今日からランナー

“世界最速の長距離ランナー”キプチョゲ選手の練習方法が非常に参考になる!

  • 文・山口一臣
  • 2018年11月26日

“世界最速の長距離ランナー”エリウド・キプチョゲ選手(撮影=筆者)

世界一速い長距離ランナー、エリウド・キプチョゲ選手(34)がコーチのパトリック・サング氏とともに来日した。11月9日、10日に契約するナイキ主催のランニングイベントに参加したほか、限られたメディアによるグループインタビューに応えた。私はそのすべてに密着し、彼やコーチの発言、一挙手一投足から“速さの秘密”を探ろうとした。いったいどんな練習をして、何を考えて走っているのか……。2日間の取材を通じてわかったのは、それは“秘密”でもなんでもなく、驚くほどシンプルなものだということだった。もちろん、すべてをまねすることはできないが、私たち一般市民ランナーにもおおいに参考になる内容だ。

年2回、ピークに持っていくように調整する

キプチョゲ選手は1984年、ケニアに生まれた。子どものころ、交通手段がなかったので学校までの往復の長距離をひたすら走った。16歳のとき、同郷の元オリンピック選手で現コーチのサング氏と出会い、人生が変わった。キプチョゲ選手の方からサング氏に教えを求めて近づいたという。以来、二人三脚でやってきた。2004年のアテネ五輪、男子5000mで銅メダル、08年の北京では銀メダルに輝いた。12年にトラック競技からマラソンに転向し、初戦のハンブルクマラソンでいきなり大会新記録の2時間5分30秒で優勝した。これまでに11回のマラソンを走って10回優勝している。今年9月のベルリンマラソンでは驚異の2時間01分39秒で世界記録を更新した。

前人未到だった2時間01分台もすごいが、キプチョゲ選手はこれとは別に2時間00分25秒という異次元の記録を持っている(公式認定ではない)。ナイキが「フルマラソン2時間切り」を目標に5年前から取り組んでいる“Breaking2”プロジェクトでたたき出した数字である。

以前、本連載でも紹介したことがあるが、このプロジェクトのために開発されたのが、いまランニング界を席巻している厚底シューズの「ズーム ヴェイパーフライ」シリーズだ。キプチョゲ選手自身が開発にも携わり、ベルリンでも履いていた。そんなキプチョゲ選手の練習メソッドの詳細が語られるのは、おそらく今回が初めてではないか。

キプチョゲ選手が着用する「ナイキ ズーム ヴェイパーフライ 4% フライニット」(撮影=筆者)

まず、カレンダーを見て年に2回ピークにもっていくように練習計画を組み立てる。ピークは4月と10月になることが多いという。過去の戦歴を見ると、この数年は4月のロンドンマラソンと9月のベルリンマラソンがターゲットレースになっているようだ(ちなみに2017年のベルリンと18年のロンドンは私も一緒に走っている 笑)。次に目標レースに向けた半年を3段階に分けて、練習内容と意識を変えていく。レースが終わった直後の2カ月間はリカバリーフェーズ、次の2カ月が準備フェーズ、直前2カ月が試合フェーズだ。それぞれのフェーズの中にも細かいサイクルがあり、時期によって取り組む練習の質を変えていくのだという。

リカバリーフェーズは心身を回復させる期間だ。気持ちをリラックスさせてゆったりと過ごす。といっても、まったく休んでしまうわけではない。コーチもキプチョゲ選手も“アクティブリカバリー”という考えが重要だと口をそろえる。要は、追い込まない程度の練習はするということだ。リカバリーフェーズのランニングはレースペースの40~50%のレベルでやるのが目安だそうだ。

シンプルな練習をストイックに継続

神宮外苑でナイキユーザーの一般ランナーと走るキプチョゲ選手(撮影=筆者)

目標レースに向けての本格準備に入るのは4カ月前からだ。サングコーチが典型的な一週間のメニューを明かしてくれた。週単位でロングラン(長距離を走る練習法)、インターバル走などのスピード練習に加え、ファルトレク(土や芝生などやわらかい地面の上を走る練習法)など種類の違う練習を連続させないで入れ替えるのがポイントだという。

例えば、月曜日にロングランをやったら火曜日はトラックでスピード練習、土曜日にもう一度スピード練習を入れ、水、木、金、日のうちどこかでファルトレクをやって、残りはリカバリーランにする。ロングランは時期によるが30km~40kmくらい。インターバルも時期によって1000m、1200m、1600m、2000mをミックスしてやる。ペースを聞いたらロングランはキロ3分20秒、インターバルはキロ2分40秒くらいとのことだった。速い!

ただ、メニューの内容自体はそれほど驚くものではないと思った。とくに、スピード練習が週に2回というのはきわめて一般的だ。走る距離や速さには雲泥の差があるが、この私でさえ目標レースの3カ月前から準備を始めて、週1~2回のスピード練習、週末にロングラン、その他の日は時間があればジョギングという程度の練習はこなす。

サングコーチも「内容は多くのランナーと共通している。ボリューム(練習量)や厳しさはアスリートによって変わってくる」と語っていた。要は、目標から逆算して、速さ(スピード練習)とスタミナ(距離走)、そして疲労抜き(回復)をバランスよく組み合わせることが肝心なようだ。

直前2カ月は試合フェーズだ。レースに向けてコンディションを整える。ベルリンマラソンの前は1200mのインターバルを1日13本繰り返したという。ペースは400mあたり67秒~68秒、キロあたりに換算すると2分50秒前後である。準備フェーズよりはややゆっくりだ。こうした追い込み型の練習はレースの8日前で終了する。そこから当日まではリカバリーに徹するという。考え方はいたってシンプルだ。

練習前の屈伸や柔軟も、普段、私たちがやっているのと同じだった。ウォーミングアップとしてトラックを反対回り(時計回り)に5~6周する。その後、「体を目覚めさせるために」(キプチョゲ選手)100m程度の短いスプリント走を5~6本程度入れる。

特別なことは何もない。キプチョゲ選手はこうしたシンプルな練習をストイックに“休まず”続けている。コーチからは「スタートラインに立ったときに自分が最高だと思えるように準備することが重要だ」とよく言われるという。

自身の口からも「自分を信じ、優先順位をつけた、きちんとした生活を送る」「重要なのは、勝つことじゃない。(勝つための)準備をしっかりすること」「毎日、毎分、毎時間、目的意識を持って、常に準備を怠らない」といった言葉が何度も出てくる。周到な準備に裏打ちされた「自信」がメンタルの強さにつながるのだろう。「限界を感じたことはありません。限界は突破するためにあるものです」。

世界一速い男が強調する「走りを楽しむこと」

関係者と談笑するキプチョゲ選手。練習以外ではやわらかな表情をのぞかせる(撮影=筆者)

ストイックに練習を重ねている選手というと、気難しい印象があるが、そんなことはまるでなかった。常に人なつこい笑みを絶やさない。言葉も巧みだ。

キプチョゲ選手がもうひとつ強調していたのが走ることを「楽しむ」ことだ。そのためには、好きであることが大切だと繰り返した。「ランニングを愛して、レースを楽しむ」「(レース中は)リラックスした自由な心で楽しんでいる」

キーワードは「自由」「楽しむ」「愛する」だ。腕の振りが大きいですねという質問にも「とくに意識はしていません。自由にさせているだけ」。2020年東京オリンピックは当然、視野に入っている。心構えを問われると「Beautiful なレースがしたい」と答える。

“世界最速男”の言葉のひとつひとつは、こんなポンコツおやじランナーにとってもおおいに刺激的だった!

[PR]

この記事を気に入ったら
「いいね!」しよう

PROFILE

山口一臣(やまぐち・かずおみ)

写真

1961年東京生まれ。ゴルフダイジェスト社を経て89年に朝日新聞社入社。週刊誌歴3誌27年。2005年11月から11年3月まで『週刊朝日』編集長。この間、テレビやラジオのコメンテーターなども務める。16年11月30日に朝日新聞社を退社。株式会社POWER NEWSを設立し、代表取締役。2010年のJALホノルルマラソン以来、フルマラソン20回完走! 自己ベストは3時間41分19秒(ネット)。

今、あなたにオススメ

Pickup!