「NYでもっともアーティストが住んでいる街」に広がる異様な光景

  • On the New York City! ~現代美術家の目線から見たニューヨーク~ vol.01
  • 2018年11月7日

  

皆さんはニューヨーク(以下NY)といえば、何を思い浮かべるだろうか。

エンパイア・ステイト・ビルディング、自由の女神、新しい貿易センタービル、MoMA、メトロポリタン・ミュージアム、ジョン・レノン、そして数々の輝かしい映画の舞台……人によって思いは様々だろう。

僕の名前は伊藤知宏(ちひろ)。大学卒業後、絵描きとして15年ほど活動し、この秋からは文化庁が派遣する新進芸術家海外研修員としてNYで暮らしている。

この連載「On the New York City!」は、僕が現代美術家の目線で今のNYの魅力を紹介していくものだ。

今回は渡米して生活を始めた街「ブッシュウィック」について書こうと思う。場所はブルックリンの北に位置し、現在NYでもっともアーティストが住んでいる街と言われている。

<<【画像】ブッシュウィックのウォールアートの写真特集はこちら>>

アメリカに向かう飛行機の窓から

ブッシュウィックに来てみると……

9月1日。僕は10年ぶりにアメリカに来た。ジョン・F・ケネディ空港に着くと、この時期大西洋から来る湿気の強い生暖かい風が、当時の記憶を呼び覚ます。

空港からイエローキャブで向かったのは、友人が以前住んでいたアトリエ付きのシェア・アパートメントだ。

NYで最初に住む所としてはいいだろうと、彼がこの場所を紹介してくれた。

トラウトマン・ストリート(Troutman Street)――。この場所を起点に新しい生活が始まろうとしている。実は少し警戒していた場所だった。このエリアはグラフィティ(壁などに描かれた落書き)が多く見られる工場地帯で、治安の悪さが気になっていたからだ。

イエローキャブを降りて直後に撮った壁画の写真

シェアハウスの住人が鍵をもってくるまでトラウトマン・ストリートを散策

アパートの入り口に到着し、タクシーを降りると、壁一面に東京では考えられない程のクオリティを誇るグラフィティの作品群が並んでいた。

グラフィティの始まりは諸説ある。僕が信じているのは、NYのブロンクスで始まり、少年が大好きな女の子に名前を覚えてもらいたくて町中のよく見える場所に自分の名前を書きまくった、という説だ。

だから違法なものがほとんどで、日本でも相当イメージが悪い。描く方も途中で捕まらぬよう手早く描くため、そのスピード感や生々しさが絵に表れている。

でも、トラウトマン・ストリートにはなぜかとても穏やかな雰囲気が流れていて、良い意味で違和感を覚えた。

地域の振興を図るグラフィティ

「Bushwick Collective」のサイン

アパートの入り口前でしばらく壁画を見ていると、「Bushwick collective(ブッシュウィック・コレクティブ)」という、画家のサインとは別の文字が目に入った。これはこのストリート・ギャラリーの名称で、どの絵にも同じように署名が記されている。あまり見かけないスタイルだが、何のためのサインだろうか? 調べてみると、そこには僕が抱いた違和感を解消する理由が隠されていた。

ブッシュウィック・コレクティブは、地元の工場に勤めていたジョセフ・フィカロラ氏がキュレーターを務めるアートプロジェクトで、彼の実母が亡くなった2011年、時代の流れと共に変わりゆくこの街に思い出を残そうと始めたことらしい。

フィカロラ氏は街のミュージアム化を目指して、工場や倉庫など街の空きスペースや店舗に絵を描かせて欲しいと許可を取って回り、世界各国のアーティストに絵を描いてほしいと声をかけた。その心意気に賛同したグラフィティ・アーティストたちが、自分のサインとは別に、「Bushwick collective」の署名を絵に入れているのだという。

全体的にグラフィティ特有の勢いは抑えめで、リラックスして描かれた絵が多いのは、こういう背景があるからなのだろう。いろいろな色を使ったにぎやかな絵は、人の心を明るくさせ、危険の匂いがほとんどしない。夜になっても人は絶えず、まさに地域振興だ。

<<【画像】グラフィティの写真特集はこちら>>

ポップ・アートの画家、ロイ・リキテンスタイン(1923-97)のオマージュ作品

ラッパーのビギーを讃える絵も

アーティストによって絵のテイストも様々

だが、いわゆるストリート・グラフィティには、ある種の勢いや武骨さ、自己主張の強さ、生々しさがある(それらは違法行為の摘発を逃れようと、限られた時間で描こうとすることから生まれがちだ)が、トラウトマン・ストリートのグラフィティにはそれらが感じられなかった。そのことに僕は正直物足りなさを覚えていた。

この先、この地はどうなっていくのだろうか。NYの歴史に目を向けてみると、多くの地域で環境の変化に一定の傾向が見て取れる。それは、治安が悪化した場所にまずは商社が入って新しい商売を探し、その後にアーティストが入ってその地域を平和にし、住みやすくする。それから地価が上がり、富裕層が住むようになると、アーティストたちは居場所を失う、という流れだ。

ソーホーやチェルシー、ウィリアムズ・バーグ、ダンボなどがそれに当てはまり、平和になった後に地価が上がり、その場所に住めなくなったアーティストたちは、また別の少し危険な場所に出て行くことを余儀なくされてきた。

そうした流れは今も繰り返されているという。アーティストがたくさん住むようになり、治安が改善されてきたブッシュウィックだが、NYの歴史を顧みれば、いずれ彼らもこの場から姿を消してしまうのかもしれない。

スーパーまで買い物に行くと、たくさんの人が壁画の前で撮影

ここではオーガニックスーパーが24時間オープンしている

近所にあった、新進系ライブハウス

他にこのエリアで面白いことはないものかいろいろな人に聞き込みをしていたところ、「伊藤くんが住んでいるシェアハウスから徒歩3分の場所にあるELSEWHEREというライブハウスは音が良くていいかも」と教えてもらった。

トラウトマン・ストリートから外れた閑散とした人気の少ない場所に向かうと、そのライブハウスはあった。まだ完成して約1年の比較的新しい建物で、以前は倉庫として活用されていたという。中にはコンサートホール2つとギャラリー、バー、屋上にもイベントスペースがあるとか。支配人に交渉し、中を取材させてもらうことにした。

一般的にライブハウスというと「スラングを多用するミュージシャンが歌い、お酒も入り、ドラッグなども何となく許されてしまう場所」という、いい加減でグレーな環境を想起する人もいるだろう(もちろん場所にもよるが)。

失礼ながら、僕はELSEWHEREに対してそういうイメージを持っていた。だが、その想像は鮮やかに崩された。支配人の運営方針は、今まで僕が日本で接してきたライブハウスのどこよりも厳しく、館内はしっかりと規律が守られている。そしてホスピタリティあふれる客への対応も目を引く。

それはセキュリティスタッフから清掃担当者に至るまで共通していた。ここではスタッフ皆がこの場所のルールや精神を共有しており、新進系のライブハウス独自のポジティブなエネルギーを感じた。

トラウトマン・ストリートの外れにあるライブハウス「ELSEWHERE」

残念ながら店内の写真撮影はNGなので写真は入り口と外観だけ

アトリエ付きのシェアハウス

一通り街の様子を紹介したところで、最後に僕がNYに着いて生活を始めたシェアスペースを紹介したい。場所はトラウトマン・ストリートのグラフィティ群の一番端。建物の中には3人分の住居スペースと作品制作用のアトリエ、台所などを備える共有スペースがある。

実はこのスペースには今も住人がいて、その人から一時的に借りたものだ。NYには部屋の主が長期の旅行などで不在にする間、家具などをそのままにして部屋を貸す「サブレット貸し」という文化があり、主に友人またはそのまた友人など信用の置ける人に貸すケースが多いが、赤の他人に貸すこともある。僕の住む部屋も「サブレット」として借りたものだ。

「サブレット」で借りたシェアハウス。ここは玄関から見た共有スペース

少しだけ室内を紹介しよう。こちらは僕が住んでいる部屋。テーブルとベッドが1つずつあり、温かみのある内装になっている。

僕の住む部屋には手編みのテキスタイルが多用された装飾がありました

そして、こちらが部屋についていたアトリエ。入り口から撮影

シェアハウスに一緒に住む、別の部屋のアーティストにも写真を撮らせてもらった。

別の部屋に住むアーティスト・たちばなひろしさんのアトリエ。ニューヨークの厳しい生活環境の中でも自身の絵画作品を追究し続ける姿勢には頭が下がる

10年振りのアメリカの暮らしは、すぐそばに野心的なアーティスト2人がいて、刺激をもらうことが多い。また、NYという生活環境から作品のインスピレーションを受けることも少なくない。生活の上でも作品制作の上でもわからないことは多々あるが、自分に厳しくやっていきたいと考えている。

自分のアトリエスペースで作品の制作中、手を動かしながら、ふと薄汚れた窓越しに空を眺めた。NYの秋の空は日差しが強いせいか、僕が日本で思っていたよりもずっと輝いて見えた。

ブッシュウィックでの生活にもなれた頃、僕も自分のアトリエで制作を始めた

筆者プロフィール

伊藤知宏

伊藤知宏(いとうちひろ)

1980年生まれ。東京・阿佐ケ谷育ちの現代美術家。日本政府から助成金を得てニューヨークへ渡米。武蔵野美術大学卒。東京や欧米を中心に活動。ポルトガル (欧州文化首都招待〈2012〉、CAAA招待〈2012-18毎年〉など)、セルビア共和国(NPO日本・ユーゴアートプロジェクト招待〈12、14〉)、キプロス共和国(Home for Cooperation招待〈17〉)他。ギャラリー、美術館、路地や畑などでも作品展を行う。近年は野菜や花、音や“そこにあるものをえがく”と題してその場所にあるものをモチーフに絵を描く。谷川俊太郎・賢作氏らとコラボレーションも行う。ホルベインスカラシップ受賞。文化庁新進芸術家海外研修制度研修員(2018-19)および日米芸術家交換計画日本側派遣芸術家。
HP: http://chihiroito.tumblr.com

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