インタビュー

あなたの個人データは誰のもの? これからの暮らしと働き方の変化を若林恵が語る

  • NEXT GENERATION BANK 次世代銀行は世界をこう変える
  • 2018年12月13日

前編では、黒鳥社が制作する“紙の読み物”『blkswn paper 黒鸟雑志』の第一弾として、ムック「NEXT GENERATION BANK 次世代銀行は世界をこう変える」を刊行した『WIRED』日本版元編集長の若林恵に、『金融』というテーマを選んだ経緯について話を聞いた。後編では、世界のフィンテック事情や、日本でもYahoo!やLINEが参入したことで話題になった「信用スコア」について若林はどう考えているのか。その広範な知識から、論を展開してもらった。

キーワードは「インクルージョン(包摂)」 システムからこぼれ落ちる人をどう支えるか

日本国内でも日々、新しいサービスが開発されているフィンテック(Fintech)。仮想通貨の大手交換業者での流出事件などもあり、法整備を含む制度設計が進んでいる現状はあるものの、利用者である私たちが実感できるほどの大きな変化はいまだ訪れていない。では、将来的にフィンテックを使ったサービスが普及することで、享受できるメリットは何か。

「デジタルは、どんなに小さなお客さんでも個別にカスタマイズできて、個別にサービスを提供できるところが最大の利点じゃないですか。なので、マイクロペイメント(少額決済)やマイクロレンディング(少額融資)に向いているわけですよね。マイクロファンディングなんていうと、開発途上国の専売特許みたいに思われるかもしれないんですけど、例えば欧米諸国なんかでも、フリーランサーの6割が、月1回、自分の貯金に手をつけているなんていう調査もあるんですね。(参照元) 

これが会社勤めの人だと2割にとどまります。ということは、フリーランサーを対象にしたマイクロな融資というサービスは、先進国でも可能性があるんです。

ちなみにフリーランサーは、アメリカだとすでに労働人口の4割になっていて、ミレニアル世代だと5割以上の人は、なんらかのフリーランス仕事に携わったことがあると言われているんですね。(参照元) 

つまり、仕事というもの自体がある意味でマイクロ化している。『フリーランサーはキャッシュフローのコントロールが難しいので、会計アプリの中に少額融資の機能を搭載しようかと思っている』とフィンランドのテック企業・ホルビの人が話していたんですが、そう考えると確かに妥当性、ありますよね。

『25日に5万円だけ借りたい』、みたいな需要はおそらく昔からあったはずなんですが、それをよりスピーディーに、安全に行うことが、モバイルサービスでは可能になると思うんです。そういう需要を当て込んだ事業は、東南アジアあたりでもかなり伸びているらしいんですが、これまで、そうした需要を銀行は相手にしてこなかったわけですよ。お金にならないわりにコストはかかりますから。けれども、これからはデジタルで処理できるようになる。その時、中小企業や個人事業主は一番大きなマーケットになるはずなんですね」

「加えて、特に海外では、どんどん格差が広がっていく中で、金融サービスからこぼれ落ちていく人たちが大量にいて、その人たちはサラ金、闇金のようなものに手を出さざるを得ないといった状況がある。アメリカなんかでもそうです。『貧乏でいると一番金がかかる』という言われ方があるほどで、そうした状況をどう克服するのか、というのはこれからの金融サービスに課せられた大きな課題なわけですね。だからこそ『インクルージョン』(包摂)は、金融においても非常に重要なキーワードになっているんです。

これは決して人ごとではなくて、これからキャッシュレスを進めていこうという中で、『若者がちゃんと包摂されているのか』、あるいは『高齢者はどうなんだ』という問いは、非常に重要なものになっていくわけです。実際、さまざまな決済がクレジットカードベースで動いていくと、クレジットカードを作ることのできない人はあらゆるサービスやシステムから弾かれてしまうことになります。あるいは、スマホの扱いが不得手な高齢者は、必要なサービスにアクセスできなくなってしまう。

『キャッシュレスにします!』と言って、それをどんどん推し進めるのはいいんですが、やるからには漏れなくやらなくては意味がないので、どういう手順でそれを進めていくのかはそれなりの戦略性が必要だと思うし、『既存のシステムを使いながら徐々に移行せざるを得ないというのが、日本の現状かな』とも思います。全国津々浦々までコンビニATMは完備しちゃったわけですから、それをアップデートさせながら残しつつ、徐々に減らしていくとか。

とはいえ、その一方で、荒療治が必要な局面もあるようでして。スウェーデンだとキャッシュレスを進めるために、公共交通を一気にキャッシュレス化した。その時に、デジタル・テクノロジーと疎遠な人たちに対するケアをそれなりにやったと聞きますし、エストニアあたりでも行政システムのデジタル化を進める際、高齢者向けの講習会なんかも、かなりやったと言うんですね」

インドのキャッシュレス化と、失われない銀行口座の有用性

インドやアメリカ、東南アジアなどの国々で、セーフティーネットの役割を果たしているフィンテック。人口を考えればインドや中国という大国はまだまだ潜在的に伸びる余地が残されているが、中でも約12億の人口を持つインドの状況を見てみると、戸籍を持たない多くの住民の存在から個別IDの振り分けすらも難しいように思える。

「インドで貧しい人たちに補助金を出そうとしても、そもそも銀行口座を持っていないので、振り込みができないわけです。人づてでそれを分配しようとしても、途中で誰かがネコババして消えてなくなってしまう。なので、国家をあげて、国を全面的にデジタル化し、国民全員を包摂しうる新しい社会システムを作りあげるプロジェクトが、2008年頃からインドでスタートするわけです。

それが『インディア・スタック』というもので、これは新しいデジタルインフラとして、公共APIの集積体を行政の主導で作りあげるというものなのですが、基本4つのレイヤーに分かれています。基礎となるのがIDのレイヤーで、12億人にマイナンバーを振り当てるという作業を、10年かけて実施したんですね。その番号は、『虹彩認証』『指紋認証』『顔面認証』の三つをもって特定の個人とひもづけられている、非常にセキュアなものです。で、そのIDを持っていれば誰でも利用できる銀行口座を用意したことで、それまで口座を持てなかった人にもダイレクトに補助金を振り込める仕組みを作った。

その次にペーパーレスのレイヤーがあって、電子署名や電子書類に関する規格をAPIとしてオープン化しました。このレイヤーがとても重要で、そもそも電子的にやり取りされるドキュメントがちゃんと規格化されていないと、契約書のやり取りとかも困るわけですよね。それを行政がAPIという形で誰にでも使えるものとして開放したわけです。ちなみにフィンランドでは、ノルデアという銀行が主導で、『eインボイス』や『eレシート』というものを作って規格化したんですね。つまり電子請求書や電子領収書のひな型を作り、そのあと、給与明細の電子化をし、というように、段階を踏んで電子化していき、それが積み重なることによって、最終的には納税までを全自動で執行できるシステムが作られるに至ったわけです」

「で、インドの話に戻りますと、『ID』『書類』の電子化の次に、『お金』が来るわけです。キャッシュレスのレイヤー。インド政府がやったのは銀行間の送金を可能にするインターフェースを用意し、オープン化するということで、銀行を始めとする各種ペイメントサービスは、それを自由に使うことができるようになったことで、個々の金融機関がお互いに提携といったことをせずとも送金しあえるようになるわけです。簡単にいうと、AppleでもAndroidでも使えるショートメッセージサービス(SMS)のお金版ということで、これは、なかなかに優れたアイデアだと思うんですよね。公共インフラとしての『API』という考え方は、これからの行政府の役割っていうものを考えていく上でも、かなり示唆に富んでいると思うんですよね」

「情報銀行」ではビッグデータを活用しつつも、個人情報は守られる

「NEXT GENERATION BANK  次世代銀行は世界をこう変える」でも取り上げている、Yahoo! やLINEが導入する「信用スコア」。その仕組みはというと、個人の信用を数値化して、スコアが高い利用者ほど、各種サービスを便利に使えるようにするものだ。つまり、社会的な信用度を数値化するシステムで、ある意味では「人間のランク付け」をしてしまう仕組みにもなりえてしまうが、企業が個人の「信用」を把握し監視するこのシステムは、これからどのような社会を作りあげるのだろうか。

「例えば、ケニアで『エムペサ』(モバイル送金サービス)が広まったことでもたらされた重要なポイントは、エムペサの取引ログが『その人の信用を担保する上で重要な役割を果たすようになった』ということだそうなんですね。つまり、それまで銀行口座を持てなかった人たちというのは、銀行口座がないがゆえに、自分の財務状況を説明する手立てもなく、そうであるがゆえに口座も作れないという状況にあったわけですよね。ところが、エムペサが広がっていき、銀行と連携していくようになっていくと、それまで銀行にアクセスできなかった人たちがアクセスできるようになっていくわけです。

データの力というのは、このような形で個人をエンパワーしてくれるものですが、そうであればこそ、なおさら、そのデータが自分ではない第三者によって乱用されることがあってはならないんですね。GDPR(編注:EUが導入した、個人情報・個人データの扱いに関する規則。個人情報の処理と移転について広範かつ厳格な規定が設けられる)の理念においては、個人データは『本人が本人のために、本人の意思によって使われるものでなくてはならない』ということになっていて、それは、例えば今後、個人のお金や、そのデータを扱う企業やサービスが最も留意しなくてはならない点なんです。

中国の『アリペイ』(中国最大の決済サービス)の『信用スコア』も、原則としてアリペイと本人以外の第三者は誰も見られないようになっているんです。で、アリペイサイドは、あくまでも本人に対するサービスの向上に、そのデータを使わなくてはいけないというのが基本的な考え方で、かつ、それを第三者がマーケティングデータとして使用する際には、『個人が特定できないデータとしてのみ、外に出すことが許される』という原則になっています。

まあ、実際の運用において、どこまで厳密にそれが守られているのかは分からないんですが、アリペイに限らず、これからのデータビジネスにおける原則は、そういうものになっていくはずです。個人データのビジネスというと、とかくターゲティング広告の話になりがちですが、『今後のデータビジネスは、そういうものではないぞ』というのも、今回作ったムックでの重要なメッセージなんですね」

「お金に関する情報に限らず、自分の信用に関わるデータが他人のお金もうけのために乱用されている状況は、ある種の『監視資本主義』と言えるものですが、そこから脱却するための一つの手立てとしてGDPRがあるわけです。さらにEUでは『eプライバシー』という法案が準備されていると言われてまして、それが施行されると本当にターゲティング広告ができなくなるので、今までのインターネットビジネスは抜本的なモデルチェンジを余儀なくされることになるはずなんですよ。

インターネットがもたらした『透明性』というのは、それ自体は決して悪いものではないのですが、これまでのネットビジネスというのは、その透明性が『個人を丸裸にして金もうけをする』というやり方で主に使われてきちゃったわけです。で、そんな話ないだろ、ってところからGAFAへの対抗措置としてGDPRの発想も出てきたわけで、じゃあ、これからのデータビジネスはどうなるかというと、個人情報をいかに守りながら、データを有用化するかということになっていく。

それにおいて最も重要になるのは、個人データを『半透明化』するテクノロジーだというのが、『ビットコインはチグリス川を漂う』の筆者、デイビッド・バーチさんの見立てなんです。これはホモモーフィック・エンクリプションという暗号化技術でして、マジックミラーのように、向こうからは見えないけれど、こちらからは見える、みたいなことを可能にする技術らしいんですね。

例えば、海外でクラブに遊びに行くときに、IDの提示を求められるじゃないですか。でも本当は、IDを見せて、相手にこちらの生年月日を開示する必要なんかないわけですよね。というのも、お店に必要な情報は、相手が20歳以上であるかどうか、だけですから。そういうことを技術においても、サービスにおいてもどう実現していくのか、というのがこれからのデータビジネスのひとつのキモなんです。デイビッド・バーチさんは、スマートな透明性っていうのは『半透明性』(トランスルーセンシー)のことなんだ、と言ってたんですが、『情報銀行』といったアイデアも、基本的には、こうした考え方にのっとって作られていくはずなんです」

データが個人のものになれば、「経済」の概念すら変わるかもしれない

世界各国を見渡しても、とりわけフィンテックの隆盛は見逃すことができないほどになり、「システム」「制度」単体としては、一般利用者も理解するのが容易になった。その一方で、私たちの生活や働き方にどれほどの変化をもたらすのかという点では、まだ理解の及ばないことも多いが。

「GDPRがもたらした一番大きな功績は『私のデータは私のもの』ということを明記した点。憲法学者の山本龍彦先生は、『GDPRは21世紀の人権宣言だ』とおっしゃっているほどで、実際は、それくらいのインパクトがあるはずなんです。それが表しているのは、これからは、あらゆるデータ、財務データから、医療データ、労務に関するデータといったものがどんどん自己主権化していくということで、それは、これまでのデータの帰属先が企業や国家だった状況を180度転換させてしまうわけです。データの主権者である個人の合意がないと企業はデータに触れることもできない、というのは、ちょっとこれまでにはない、大きな変化だと思うんですね。

企業がHRテックみたいなものを使って、従業員のログを取ったとして、『その個人データは個人のものですよ』となったら企業と働き手の主客は転倒しちゃいますよね。消費者と企業の関係も、同じような形で転倒していくとなると、これまでのように「企業の都合」に合わせる形で動いていた経済は、確実に立ち行かなくなるはずなんです。これは、相当デカいことだと思うんですが、とはいえ、その兆しはとっくに社会の中に現れていることでもあるんですよね」

(文・&M編集部 岡本尚之 写真・三浦咲恵)

若林恵(わかばやし・けい)

1971年生まれ。編集者。ロンドン、ニューヨークで幼少期を過ごす。早稲田大学第一文学部フランス文学科卒業後、平凡社入社。『月刊太陽』編集部に配属。2000年にフリー編集者として独立し、雑誌、書籍、展覧会の図録などの編集を多数手がける。音楽ジャーナリストとしても活動。2012年に『WIRED』日本版編集長就任、2017年退任。2018年、黒鳥社(blkswn publishers)を設立。著書に『さよなら未来』(岩波書店)。

写真・平松市聖

「NEXT GENERATION BANK 次世代銀行は世界をこう変える」

若林恵・責任編集

制作:黒鳥社 発売:日本経済新聞出版社 

1,200円(本体価格)+税

フィンテックの勃興、仮想通貨や電子通貨の広まり、キャッシュレス化の波によって、猛然とデジタル化・モバイル化が押し進められ、さらに、マイナス金利、低成長、働き方改革などによって、産業、経済のルールまでもが抜本的に見直しを迫られている。この変化の混乱のど真ん中にあって、「金融」の世界はいったい何を指針に、どこへ向けて、どう自らを刷新しうるのか? これからの新しい社会の「金融」を担うべき新しい機関=次世代銀行とは、いかなるものなのか? お金とテクノロジーと社会が織りなす社会変革の壮大なシナリオを、ダグラス・ラシュコフ、デイビッド・バーチ、武邑光裕、山本龍彦、池田純一、出井伸之、tofubeatsから、現役メガバンク取締役まで、時代を牽引する識者とともに、『さよなら未来』の著者で『WIRED』前編集長の若林恵が考えた、次世代ビジネスマン必読の「次世代銀行論」!

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