本を連れて行きたくなるお店

押上の「大黒湯」と「ときわ食堂」で、漫画『アンダーカレント』の雰囲気にひたる休日

  • 文・写真 笹山美波
  • 2018年10月26日

カフェや居酒屋で、ふと目にとまる、ひとり本を読んでいる人。あの人はどんな本を読んでいるんだろうか……。なぜその本を選んだのだろうか……。本とお酒を愛する編集者で鰻(うなぎ)オタクの笹山美波さんは、本の中の物語が現実世界とつながるような、そんなお店に連れて行ってくれます。

  

疲れがたまると、銭湯へ行きたくなる。大きなお風呂につかって汗をかくと、すっかり回復できるからだ。近ごろの銭湯ブームの影響で私も足を運ぶようになり、墨田区・押上の「大黒湯」が特にお気に入りとなっている。

東京スカイツリーのふもとにあり、1949年創業の地元の人達に愛される銭湯だ。

3代目店主・新保卓也さんの「来た人みんなに喜んで帰って欲しい」との思いから、施設が大変充実している。お風呂は、男女入れ替え式の大露天風呂と炭酸泉のほか、内湯、薬湯、歩行湯など盛りだくさん。サウナも2種類ある。外には特注のウッドデッキが置かれていて、ポカポカの体をそこで涼ませる時間は極楽だ。一通りの湯を楽しめば、誰でも必ず満足できるはず。

大黒湯は、四ツ目通りから一本入った住宅街にある(写真左)、定期的に描き変える銭湯絵。美しい富士山は、日本に2人しか残っていないと言われるベテラン銭湯絵師の中島盛夫さんが手がけた(中)、脱衣所には珍しい2枚の天井扇。開放感がある。大人は入浴料460円(右)

体に小さな気泡がつくのが楽しい、高濃度の炭酸泉(左)。薬湯は日替わり。生の素材にこだわるのは珍しさや香りを楽しんでもらうため(中)、内湯のバイブラバスもいろいろ(右)

上部に取り付けたストーブから温めるタイプの珍しい遠赤外線サウナ、利用料は別途200円(左)、温泉のミネラル成分を凝縮した「ルフロ」が入った大露天風呂。ルフロは鹿島アントラーズのクラブハウスなどでも使われているという(中)、露天やサウナで温まったら“ととのい”にウッドデッキへ行くのがおすすめ(右)

よもぎスチーム塩サウナ。使い放題の塩を体に塗って韓国直輸入のヨモギのスチームを浴びればお肌ツルツルになる(左)、外湯からはスカイツリーが見える。開放的なのがうれしい(右)

いろんな人が行き交う銭湯の姿と『アンダーカレント』の読後感がつながる

私は大黒湯の休憩所で、お客さんが出入りするのを眺めるのが好きだ。なんだか心が癒やされる。その感覚は、銭湯が舞台の漫画『アンダーカレント』(豊田徹也)の読後感に似ている。アンダーカレントの主人公は、家業の銭湯「月乃湯」を営む関口かなえ。夫の失踪を機に一時お店を休業してしまうが、常連たちの要望を受けて営業を再開する。

『アンダーカレント』は、『月刊アフタヌーン』で2004年に連載されていた作品

かなえは普段は明るく振る舞うが、実は早くに両親を失っていて、さらに幼い頃のある事件を機に深い心の傷を持っている。他の登場人物も、それぞれが孤独や哀しみを抱いている。けれども、彼らは暗い表情をしたり、特別な時以外にそれを打ち明けることもない。くだらないことに笑いながら暮らしている。変わらぬ日常が互いにとって大切な支えになると分かっているからこそ、普段どおりの振る舞いができるのだろう。

大黒湯の人の流れを注意深く見つめると、老若男女それぞれに生活や感情があるという、当たり前のことに気づく。そして、変わらぬ場所に流れる穏やかな時間が、一人一人にとって大切な暮らしの一部であることを感じる。お客さんがお互い同じ気持ちなのを理解しているからこそ、居心地の良さが続いているように感じた。

「ときわ食堂」の懐かしい味と、お母さんのような女将さんにほっこり

大黒湯を出たら、東京スカイツリーを横目に少し散歩し、十間橋(じっけんばし)近くの「ときわ食堂」で一杯やりつつ、夕ご飯を食べるのがお気に入り。大黒湯と同様に、地元の住民やお店の方が入れ替わりご飯を食べにやって来て、何気ない会話を交わす日常の風景を眺めていると、不思議と心がやすらぐ。

北十間川に架かる十間橋を渡ると、ときわ食堂がある。川幅は10間(18メートル)ほど(左)、年季の入ったお店の外観。女将さんによると創業63年(右)

年季の入ったガラス戸を開け、縦2列に並んだ茶褐色のテーブルの好きな座席を選んで座る。店先のメニューにあった日替わり定食「Aセット・ベーコンエッグとたこわさび(600円)」と「Bセット・八宝菜とおろし納豆(770円)」のどちらにするか迷いつつ、壁に並ぶ品書きの短冊から追加の1品を考える。

  

悩んだ末に「瓶ビール・大(620円)」とおつまみにも最適そうなAセットを注文。今が旬の「さば焼き(390円)」も追加で。女将さんがビールを出してくれた後、「ビール飲むならたこわさびとお新香、先のほうが良いよね。ご飯と味噌汁は後にする?」と、うれしい心配りをしてくれた。たこわさびは、ピリッと辛いわさび漬けがプリプリの生たこと相性抜群、ビールに合う。

ベーコンエッグはうれしいたまご2つ入り。しょうゆをたらして箸を挿せば、とろーり半熟の卵黄が崩れていく。焼きたての鯖は脂がのっていて、「これだよ、これ」とつい口に出したくなる。ご飯にのせて食べ、みそ汁をすすれば、懐かしい味にほっとする。

あってよかったキリンクラシックラガー。苦味が好きなんです(左)、たこわさびはピリッと、大根のつぼ漬けは甘じょっぱい。違う味付けの配慮がありがたい(右)

ベーコンエッグに欠かせないふわふわの千切りキャベツもきちんと入っています(左)、さば焼きに頭がついていて驚いた。ぜいたくな気分(右)

ときわ食堂の女将さんは世話好きで、見ていてほっこりする。ちょうど食べ終えるころにさりげなくお茶を出してくれたり、お客さんみんなのご飯の量を先に気づかって調整したり。さらには、近くのお店から来ているお客さんに「そろそろお店へ戻る時間じゃない?」と声をかけたりと、至れり尽くせりだ。

こんな定食を毎日食べたい。女将さんが「うちのご飯は普通盛りが山盛りだから」と少なめにしてくれたそうだが、大きなお茶碗にいっぱい入っていた

銭湯や食堂は、みんながホッとできて頑張ろうと思える場所

銭湯や食堂には、私たちをホッとさせる不思議な力がある。変わらぬ場所に、いつも通りの日常があるからだろう。温かいお風呂につかり、懐かしい味付けのご飯を食べながら、顔見知りとちょうどいい距離感でコミュニケーションをとることが出来る。そこにいる全員が大事にしている、居心地のいい空気がある。

一方で、“ずっとここへいてはいけない”と内省させる力もあると思う。くつろいだ後で、毎日きちんと仕事をしているお店の人の姿や、お客さんがそれぞれの暮らしに戻っていく姿に、“自分もまた頑張ろう”と励まされるからだ。その対になった二つの温かさが、私たちを回復させてくれるのだろう。

夕方になると見ることができる、夕日に照らされるスカイツリーがかっこよかった。十間橋はそのフォトスポットとしても有名

    ◇

大黒湯
東京都墨田区横川3-12-14
03-3622-6698

営業時間:
平日 15:00~翌10:00
土曜 14:00~翌10:00
日祝 13:00~翌10:00
火曜定休
※火曜が祝日の場合は営業、翌日水曜が休み
http://www.daikokuyu.com/index.html

    ◇

十間橋 ときわ食堂
東京都墨田区文花1-1-5
03-3612-3743

営業時間:
11:00~14:00、16:00~22:00
日曜・祝日定休

筆者プロフィール

笹山美波

笹山美波

「東京右半分」に生まれ育つ。編集記者を経て、外資マーケティングサービスのWebプロデューサー、マーケター。ライター。鰻オタク。東京と食に関連する歴史/文化/文学/お店を調べるのがライフワーク。
・ブログ
http://minamii.hatenablog.com/
・Twitter
https://twitter.com/mimi373mimi

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