インタビュー

504枚からにじむ優しい肯定感 写真家・松岡一哲さんが妻と日常を紡いだ写真集『マリイ』

  • 2018年11月22日

写真集『マリイ』より

ひとりの女性がたたずむ。こちらをじっと見つめる。ソファに無防備に横たわる。

それらのシーンの合間に、子供たちやなんてことない日常の風景が紡がれていく。

エゴも意図も見えない、さらさらと通り過ぎていく写真たち。ただ、その連なりを見ていると、言いようのないやさしさと肯定感に包まれる。

写真家・松岡一哲さんが今春出版した、初の写真集『マリイ』が静かな話題を呼んでいる。松岡さんが、妻であるマリイさんと、彼女と一緒にいた景色を切り取った、写真集としては超異例の504ページ。松岡さんに、そこに込めた思いを聞いた。

「ここに写っているすべてがマリイ」

――今回、マリイさんをテーマにしたのは、編集を担当した服部みれいさんの提案だったそうですね。

はい。僕はそれまで子供を被写体にすることが多かったのですが、服部さんから「一哲君が撮った子供たちは全員マリイさんに見える。一度ちゃんと撮ってみたら?」と言われました。実際すべてではないにしろ、被写体に彼女を投影して撮っている部分はあったから、さすがだなと。でもマリイは僕にとって、一番身近だからこそ撮りにくい存在です。本人も撮られるのを喜ぶタイプじゃないから、撮り始めるまで2年くらいかかってしまいました。

――写真集にはマリイさん以外の写真もたくさん入っていて、504ページというボリュームです。これは当初からの構想でしたか?

実は打ち合わせは特にしていなくて、『マリイ』のデザインを担当してくださった佐々木暁さんに、膨大な量のネガをまず託しました。数万枚はあったと思う。僕はほとんどの写真を「オリンパスミュー」で撮っているんですが、佐々木さんに渡したネガには、どこかしらにマリイが写っているものを選びました。撮影した場所は、家や近所、海外といろいろ。ほとんどマリイと一緒にいるときに撮っているから、マリイが被写体じゃなくても僕の写真には彼女の存在や波動のようなものが入っています。写真集の帯の言葉を「写っているすべてがマリイです」としたのは、そういうことでもあって。

佐々木さんにネガを渡してしばらくしてレイアウトが送られてきたとき、すでに500枚でした。普通は、写真集でそんな枚数はあり得ないから僕もびっくりして、正直、このレイアウトは通らないだろうと思った。でも、それを見た編集の服部さんは途中で泣き出して「これしかない、これでいく」って。

服部さんにも、果たしてこれが商品になるのかという迷いはあったはずですが、「出版社として、こういう本こそ作らなくてはいけない」とも言ってくれた。だからその後、写真を4枚加えて順番は多少入れ替えましたが、ほとんど最初のレイアウトと変わっていません。

写真家の松岡一哲さん

――先ほどおっしゃっていたように、「撮りにくい存在」であるマリイさんを撮ることで得たものはありますか?

写真表現は、ある意味ファンタジックなものだと思います。世の中で「いい」とされている写真も現実離れした雰囲気のものが多いですよね。でもマリイは僕にとってリアルの象徴みたいな存在で、ファンタジーの部分が1ミリも通用しない。「芸術とか言ってないで掃除してよ」みたいな(笑)。でもたとえば、僕が雪の中にある水たまりを「龍の目みたいで美しい」と思って撮った写真と、マリイがこっちを不機嫌そうにじっと見ている写真があったら、マリイの目のほうがよっぽど龍みたいだったりする。そういう発見がありました。

ふつう、現実のレイヤーが足されると、作品にいい作用を生むのは難しかったりするけど、この写真集では佐々木さんの力を借りて、現実をあるがままに捉えながら違う次元に押し上げる表現ができたのかなと。それは常々、僕が目指してきたことでもあります。

あとこれは内輪の人しか知らないことだけど、撮り始めて1年くらいしたとき、マリイの病気がわかりました。撮影を続けるか悩みに悩んだし、マリイが病気になったのは僕のせいだと落ち込んだけど、自分としては彼女を「撮る」ことでそのときの苦しい時期を乗り切れたところもあって。

あるままを美しいと許容する、新しい表現

――マリイさんの闘病を支えたことで、松岡さんの写真に対する考え方などは何か変化しましたか。

僕にはそれまで、どこか「力のあるもの」を否定したいというか「弱いものこそ美しい」という気持ちがあって、それを表現の中で大切にしてきました。でも、マリイが病気になったとき、僕は優秀で力のある医師に診てもらいたいと無条件に思った。「弱いものがいいんだ」なんて言っている場合じゃない、自分の価値観がまるで通用しない現実を突きつけられて、考えが一面的だったことに気づかされました。

「強さ」や「力」が悪いわけじゃない。そうしないと生きていけない現実は確かにある。それなら、今までみたいにそれらをただ否定するのではなく、それらを内包したうえで、「強さ」とは逆をいく表現を『マリイ』でしようと思いました。

写真集『マリイ』より

――「強さ」と逆の表現というのは具体的にはどんなものですか?

簡単に言えば、インパクトを重視したわかりやすい表現から離れる行為です。いわゆる「かっこいい」とされているものへのポジティブな疑問符というのかな。これも打ち合わせたわけじゃないけど、佐々木さんとの間で最初から共通認識としてありました。

たとえば、プリントの色がそうです。人が見て印象的に感じる色はある程度決まっていて、普通はプロが加色して「きれいでインパクトのある色」に整えるのですが、『マリイ』では、すべての写真を僕が好みで調整したので、もともと浅いプリントからさらに色が淡くなりました。もしかしたら美しいとは思われない色になったかもしれないけれど、現実に近い色ともいえる。それがこの作品の個性と強さになるんじゃないか、と。

『マリイ』を見た人が「なんでこれが入っているんだろう」と感じる写真もなかにはあると思います。でも、美しい瞬間ってそこらじゅうに転がっていて、ぱっと見て「なにがいいの?」と思うものに本当は価値があったりする。僕らが生きている日常は、それの連続ですよね。マリイに言わせれば「そんなことはみんな知っていること」なんだけど(笑)、写真集としては、あるままを美しいと許容する、今までにはない表現ができたんじゃないかなと思っています。

『マリイ』の制作の経緯を語る写真家の松岡一哲さん

解釈もジャッジもいらない。「ただ見る」だけでいい

――『マリイ』は何度見ても、初めてその写真と出会うような新鮮さがあって、どこか自分が肯定されるような不思議な気持ちにもなりました。

記憶に残る「強い」写真を並べる今までのやり方があったうえでの僕なりの提案であり、新しい表現でしたが、見た人が少しでも希望を感じてくれたりほっとしてくれたら、とてもうれしいです。偉そうに言う気はまったくないけれど、それが芸術の役割のひとつだと思っています。

僕がこうして、「表現だ、芸術だ」と宙に浮いたことを言いながら生きてこられたのは、僕を牽制(けんせい)しつつ応援してくれるマリイがいたからです。本来、芸術や表現は普通の人の営みのうえにあるものだということを、彼女がいつも思い出させてくれる。

僕にとってのマリイみたいな大切な存在はきっとみんなにいて、強さも弱さもひっくるめて日々を生きている。そのこと自体が美しいと思う。つい文脈や意味を考えたり、「いい、悪い」を決めつけてしまいがちだけど、解釈もジャッジもしないで、大切な人やそこにある日常を「ただ見る」だけでいいというか。

――今日、お話ししてくださったようなことも含めて『マリイ』に解説が入っていないのは、そういう思いからなんですね。

そうですね。言葉にすると陳腐になるし、ニュアンスが変わってしまうことも多いから『マリイ』にはなにも入れませんでした。さっき、この写真集は打ち合わせをあまりしていないと言いましたが、僕が今回話したようなことは佐々木さんにも話していません。

佐々木さんは僕の写真を見てすべてをくみ取って、数万枚から500枚を選んで『マリイ』を編んでくれた。そして、それを含めた一切を直感的に察して、服部さんはレイアウトを見て涙したんだと思います。このふたりはずっと前から僕の写真を評価してくれた貴重な人。僕以上に僕の写真をわかってくれている。感謝しかないですね。

(文・熊坂麻美、写真・清永洋)

写真集『マリイ』 10,500円(税込11,340円)

松岡一哲(まつおか・いってつ)

写真家。1978年生まれ。日本大学芸術学部写真学科を卒業後、スタジオフォボスで勤務し、独立。現在は雑誌や広告などで活躍。写真の絵本『世界のともだち フィンランド』(偕成社)やファッションコンテスト「LVMHプライズ」で日本人初のグランプリに輝いたブランド「ダブレット」のカタログ撮影も手がけている。

12/9の14時~、大阪梅田の蔦屋書店で、松岡さんと服部みれいさんが写真集『マリイ』について対談トークショーを開催。http://real.tsite.jp/umeda/event/2018/11/post-662.html

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