プロカメラマンの写真連載「一眼気分」

モータースポーツを撮り続ける理由 F1グランプリの現場に宿るアスリートの魂

  • 文・写真 宮田正和
  • 2018年10月31日

今年も鈴鹿サーキットで行われたF1日本グランプリ

言い訳になるが、9月中旬から10月にかけては本業であるモータースポーツの世界で、世界選手権などの大きなイベントが毎週のように続き、個人的な写真を撮って歩く時間が全くない。さてどうしたものか? 過去の撮り溜めた写真を出すか? でもそれは今回の連載とは少し趣旨が違うし。色々と悩んだ挙げ句開き直り、今回は本業の写真をお見せすることにする(笑)。

元々、オリンピックやテニス、NBAなどのスポーツを中心に撮影を続けていた僕だが、当時はヨーロッパでの撮影が多く、どうせヨーロッパにいるならば、とF1雑誌の創刊という機会を得てモータースポーツ撮影の世界に入った。それから既に30年以上を過ぎたが、ミイラ取りがミイラになった。振り返ってみると、どうやら人生で一番長くいる世界になってしまったようだ。

鈴鹿サーキットの名物コーナーの一つでもある130R、ほぼアクセル全開で突っ込んでいく。強烈なダウンフォースがボトムから火花を生む。写真はフェラーリのS・ベッテル

初めて撮影したのは1987年のF1GPの開幕戦、ブラジル。グランプリはリオからほど近いサーキットで開催された。

初めて僕が目にしたF1の世界。美しいフォルムとつややかなカラーリングが施され、ピカピカに磨き上げられたマシン。そしてNBAをはじめとしたスポーツ選手の体格を見慣れていた僕には、一見華奢(きゃしゃ)に見えるドライバーたちが、1000馬力もあるモンスターマシンを自在に操る。そのギャップと美しすぎるマシンたちに僕は一瞬で魅入られた。

とはいえ、その時点では、まだその後ずっとF1の写真を撮り続けるなんて想像もしていなかったのだが。

決勝日のグリッドに向かうメルセデスのマシン。今シーズンも先日のメキシコGPでL・ハミルトンが5度目の年間王者に輝いた

当時のF1は年間16戦、16カ国で開催されていた。3月の開幕戦から10月の最終戦まで、文字通り世界を移動して撮影していた。その一行はF1サーカスとも呼ばれ、僕もその一員だった。最近では年間21戦とレース数も増え、シーズンの終わりは11月中旬にまで延びた。当時はF1だけを全戦撮影していたが、今は国内のレースも撮影しているので専任というわけにはいかなくなった。

それにしても、今年は台風の当たり年だった。それもなぜか週末に接近が集中していた気がする。基本的にレースは週末に行われるので、時にはレースができないほどの雨量や強風があり、撮影する側にとっては過酷な状況が続いた。鈴鹿サーキットでのF1開催が30回目という節目の年、フリー走行から決勝までの3日間で、晴れたのは最終の決勝だけだった。

2コーナーからS字コーナーへ向かう観客席。青空と雲のコントラストに目を惹(ひ)かれた

鈴鹿サーキットに限らずグランプリを転戦しているカメラマンはそれぞれが秘密の撮影ポイントを持っている。

実はトップのカットの一枚は、僕のとっておきのポイントで撮影したのだが、おそらく他のカメラマンがここに来ても僕とは全く異なるアングルで撮影するだろう。極端な話、もちろん機材の選択も異なるし、シャッタースピードから絞り、露出まで違う。

だから10人が同じ場所で撮影しても、結果は全く異なる写真となる可能性もある。だから写真は楽しいのである。

ちなみにこのカットの撮影データは、500mmの望遠レンズにエクステンダーの2倍を装着、つまり1000mmの超望遠レンズでシャッタースピードは1/15秒、F18だった。コースサイドは割と近いので、ここまでの超望遠撮影を行うことは多くはない。でもこれが誰も想像し得ない世界を生み出す秘訣でもある。

決勝日。多くのカメラマンが1コーナーでスタートを正面から撮り、コースを移動しながら撮影をして、最後はチェッカーの瞬間もしくは表彰台を目指すパターンが多い。でも自分がこんな1枚を撮りたい! そう思うときは全く異なる動きをする。

どのセッションにどこの撮影ポイントに行くか? 天候とチームの駆け引きも読み選ぶ。しかしこれはもう本人の「勘」みたいなもの(笑)。この選択により決定的瞬間に出会えることもあるし、全く冴えない写真ばかりで終わることもある。

それでも、良い天候下での撮影は1日だけでも楽しかった。雨中での撮影も時々なら全く違った写真が撮れるのでいいけれど、人間欲深いもので、雨が続けば晴れを願うし、晴れが続けば雨を望む。基本的に雨の苦手な僕にとっては、今年はつらい年になっている。それでも止まない雨はない。雨の後にやってきた晴れ間は、フォトグラファーとして至福の瞬間でもある。この時ばかりは現場に居られる自分が幸せに思え、それまで重い大型の超望遠レンズを抱えてサーキットを歩き回っていた疲労感も吹き飛んでしまう。

昨年まで日本のスーパーフォーミュラに参戦していたP・ガスリー選手。その潜在能力の高さを評価され、今期トロロッソ・ホンダをドライブしていたが、来季はレッドブル・レーシングのドライバーに抜擢された

今年の日本GPはHONDAがレッドブル・レーシングの弟分と言えるトロロッソにエンジン供給を始めて初の日本GP。昨年までは名門マクラーレンに供給をしていたが思うような結果を残せず、日本のファンはフラストレーションが溜まっていたが、トロロッソに搭載され今期は思いの外好調だった。その結果来年はトップチームの一つであるレッドブルにもホンダエンジンが供給されることに決まった。このニュースを受けて、今年日本GPは昨年を大幅に上回るF1ファンを集め、観客動員数を大幅に更新した。

やはり自国のメーカーが活躍するとファンは敏感に反応する。あとは日本人ドライバーの誕生となれば、90年代のF1ブームの再現も夢ではないのかもしれない。

僕が最初にスポーツを撮影の対象に選んだのは、アスリートの持つ人間的な魅力や鍛え上げられた肉体、そして磨き抜かれた技に惹(ひ)かれたからだった。その意味においてモータースポーツは、そこにレーシングカーというマシンの存在が加わるため、ちょっと異なる世界かもしれない。

だが、一見細身なドライバーたちの体も、厳しいトレーニングで鍛え上げられており、一流のアスリートであることが理解できるようになった。しかも、ドライバーたちは、この競技に命までかけている。そのことがサーキットにいて肌で感じられた瞬間、僕はF1を撮りたいと強く思うようになったのだった。

観客動員数も大幅に昨年を上回り、30周年を迎える鈴鹿での日本GPは冠スポンサーHONDAがついた。写真は決勝のスタートを1コーナーから撮影

どれだけF1をはじめとしたモータースポーツの技術が進化しても、それを操るのは「人」だ。そして、そこに人間がいる限りドラマが生まれる。そのドラマとの出会いを求め、僕はこれからもカメラを担いでサーキットを歩き回るのだろう。

今回は本業のF1日本GPをテーマにしたが、次回からはまたカメラを片手に街歩きを再開しようと思う。

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PROFILE

宮田正和(みやた・まさかず)写真家

東京浅草生まれ。1984年のロサンゼルス・オリンピックをはじめ、NBAバスケットボール、各種世界選手権、テニスのグランドスラム大会、ゴルフの全英オープンなどスポーツを中心に世界を舞台に撮影を続ける。1987年、ブラジルF1グランプリを撮影。マシンの持つ美しさ、人間模様にひかれ、1988年よりフランスのパリ、ニースに4年間ベースを移し、以来F1グランプリ、オートバイの世界選手権、ルマン24時間耐久レースなどモータースポーツをメインテーマとして活動を続ける。AIPS(国際スポーツ記者協会会員)A.J.P.S(日本スポーツプレス協会会員)F.O.P.A(Formula One Photographers Association会員)http://f1scene.com

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