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腹痛に襲われながらも日本新記録! 大迫傑選手のシカゴマラソン回顧

  • 文・山口一臣
  • 2018年10月12日

シカゴマラソンで3位に入った大迫傑選手。タイムは2時間5分50秒の日本新記録 / NIKE

10月7日(日)に行われたシカゴマラソンで2時間5分50秒の日本新記録を出し、3位に入ったナイキ・オレゴン・プロジェクト所属の大迫傑選手(27)が10日、帰国して都内で複数の記者のインタビューに応じた。私もその場に参加した。

今回の記録は今年2月の東京マラソンで設楽悠太選手(26)=ホンダ=が出した2時間6分11秒を大幅に塗り替えるもので、日本人初の2時間5分台だ。マラソン当日はBSフジが生中継したので、私も手に汗を握りながら新記録達成の一部始終を見ることができた。

素人目にはレースは序盤から波乱に満ちているように見えた。本来は均等な速度でレースを引っ張る役割を担うはずのペースメーカーが不安定で、ペースの上下が激しかったからだ。大迫選手のラップを見ると、最初の5kmが14分53秒、次が15分19秒、その次が14分56秒となっている。

こうしたペースの変動は体力の消耗に直結する(だから、アマチュアランナーはイーブンペースを心がけるようにとあらゆるランニング教本に書いてある)。しかも、5km15分台では日本記録に手が届かない。テレビの解説者もこのペースメーカーにはイラだっていた。大迫選手本人は、どう思っていたのだろう。

「前半はなるべくエネルギーを使わないようにしていたつもりですが、確かにそこ(ペースの上げ下げ)では力を使った感じはありますね。ただ、カラダ的にはキツイ、ラクの繰り返しで、それは練習でも体験していることなので違和感はなかった。(スピードの変化には)うまく対応できたとは思います。ペース設定について言えば、(前半ハーフで)61分30秒を切れるペースなら(日本記録更新は)大丈夫だと思っていたのですが……」

実際は、前半ハーフで63分(1キロ平均2分59秒)というスローペースになっていた。ハーフまでのタイムは大迫選手の想定より1分半も遅く、単純に2倍すると2時間6分だ。記録更新ギリギリで、見ている方はハラハラだった。

「その時点ではタイムはまだ意識していなかったのですが、(フィニッシュは)2時間6分半か7分くらいなのかなというイメージでした。いま振り返ると、(前半スローペースだったことで)後半に“脚”を残すことができて、かえってよかったのかもしれません」

会見でシカゴマラソンでの走りを振り返る大迫傑選手 / NIKE

なるほど、そういうことだったのか。中間地点を挟んだ20kmから25kmは15分28秒という超スローペースだった。ところが、そこから先でペースが急に上がり始める。その時点で先頭集団は日本人3人を含む13人だったが、27km付近で鈴木洋平選手(愛三工業=12位)が脱落し、30km手前で藤本拓選手(トヨタ自動車=8位)が千切られた。だが、大迫選手は先頭に遅れることなくしっかりと付いていった。これが“脚を残した”結果かもしれない。

そして40km手前からモハメド・ファラー選手(英国)、モジネット・ゲレメウ選手(エチオピア)が飛び出し、若干離されながらも大迫選手が3番手で追っていく。

「大事なのは(記録ではなく)どんな状況でも最後までしっかり勝負に絡めること」だと語る大迫選手が“記録”を意識しだしたのは、実はこの時だった。40km地点でのタイムは1時間58分59秒。残り2.195kmを7分11秒以内で走り抜ければ新記録達成だ。直前5kmのラップが14分43秒だから、あくまで計算上だが余裕はある。テレビの解説者も「日本記録いけますね」と言い始めていた。だが、肝心の大迫選手はおなかに手を当て、さすっている。ちょっと焦った。

「後半に入って先頭集団のペースが急に上がった時はうまく人を使って(先行する選手の後ろに付いて)エネルギーを消費しないように走れた。35kmを過ぎて集団がしぼられた時は『まだいける。俺はやれる』と自分を励ましながら、その瞬間瞬間に集中しました。キツく感じたのはモー(ファラー選手)がスパートをかけた時ですね。おなかが痛くなりそうだったので手を当てて対処しました。それで持ちこたえた。時計を見ると2時間ちょうどくらい。そこからですね、タイムを意識し始めたのは。ところが、ラスト1マイルは向かい風がキツかった。ここで気を緩めてはいけないと、時計を何度も見ながらゴールまで走り切りました」

結果、前半ハーフは1時間3分台、後半は1時間2分台という見事なネガティブ・スプリット(後半追い上げ)でのフィニッシュとなる。大迫選手にとっては2017年のボストン(3位、2時間10分28秒)、福岡国際(3位、2時間7分19秒)に続く3回目のフルマラソンだった。毎回自己ベストを更新し、ついに日本記録を手にしたわけだ。

「前回と比べて質、量ともにいい練習ができていたので手応えはありました。勝負していこうと思っていた。“(日本人初の)5分台”と“日本記録(更新)”のどっちがうれしかったかというと、やっぱり日本記録かな。1億円もありますし(笑)。それと、今回は最後まで上位争いに絡むことができました。過去2回のマラソンと同じ3位ですが、確実に前進が実感できた大会だったと思います」

“1億円”というのは設楽選手の時も話題になった。マラソン日本記録「突破」に対して設けられた報奨金制度である。実業団登録選手が日本記録を出した場合は、選手とは別に指導者にも5000万円が渡されるが、大迫選手は実業団を1年で辞め、アメリカを拠点とするプロランナーになっている。そこで、コーチのピート・ジュリアン氏には大迫選手が自ら受け取る1億円から10%の1000万円を贈ると決めているという。それ以外の使い道は――。

「とくにまだ決めていないですね(笑)。ただ、家族には何か買ってあげたい。あとは大切に、自分のためになるような使い道を考えていきたいと思っています」

ところで、このシカゴマラソンではもうひとつの“伝説”が生まれている。テレビを見ていた人はやたらと目について気になっていたと思うが、上位選手がみんな同じ鮮やかなオレンジ色のシューズを履いていたということだ。そう、ナイキが“史上最速”とうたう、あの厚底シューズだ。

その性能やうんちくについては設楽選手が日本記録を出した際に詳しく書いているので繰り返さないが、当時よりもさらに軽量に進化した「ナイキ ズーム ヴェイパーフライ4% フライニット」というシューズである。

ナイキ ズーム ヴェイパーフライ4% フライニット/ NIKE

9月のベルリンマラソンでエリウド・キプチョゲ選手が2時間1分39秒という驚異の世界新記録を出したのもこの靴だった。今回のシカゴマラソンでは、なんと男子1位から5位までと女子の1位、2位が着用している。後半のテレビ中継は主に先頭集団しか映さないので、まるでナイキのプロモーションビデオを見ているかのようだった(笑)。

「1億円報奨金」×「厚底シューズ」の記録更新がどこまで続くか、しばらく目が離せそうにない。

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PROFILE

山口一臣(やまぐち・かずおみ)

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1961年東京生まれ。ゴルフダイジェスト社を経て89年に朝日新聞社入社。週刊誌歴3誌27年。2005年11月から11年3月まで『週刊朝日』編集長。この間、テレビやラジオのコメンテーターなども務める。16年11月30日に朝日新聞社を退社。株式会社POWER NEWSを設立し、代表取締役。2010年のJALホノルルマラソン以来、フルマラソン20回完走! 自己ベストは3時間41分19秒(ネット)。

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