インタビュー

「フィンテックは次世代のセーフティーネット」若林恵が見据える、お金とテクノロジーの未来

  • NEXT GENERATION BANK 次世代銀行は世界をこう変える
  • 2018年12月11日

『WIRED』日本版元編集長である若林恵が手がけたムック、『blkswn paper 黒鸟雑志』が12月11日(火)に発売される。第一弾は「NEXT GENERATION BANK 次世代銀行は世界をこう変える」。キャッシュレス化の推進でデジタル・テクノロジーが取り入れられ、産業の構造さえも変わろうとする中で、「金融」の世界は何を指針に進めばいいのだろう。メガバンクの現役取締役などが明らかにする、日本の銀行が変革するためのシナリオ、新しい「デジタル公共インフラ」の作り方、DJ・トラックメーカーのtofubeatsは若者の「デジタル格差」などについての論考を寄せるなど、『次世代の銀行』を理解するためのヒントを収録。お金とテクノロジーによって、いかに社会と経済は変革するのか。金融、そして銀行の未来に迫る。

デジタル上で運用されるアイデンティティーの重要性

「これ、サードウェーブっぽいでしょ?(笑)」。近所のコンビニで購入したホットコーヒーを手にしながら、ひょうひょうと語る若林恵が席についたのを合図として、黒鳥社のオフィスでのインタビューは始まった。『WIRED』日本版編集長を辞した後、コンテンツレーベル「黒鳥社」を設立し、音楽やカルチャーイベントの主催、ブロックチェーンをテーマにしたビジネスブックの出版を手がけるなど、活動は多岐にわたる。 “スタートアップ”そのままの、膨大な段ボールと荷物に囲まれた一室で、このタイミングで雑誌を創刊した理由や、お金とテクノロジーの“未来”はどうなるのか? という問いに対して、言葉をひとつひとつ選びながら答えた。

「実は、今年になってから『未来、楽しいかも?』って気持ちが出てきたんですよ(笑)。表層的な変革から始まった移行期がいよいよ本格的なものになってきて、デジタル・テクノロジーが、社会の核心部分というか、根幹のシステムにまで影響を及ぼさざるを得なくなってきたように思うんです。GDPR(編注:EUが導入した、個人情報・個人データの扱いに関する規則。個人情報の処理と移転について広範かつ厳格な規定が設けられる)みたいなものが出てきて、デジタルへの対応が制度的なレベルに及んできたことで、変革が新たなフェーズに入ったことが個人的にも大きかった。

基本的にはGDPRって、自己主権や、アイデンティフィケーション(個人認証)の話に関わるもので、現実の世界では、自分が自分であることの公式な証明は、基本的に国家に与えられるものなわけですが、デジタル空間上においても同じような形でアイデンティティーが運用されないと、行政のデジタル化はできないわけですよね。昨年エストニアで参加したテック・カンファレンスでは、デジタル上のアイデンティティーと、フィジカル上のアイデンティティーの一体化ということが盛んに議論されていたんですが、言われてみれば確かにそうだな、と。

ネット空間は、出てきた当初からフィジカルの世界とは異なる、一種の『アジール』(聖域)のようなものとして機能してきたわけで、そこは『リアルの自分とは違う自分』になれる場所でもあったのですが、実名の世界になっていくに従って、自己証明に関して、より厳密なセキュリティーとガバナンスが必要になってきたわけです。

金融の業界をデジタル化しようと思ったら、まずそのことが最大の問題として出てくるわけですよね。お金を払い、受け取っているのが、本当にその人なのか。誰が、そのことを証明するのか。今、盛んにキャッシュレスみたいな話がされていますけど、それを実現するためには、インターネットそのもののガバナンスをどうするのかは欠かせない論点になってくるわけですね。金融のデジタル化は来たるべきデジタル社会の最も本質的なところに関わってきますから、その意味で非常に面白いです」

フィンテックは社会保障であり、雇用対策でもあるということ

たびたび日本のメディアでも取り上げられるように、「キャッシュレス先進国」として注目を集めているのは、アメリカでも中国でもなく、北欧諸国だ。現金を利用できる店舗は驚くほど少なく、たとえ路面の商店であっても、クレジットカードや電子マネーなどでの支払いが主流。個人情報保護の観点で見れば、脆弱性はあるとはいえ、それを上回る利便性と店舗が現金を持たないことが治安維持に与えるポジティブな影響は魅力的で、他国に先んじて、次世代の経済システムを形成しているとも言える。

「今回、銀行をテーマにしたムックを作ろうと思った直接的な引き金になったのは、今年の3月に北欧に行ったことでして。北欧のフィンテック周りを取材してまわっていて、『新しいファイナンスのサービスは誰のためにあるんだ?』ということが、スタートアップ企業でも行政府でも、かなり明確に意識化されていたのが非常に印象的だったんです。フィンランドのホルビ(Holvi)という会計アプリのベンチャーがあるんですが、彼らは創業当初からマイクロアントレプレナー(編注:個人事業主)をエンドース(保証)するんだとうたっているんです。

彼らの定義によれば、マイクロアントレプレナーにはいろいろ含まれていて、もちろん今どきの起業家も含まれてはいるのだけれども、もともと自営でやってきた配管工、ピアノの先生といった方々や、進んで自営を選んだわけではなく、会社が潰れてやらざるを得なくなった人もそこには含まれているんですね。そういう人たちは自分で自分のビジネスを作らなければいけない上に、会計とか納税とか、手間がかかることを一手にやらなければいけないわけです。そこの部分をできる限り効率化してあげることで、個人事業主が自分の本業に集中できるというのが彼らの考え方で、ものすごく感銘を受けたんですよ。

ホルビはフィンランドの会社ですが、フィンランドは、NOKIAの携帯部門がなくなったことで、多くの社員が野に放たれたんですね。それがスタートアップ・カルチャーを生み出すきっかけになったとも言われているんです。つまり失業者が自立して、自分でビジネスを起こすことのできるサポート機能がちゃんとそろっていれば、それ自体が新しい経済の苗床にもなりうる。そういう話を聞けたことが自分としては大きくて、なるほどフィンテックは、そういう社会的な装備なのだな、って腑(ふ)に落ちたんです。

で、もちろん、NOKIAで起きたような話は、日本においてもひとごとではないわけですよ。終身雇用とか手厚い保険とか年金とか、これまで企業が保障していた働き手の安全・安心に関わる制度を、企業が非正規雇用を増やしていく中で、どんどん手放そうとする事態に陥っている。それはそれで理由もあろうし仕方のないことだとしても、じゃあ、その失われた保障を誰がどう担うのかということになると、民間のサービスレベルでやるしかないよね、という考えが、おそらく北欧のフィンテックの背後にはあるわけです。それが一種の社会保障でもあり、雇用対策でもある。つまり、そういうサービスの存在自体がセーフティーネットなんですよね。って考えると、なるほど、フィンテックは必要なものだろうし、今後の社会において重大な役割を担うことになるだろうと思うわけです」

これからの金融システムは何を目指すべきか

2015年の『WIRED』日本版で組まれた「お金の未来」という特集。この時期はフィンテック元年とも呼ばれ、ベンチャーは新規ビジネスを次々とスタートさせ、金融機関やメディアを中心に騒がれ始めたのもあり、“フィンテック”というテクノロジーは、生活を大きく変えるという見通しはたしかにあった。若林は当時から、お金の未来がどのように変わりゆくかを、すでに意識していたのだろうか。

「うーん……あの時の特集は、実際はわりかしスペキュラティブ(理念的)なお金の話だったんだと思うんですね。お金の民主化、ということを考えていくと、一国一通貨制度に対する疑念になっていくよね、みたいな。そういう貨幣論は、それ自体はとても面白いけれど、今回のムックはむしろ、『金融サービスの民主化』よりも具体的な話で、本書の大きなテーマは『そうした民主化がなぜ必要なのか』という話なんですね。それは根本のところで、僕らの『働く』が変わっていこうとしていることとつながっていて、つまるところ、これまでの経済・産業のシステムが変わろうとしていることとも関わっている、と。その変化の先にある社会において、じゃあ金融サービスはどうあるべきなのか、という話です。

だから今回は、抽象論としての『貨幣の未来』や『お金の未来』というトピックには、あまり焦点を当てていません。もう少し社会に寄り添ったものとして、僕らはこれからどうやって生きていけばいいのかというところが、話題の中心かなと思っています」

「最初に出てくるダグラス・ラシュコフの文章も、別に銀行の話なんか一切していないし、『この25年の経済のありようはデジタル産業主義と呼ばれるもので、それ以前の産業社会にデジタルが合わさることによって、より酷いことになった25年だった』と語っています。デジタル・テクノロジー本来のポテンシャルはまだ発揮されておらず、むしろ、この25年間は、それがあるところに富を集中させる結果を作り出してしまった。じゃあ、これからは、どんな考え方や理念をもとに、経済というものが組み上げられていくのが望ましいのかといったことが中心的な話題で、その観点からトークンエコノミーや仮想通貨が論じられるということなんですね」

「これまでの経済の限界、社会システムの限界を見据えた上で、今、社会の中に、どういった装備が必要なのかということを、かなり具体的な形で考えなくてはならない局面に僕らはあると思うんです。

今年、GDPRがEUで施行されるちょっと前に、PSD2(決済サービス指令)という法律が施行されたんですが、内容がなかなか複雑で読んでもすぐにはつかめない。けれど、PSD2をちゃんと読むと、少なくとも決済の領域において、どういう未来が想定されているかが書き込まれてはいるんですね。『こういう商売が出てくるであろう』という想定はされている。

未来のビジネスが、すでに法律において表現され始めているフェーズなので、具体的な落とし込み方を、試行錯誤をしながら探る段階に時代は来ているんですね。なので、今回の出版物は、どういう理念において、さまざまな金融サービスが展開されうるのかを語らなくてはならないという意味では抽象論も多いんですが、これからの金融サービスの構造はこうなっていくであろう、とか、こういうサービスが出てくるであろう、というところに関しては、かなり未来の絵図は具体的なんですよ」

(文・&M編集部 岡本尚之 写真・三浦咲恵)

若林恵(わかばやし・けい)

1971年生まれ。編集者。ロンドン、ニューヨークで幼少期を過ごす。早稲田大学第一文学部フランス文学科卒業後、平凡社入社。『月刊太陽』編集部に配属。2000年にフリー編集者として独立し、雑誌、書籍、展覧会の図録などの編集を多数手がける。音楽ジャーナリストとしても活動。2012年に『WIRED』日本版編集長就任、2017年退任。2018年、黒鳥社(blkswn publishers)を設立。著書に『さよなら未来』(岩波書店)。

写真・平松市聖

「NEXT GENERATION BANK 次世代銀行は世界をこう変える」
若林恵・責任編集
制作:黒鳥社 発売:日本経済新聞出版社
1,200円(本体価格)+税

フィンテックの勃興、仮想通貨や電子通貨の広まり、キャッシュレス化の波によって、猛然とデジタル化・モバイル化が押し進められ、さらに、マイナス金利、低成長、働き方改革などによって、産業、経済のルールまでもが抜本的に見直しを迫られている。この変化の混乱のど真ん中にあって、「金融」の世界はいったい何を指針に、どこへ向けて、どう自らを刷新しうるのか? これからの新しい社会の「金融」を担うべき新しい機関=次世代銀行とは、いかなるものなのか? お金とテクノロジーと社会が織りなす社会変革の壮大なシナリオを、ダグラス・ラシュコフ、デイビッド・バーチ、武邑光裕、山本龍彦、池田純一、出井伸之、tofubeatsから、現役メガバンク取締役まで、時代を牽引する識者とともに、『さよなら未来』の著者で『WIRED』前編集長の若林恵が考えた、次世代ビジネスマン必読の「次世代銀行論」!

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