はクラブに行ってお酒を飲むだけ。少なくとも、自分の周りはそうだった。でも、東京はみんなやっていることが違う。毎日、いろいろなイベントがどこかで開かれている。それが刺激的でした」と当時を振り返る。

1階のラウンジでは交流イベントが開催されることも

帰国後、東京に住みたいという思いが強くなり、再び日本への渡航を計画。その際、地方自治体が海外の青年を招致して小・中学校や高等学校で語学教育などに携わることで、地域レベルでの国際化を推進する「JETプログラム」(語学指導などを行う外国青年招致事業=The Japan Exchange and Teaching Programmeの略称)を利用した。

しかし、勤務地に指定されたのは、ピーターさんが希望していた東京ではなく北海道。牧歌的な風景に魅力を感じて、JETプログラムの終了後にはホテル業を経験したが、東京への思いを諦めきれなかった。

「英語の教員資格やIT関連の資格を持っていないと、外国人は就職先の選択肢が限られてしまう。ビザが下りても、働く場所がないんです。仮に就職できても、たとえば私がこれまで働いてきたホテルでは、海外のお客さんの対応がメインで役割が決まっている。仕事に幅がないんです。そんな中で見つけたのが、アンプラン神楽坂でした。働き始めてから約1年が経ちますが、ここではいろいろなことにチャレンジできています」

マネジャーとして現場のオペレーションを指示するほかにも、ラウンジで提供しているコーヒーの豆の買い付けもしている。ラウンジにある展示スペースでは写真展などが開かれており、イベントの企画や出展者とのやりとりを行うのもピーターさんの仕事だ。「他のところでは、日本人がやったほうがいいと思われるような仕事も任せてもらえるんです」と、やりがいをのぞかせる。

地域にもたらす多国籍の交流

アンプラン神楽坂での勤務を経て、現在は小伝馬町にある系列店「Hostel DEN(ホステルデン)」のマネジャーを務めるデリス・グリーンさんも、東京に焦がれて海を渡ってきた一人だ。

中学生の頃、日本文化に興味を持ったと笑顔を見せるデリスさん

アメリカのワシントン州に住んでいたデリスさんは、大学卒業後に来日。アンプラン神楽坂に就職した。日本に興味を持ったのは中学生の頃。日本のビデオゲームをきっかけに宇多田ヒカルを好きになり、異国の地の音楽やファッションに夢中になった。

「YouTubeで、海外のファンが英語で字幕を付けたドラマや、J-POPのミュージックビデオを1日中見ていました」

憧れていた東京。だからこそ、日本を訪れる外国人の気持ちがわかる。デリスさんの親身な接客に感銘を受け、1週間の宿泊予定が、最終的に2カ月にまで伸びた宿泊客がいたほどだ。

アンプラン神楽坂やホステルDENの一部の外国人スタッフは、勤務時間外のプライベートの時間を利用して、宿泊客との交流を深める。ホステル周辺の観光案内をするほかにも、ラウンジなどでグラスを交わしながらおしゃべりを楽しむなど、内容はさまざまだ。神楽坂の飲食店をスタッフとともに巡るイベントもあり、地域の住民にとっては異文化交流の機会となっている。

掲示板には、宿泊客から寄せられた感謝のメッセージも貼られている

宿泊客とスタッフが親しくなることからリピーターも多く、帰国した利用客からスタッフ宛てに手紙が届くこともしばしば。両ホステルは、海外の旅行サイトのレビューでは軒並み高得点を獲得しており、オシャレで清潔感あふれる施設はもちろん、こうしたスタッフとの交流が評価されている。

外国人のいる風景を当たり前に

多国籍のスタッフを受け入れることは、企業に多様性をもたらすメリットもある。アンプラン神楽坂ではオープン当初、生まれ育った文化や風習の違いから、スタッフ同士での行き違いや衝突があった。しかし、違いを知り、相手を理解しようとすることが、さまざまな国籍の宿泊客を迎え入れる姿勢にもつながった。

「異国の文化や風習は、テレビや本でも知ることができます。でも、それでは道徳の教科書を読んでいるようなもの。生身の人間を通じることで、初めて身近に感じることができます。そうして、先入観や偏見もなくなっていく。自分が当たり前だと思っていたことが、そうではないのだと気付けるんです」とピーターさん。

2019年3月には、アンプラン新宿がオープン予定。200人規模の宿泊施設で、海外からの旅行客はもちろん、東京での就労を願う外国人の雇用の受け皿にもなる。それが、日本人に少しずつDiversity(多様性)の感覚が根付いていくことにもつながるかもしれない。

ピーターさんは、取材の最後に自身の夢を次のように話した。

「ゆくゆくは、アンプランのように地域の人にも愛されるお店を開きたい。外国人が地域のコミュニティーに入るのは、今は難しいかもしれないけれど、それが当たり前になる時代が訪れてほしい」

日没後、アンプラン神楽坂のモダンな外観は、昼間と違った表情を見せる

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