コーヒー好きをうならすロースター「イフニ」 ブランド化を目指さぬ異色の経営哲学

  • 2018年11月20日

  

好きなものに囲まれる気持ち良さや、趣味に没頭する幸せをもっと日常に――。日々の暮らしに“遊び”を加えてくれるモノ・コト・ヒトをご紹介します。

今回取り上げるのは静岡発のコーヒー・ロースター「IFNi ROASTING & Co.」(以下イフニ)。イフニをこよなく愛するコミュニティープロデューサー水代優さんと共に、その魅力に迫ります。

全国から問い合わせが殺到するイフニ

  

「ロースター」と聞いてパッとその職業が思い浮かぶ人は、なかなかのコーヒー通だろう。ロースターとは、農場から仕入れた生豆を焙煎(ばいせん:生豆を加熱する加工プロセス)し、飲料用に加工する業者のこと。加工したコーヒー豆は、飲食店や小売店に卸される。

静岡市内でコーヒー豆の焙煎や直売、卸業を営むイフニは、社員3人のロースターだ。この小規模な組織のコーヒー豆が近年、感度の高い層から圧倒的な支持を集めている。

全国から通販の問い合わせが多く寄せられ、飲食店からはオリジナルコーヒーの開発依頼が後を絶たない。例えば自由が丘のライフスタイルショップ「TODAY'S SPECIAL」や中目黒のセレクトショップ「1LDK」のオリジナルコーヒーもイフニが手がけたものだ。

いくつか一般向けの商品も紹介しよう。

Autumn BLEND [ オータムブレンド ] 焙煎の度合いが異なる「パナマ」をブレンドした限定コーヒー。豊かな甘みとコク、秋を感じさせる深みが楽しめる

MIZUDASHI COFFEE (DECAF) カフェインレスの水出しコーヒー。甘みを含んだ優しい口当たり

Mt.FUJI COLD BREW COFFEE 500ml 富士山の天然水を使用し、じっくり水出し抽出したアイスコーヒー。すっきりとしたテイスト

日本橋浜町の「Hama House」をはじめ、数々のコミュニティースペースをプロデュースする水代優さんもイフニに魅了されたひとり。「人が集まる場」を生み出すには魅力あふれるフードやドリンクをそろえることが必須で、コーヒー選びも重要なポイントになると水代さんは考える。

勢いのあるコーヒー店を誘致するか、新しくカフェを立ち上げオリジナルコーヒーを開発するか、その場合はどこのロースターの豆を用いるか。選択肢はいくつもあるが、水代さんは4年前にイフニと出会って以来、オリジナルのコーヒーを開発するときは全てイフニと組んでいる。その魅力はどこにあるのだろうか。

「コーヒーの味は《素材5:焙煎4:ドリップ1》や《素材6:焙煎3:ドリップ1》などと言われています。イフニは代表・松葉正和さんの焙煎技術とコーヒーの知識量が並外れていて、作りたいコーヒーのイメージを伝えると、必ずそれに適した豆に仕上げてくれるのがすごいところ。それに加えて、彼の仕事のスタンスにも共感するところが多くあります」(水代さん)

松葉さんのスタンスとは、「主役は消費者」と考え、人々の日常に溶け込むコーヒー豆をたんたんと焼き続けることだという。

一方カフェ業界では近年、創作的な風味やドリンクを提案する華やかなバリスタ(カフェなどでコーヒーを入れる専門スタッフ)が注目を集め、「提供者が主役」になりつつある。

「コーヒーは誰もが好きなように楽しむもの。サービス側、特に一部のバリスタが『トレンドはこれ』『わかる人にはわかる』といったスタンスでドリンクを提供することで、コーヒーを楽しむハードルが上がり、消費者の間口を狭めてしまうことにはずっと疑問がありました」と水代さん。

こうした問題意識を抱えていたからこそ、水代さんは松葉さんのスタンスにシンパシーを感じたという。

イフニの代表は“焙煎オタク”?

イフニを率いる松葉正和さんとはどんな人なのだろうか。秋のよく晴れた日、水代さんと一緒にイフニの工房を訪ねた。

静岡駅から車で10分。大きな街道から一本入ったところにイフニはある。築60年のレトロな建物で、かつてはスリッパ工場だったという。正面の中央には畳3畳ほどの直売所。中には所狭しとイフニのオリジナル商品が並ぶ。

直売所の脇のガレージにはクラシックカーが鎮座し、壁棚にはビンテージのヘルメットやコーヒーの機器が無造作に置かれている。まさに60~70年代のアメリカ映画を彷彿(ほうふつ)させる空間だ。注文したコーヒーをここで飲むこともできる。

築60年を超えるイフニの工房

コーヒーの直売所

直売所の中にはコーヒー豆やフィルターなどさまざまな商品がならぶ

直売所の脇にあるガレージには松葉さんが普段使う道具類が並べられている

「こちらへどうぞ」。イフニ代表の松葉さんが、ガレージの奥にある作業場を案内してくれた。

4台並ぶ焙煎機のうち3台は60年代のドイツ製。ビンテージ機種にこだわるのは、最新機種より蓄熱性に優れているから。松葉さんは自らメンテナンスしながら、4つの焙煎機を使って毎日豆を焼いている。

「豆作りは面白い。焙煎機に入れる質量、熱する温度、時間……あらゆる条件を試して味の違いを何度も確認する。この作業を様々な品種の豆で行います。そうして経験値を積み重ねていくことで、加工パターンの手数が増えていく。結局、機械を動かすのは人間なので、作り手の持つ経験値が多ければ多いほど、多様なコーヒー豆を焼き上げることができます。といっても、僕らは0から1を生み出すような魔法使いではありません。やっていることは単純作業で、自分自身も一作業者という感覚しかない。僕はこの作業が本当に好きで、ずっと豆を焼き続けていたいだけなんです」

ガレージの奥にある作業場

イフニ代表・松葉正和さんが愛用する60年代ドイツ製の焙煎機。ちなみに豆の粉砕に使用するグラインダー(粉砕器)も機能性の高さから年代物を使用している

焙煎後、質の均一性を保つため、不良な豆を手作業で取り除いていく

話を聞く限り、松葉さんは根っからの焙煎オタクだ。「今でも焼いた後に冷却される豆を見てニヤニヤしてしまうことがあります」と語るくらいだから間違いない。

実はもともとコーヒーが飲めなかったらしい。ところが19歳のとき、海外文化に興味が生まれてエジプトを旅する中、偶然飲んだ一杯で開眼したという。

「エジプト滞在中にお世話になった人にすすめられ、断れずに飲んだのが運命の一杯。トルコ式と呼ばれる、粉まで一緒に飲む原始的なコーヒーです。珍しさと、なんとも言えない独特の味に感動しました」

それがきっかけで、以降インドネシアをはじめ様々な国のコーヒー文化を学び、2001年、静岡市内に焙煎所を開いたのがイフニの始まりだ。

開業当初は、先入観を抜きにしてコーヒーの知識を広げるべく、ひたすら焙煎とテイスティングに没頭する毎日を送っていた。試飲は1日数十杯に及ぶことも。「焼いては飲んで」を繰り返すなかで、豆の加工パターンは膨大な数に。その結果、多様なオーダーに応えられる希少なロースターとして、全国の飲食店からオリジナルコーヒーの開発依頼が殺到するようになった。

「ごめん、グァテマラ4杯を水700ccでお願い」

取材中、松葉さんがふいにスタッフに指示を出した。運ばれてきたコーヒーは、スッキリとした口当たりで、ほのかなフルーツ香が口に広がる一杯。

「胃もたれしない濃さで体をいたわりつつ、適度な酸味で脳に刺激を与えるようなコーヒーをイメージしました。みなさん、長時間の移動の疲れと食後の眠気に襲われているのではないかと思いまして」(松葉さん)

確かに欲しかった味だった。圧倒的な経験値をもとに、相手の要望を形にできてしまう。だから、オリジナルコーヒーを作りたいと考える飲食店は松葉さんに依頼するのだろう。

取材の途中に松葉さんが出してくれたコーヒー。ほのかなフルーツ香を感じる一杯だった

「最高のコーヒーとは?」二人が出した答えは……

コミュニティープロデューサー水代優さん

「“ライフスタイル”ではなく、“ライフサイクル”(=日常に溶け込むもの)を提供する。僕らはその点で考えが一致しています」

水代さんは2人に共通するスタンスをそう語る。作り手が前面に出たサービスはブランドと認知される。だが、松葉さんは作り手としての自分はおろか、イフニのオリジナル商品についてもブランディングを考えていない。コーヒーに重要なのは人々の日常に溶け込むことだから、“誰が作ったか”は関係ないというわけだ。

「ライフサイクルとは、ルーチンのこと。そこに入り込むためには、“いつ誰がやっても同じ味を再現できる”ということが大事だと考えます」(松葉さん)

その理想を実現するためには、特定の農園から同じ品種の豆を仕入れ続けるなど「条件を変えないこと」が不可欠なのかと思いきや、そうでもないらしい。

「”○○農園の豆”という形でブランド化が進むことで、“この農園にしか出せない味がある(=良いコーヒー)”と考えられがちですが、それは誤解です。焙煎で風味を調整することは可能ですし、たとえ採取する農園が違ったり収穫年ごとに質の違いがあったりしても、同じ品種であれば常に「いつもと同じ味」に焼き上げることが僕らの仕事だと思っています。うちの商品は、グァテマラひとつとっても取り寄せる農園が毎年異なりますが、そのつど焙煎方法を変えて味に大きな変化が生まれないよう調整しているので、飲んでいる人はそのことに気づかないかもしれません」(松葉さん)

松葉さんはコーヒーに関する“世間の誤解”について丁寧に説明してくれた

「常に同じ味」の姿勢は、コーヒー豆以外の商品にも貫かれていた。例えば、リネン100%のクロスフィルターもそう。

カフェで飲んだ味を自宅で再現するには、入れ方の巧拙で生じる味の違いを解消する必要がある。その問題は、道具の進化で解消すべきと松葉さんは考えた。

そこでイフニは、節の少ない細い糸を用いて、コーヒー抽出に最適な密度と均一性を実現するフィルターを開発した。要は、誰がどんな入れ方をしても味の差異を生まないようにするフィルターだ。その機能性の高さには水代さんは驚いた。

「一般的にドリップは、粉コーヒーに少量のお湯を落としながら、中央で小さな円を描き続けることがセオリーとされていますが、それは簡単ではありません。その点このフィルターは、誰が入れても店で飲むうまさを実現できるからすごい。僕の友人が雑に入れても良い味でしたからね(笑)」(水代さん)

松葉さんの手がけるものには、コーヒーを非日常な文化としないための工夫が随所に凝らされている。「それが彼の魅力」と水代さんも語る。では、彼らが考える理想のコーヒー文化とはどんなものだろうか。

「おしゃべりしながら、いつの間にか全部飲み干していた、というのが最高のコーヒーのあり方だと思うんです」

水代さんがそう言えば、すかさず松葉さんも「だよね!」。

取材中、二人は竹馬の友のごとくずっと笑いながら語り合っていた。手元のコーヒーカップを見ると、中はすっかり空いていた。

(取材・文 &編集部 下元陽、撮影 野呂美帆)

最後に外でツーショットを撮影。ずっと笑い合う二人

【店舗情報】
IFNi ROASTING & Co.


住所:静岡県静岡市葵区水道町125
電話番号:054-255-0122
営業時間:12:00~18:00
定休日:水・木曜
ウェブサイト:http://ifni-coffee-store.com/

【セレクター】
水代優(みずしろ・ゆう)

1978年生まれ。愛媛県出身。2002年より株式会社イデーにてカフェやライフスタイルショップの新規出店を数多く手がける。2012年にgood mornings株式会社を設立。東京・丸の内や神田、日本橋浜町を始め、全国各地で「場づくり」を行い、地域の課題解決や付加価値を高めるプロジェクトを数多く仕掛ける。著書に「スモール・スタート あえて小さく始めよう」(KADOKAWA)

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