プロカメラマンの写真連載「一眼気分」

銭湯絵師が富士山を描く現場に立ち会う 作品の完成に必要なもの

  • 文・写真 宮田正和
  • 2018年12月7日

イベントで絵を描く勝海麻衣さん Canon 1DX MarkII + SIGMA 120-300mm F2.8 SP:1/80 F/2.8

銭湯絵師という仕事をご存じだろうか?

「銭湯」は昭和生まれ下町育ちの僕にはなじみのある響きであり懐かしい場所でもある。そして銭湯といえば欠かせないのが壁面に大きく描かれた雄大な富士山だ。季節ごとに変わる壁面を子供の頃からどうやって描いているのか不思議だった。実はその不思議な絵を描いているのが銭湯絵師だった。

今回、機会をいただきそんな貴重な現場に立ち会わせてもらった。

場所は文京区千駄木、今や谷根千(やねせん)と呼ばれレトロな街並みや下町情緒あふれ、観光客でにぎわう谷中、根津、千駄木エリアの千駄木にある銭湯、「ふくの湯」がその舞台。

そこの正面の壁に2人の絵師がそれぞれ二つの風呂場で同時に絵を描くという貴重なイベントだ。

丸山清人さん Canon 1DX MarkII + SIGMA 85mm F1.4 DG HSM SP:1/80 F/1.4

Canon EOS5D Mark IV + SIGMA 40mm/F1.4 DG HSM SP:1/1600 F.1.4

日本に3人しかいない絵師のうち2人がそろい(丸山清人さん、中島盛夫さん)1人でも珍しいのにその2人が同時に絵を描くという。そして現役の東京芸大院生のお弟子さん(勝海麻衣さん)までいるとなれば、これはカメラを担いではせ参じるしかあるまい。

Canon EOS5D Mark IV + SIGMA 120-300mm F2.8 SP:1/50 F/2.8   

浅草生まれの僕にとって千駄木は少し上品な街に思えるが、狭い路地裏や行き止まりの道など、下町気分は十分に味わえる。

目的のふくの湯に到着すると当然だが舞台が銭湯なので、下足箱に靴を入れようとすると懐かしいあの大きな木製の鍵でいきなり喜び、中に入るとそこに置かれている旧式のデジタルではない体重計も、そして脱いだ服を入れておく竹かごさえも思わず写真を撮ってしまうほどだ。完全にやられた気分! 1人ノスタルジックな気分に浸っていたが、会場はイベントのための準備の真っ最中で大勢が行き交う。

中島盛夫さん Canon EOS5D Mark IV + SIGMA 40mm/F1.4 DG HSM SP:1/2500 F.1.4

浴場をのぞくとすでに2人の絵師はお湯のない浴槽に足場を組んでいて、ペンキの調合や筆の手入れなど準備に余念がない。僕もあいさつを済ませカメラの準備を始める。しかしここで気づく。銭湯は撮影環境としては厳しい。照明も暗くあくまでも対象が「絵」なので、奥行きがない。まあでも自分が動けば何とかなるかな? そう考えていたのだがこれが甘かった……開始直前になって後ろをふと振り返ると、いわゆる洗い場は観客で埋め尽くされていて、動くどころか、座るスペースも取れないほどだ。後で聞くと観客は200人を超えていたそうだ。

Canon 1DX MarkII + SIGMA 85mm F1.4 DG HSM SP:1/3200 F/1.4

しかしそんな僕の思惑など関係なくイベントは始まる。2人の絵師と1人の弟子が足場に上がり、下絵を描き出した。丸山さんはチョークで下絵を描きだし、中島さんはペンキで描き始める。それにしても2人とも見事にリラックスしていてマイペース。時々お互いの様子をのぞく以外は自分の絵に集中している。周囲を取り囲む観客や、至近距離で撮影する僕や僕のカメラが出すシャッター音も全く気にしていない様子。

1時間30分の予定で始まったイベントだが30分も経過すると描く絵の概要が見えてくる。普段は描くことがないという初夢の縁起物と言われる「一富士二鷹三茄子(いちふじにたかさんなすび)」が今回のテーマ。

Canon 1DX MarkII + SIGMA 120-300mm F2.8 SP:1/25 F/2.8

青空と富士山の丸山さん、対照的に赤富士の中島さん。

どちらも見事な出来栄えで、気分で今日はこっち!と選べたらうれしいと考えていたら、ふくの湯では定期的に男女の浴室を入れ替えるということで、どうやら両方の絵を堪能できるらしい。

Canon 1DX MarkII + SIGMA 85mm F1.4 DG HSM SP:1/400 F/1.4

予定時間を少し過ぎて、両者の作品は完成した。

見事に描かれたどこか懐かしい富士山の絵が浴槽の上に輝いている。

タカの雄姿は迫力があり、ナスも違和感がなく絵に当てはめられているのはさすがだ。

Canon 1DX MarkII + SIGMA 120-300mm F2.8 SP:1/80 F/2.8

丸山さんも中島さんも作品を披露した後はお客さんと写真を撮ったり質問に答えたりと大人気。中でも丸山さんの弟子、勝海さんは師匠を超えるほどの人気を集めていた。パリコレにも出演したモデルというだけあって、ペンキに汚れた作業着も見事に着こなし、似合っている。ツーショットやサインなどの数多い注文に快く応対している姿にも好感が持てた。

Canon 1DX MarkII + SIGMA 14-24mm F2.8 SP:1/30 F2.8

全ての撮影を終えて丸山さんと話していると、「やっぱりこの絵はお風呂に入りながら見ないとね〜」と彼がつぶやいた。実は撮影から戻り写真を見ていた僕が何か足りないと感じていたのはこれだった。そうだお湯と湯気があってこの絵は完成する! なるほど……近いうちに今度は銭湯の客として来て、湯船につかりながら2人の絵を眺めてみなくては。

Canon 1DX MarkII + SIGMA 40mm/F1.4 DG HSM SP:1/200 F/1.4

最近はスーパー銭湯や日帰りスパ的な大型施設が増えている。かつて全国で2万軒を超える数があった銭湯だが今は衰退の一途を辿っていて4000軒を下回っているらしい。さらに現在でも廃業の準備を進めている銭湯も少なくないという話だ。自分の子供時代を振り返ると親以外の大人に初めて怒られたのが実は銭湯だったりする。銭湯には必ず怖い大人がいて、走り回ったり浴槽で遊んだりすると怒られた。でもそんな中で僕ら子どもは徐々にマナーや常識を学んできたように思える。

Canon 1DX MarkII + SIGMA 40mm/F1.4 DG HSM SP:1/400 F/1.4

日本の伝統や文化を維持することは大切だが、今回のイベントのように維持するだけではなく進化させ広めていくことも大切に思う。年代や職業を超えて裸で触れ合うことのできる町の銭湯が消えていくのは寂しいし、日本人として残念。だからこそ機会があれば銭湯にもっと行こうと改めて思わされた1日だった。

Canon 1DX MarkII + SIGMA 40mm/F1.4 DG HSM SP:1/800 F/1.4

Canon 1DX MarkII + SIGMA 14-24mm F2.8 SP:1/160 F2.8

Canon 1DX MarkII + SIGMA 14-24mm F2.8 SP:1/125 F2.8

Canon 1DX MarkII + SIGMA 14-24mm F2.8 SP:1/80 F2.8

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PROFILE

宮田正和(みやた・まさかず)写真家

東京浅草生まれ。1984年のロサンゼルス・オリンピックをはじめ、NBAバスケットボール、各種世界選手権、テニスのグランドスラム大会、ゴルフの全英オープンなどスポーツを中心に世界を舞台に撮影を続ける。1987年、ブラジルF1グランプリを撮影。マシンの持つ美しさ、人間模様にひかれ、1988年よりフランスのパリ、ニースに4年間ベースを移し、以来F1グランプリ、オートバイの世界選手権、ルマン24時間耐久レースなどモータースポーツをメインテーマとして活動を続ける。AIPS(国際スポーツ記者協会会員)A.J.P.S(日本スポーツプレス協会会員)F.O.P.A(Formula One Photographers Association会員)http://f1scene.com

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