インタビュー

好奇心を追求して山に入った現代の山伏・坂本大三郎さんが守りたい文化

  • 2019年1月8日

写真:坂本大三郎さん提供

東京でイラストレーターとして暮らしていた坂本大三郎さん(43歳)が、羽黒山(山形県)の山伏修行に参加したのは30歳のとき。もともと、日本の芸術や芸能がどのように生まれてきたのかに興味があった坂本さんは、山伏が日本の文化と深く関わりを持っていたことを知り、東京と山形を行き来するようになりました。

現在は、山伏の修行場として知られる出羽三山のひとつ月山の麓・山形県西川町志津地区を拠点に、山伏・イラストレーター・お店の経営など様々な活動をしています。さらに、作家としてこれまでに『山伏と僕(リトルモア・2012年)』『山伏ノート(技術評論社・2013年)』の2冊の本を出版しています。

  

山伏とは、平安時代中期ごろから各地で信仰の対象となっていた霊山をめぐって修行をしていた人たちのことで、修験者とも呼ばれます。山伏は山と里を行き来して祭りを執り行い、民間信仰の担い手として、庶民の生活に関わってきました。

今回は、かつての山伏のように山を拠点にしている坂本さんに、『自然との向き合い方』『好きなことを仕事にする』をキーワードにインタビューしました。便利な町で生活している現代人から見ると、厳しい自然の中での生活や山伏の修行はなかなか想像できません。しかし、坂本さんが受け継いでいこうとしている山伏の技術や知恵には、現代を力強く生きていくために役立つ、本質的なヒントが含まれていました。

  

山で採れるものを加工して、生活の糧にする

坂本さんは、山形市内で『十三時』という名前のお店を経営しています。草履・野良着・蓑・熊の毛皮・熊の手を使ったカバンなど、坂本さんや友人が山から持ち帰ったものや、持ち帰った山の素材で作ったものなど、少し変わった品を売るお店です。また、アーティストとして参加する芸術祭の土産物屋では、山形の山間部で飲み継がれてきた飲み物を新たにデザインした山葡萄(ぶどう)のコーディアルとして販売しました。いまは、山から採ってきたブナの実を粉砕してつくる『ブナバター』や、山桜の樹皮を編んだカバンなどの商品化を目指しています。

坂本さんにとって、山で採れたものを売ることには、現代社会の中で消えつつある山の文化を継承していくために大切な意味がありました。

  

「山伏と聞いてみなさんがイメージするのは、白装束で山に入って滝に打たれたり、ご祈禱したりする姿だと思います。でも僕は、山伏の宗教的な側面よりも、生活に近いところで山と人をつなげていた山伏の文化的な役割に興味を持っています。現代では、日常生活から遠い存在の山伏ですが、江戸時代までは山の薬草で病気の人を治療する医者の役割や、人が霊山に入るときに道案内をして、泊まる場所の手配をする役割、さらに寺子屋を開いて読み書きを教えるなど、今よりずっと身近な存在だったんです。いずれも現代人の日常生活からは必要性が薄まり、山や自然との距離も遠くなったように感じます。しかし、文化は誰かが受け継いでいかなければ消えてしまうので、『山の文化を守ること=生活の糧』になる仕組みを作りたいんです。僕がしているのは、山で採れるものをお金に換える“実験”です」

1年のうち3週間だけ剥がれるという山桜の樹皮で編んだカバン。かぶせは、ツキノワグマの皮

山伏流、山で生き抜く知恵

坂本さんは山に入ると、山菜を採り、時にはカエルやヘビ、昆虫を食べて過ごします。町で暮らす私たちには想像できない状況ですが、かつて人が山で暮らしていたときに培った知恵を、坂本さんも受け継いでいるようです。

「山で遭難したときに食べるものがなくても、1週間くらいは生きていけますが、水は飲まないといけません。良い水場を見つけられなければ、穴を掘って雨水などをためて、その上に何かを被せて雫が落ちる場所にコップを置けば、飲み水が手に入ります。朝、足元にタオルを巻いて草原を歩いて朝露をタオルに吸い込ませて、それを絞ってたき火でお湯を沸かすことでも、飲み水が得られます」

坂本さんが山から採ってきたブナの実。ブナの実は4〜5年に一度しか採れず、豊作の年は栄養を蓄えた熊が冬眠中に出産し、翌年は子連れの熊との遭遇の可能性が高まるという

「山間部は車にひかれる獣が多く、その死体は道に放置されています。タヌキの皮はとても暖かくて山伏装束の『引敷(ひっしき)』という尻当てになるので、僕は死体を持ち帰って皮をなめして使っています。他にも野うさぎやアナグマ、ハクビシンなどがひかれているのですが、新鮮な死体は食料にもなります。ブナの実の採り方、山の登り方、天気の見方、水の調達方法など、伝承されてきた山の知恵は、どれも自然の中で生き抜く叡智(えいち)です。そうした祖先から受け継いできた文化は自分たちが立ち帰る場所でもあると思うし、一見、日常生活には役に立たない古い由来のある文化がどれだけ残されているかが、これからの社会の豊かさにつながっていくと、僕は思っています」

言葉にできない『大切なもの』があってもいい

坂本さんが参加した出羽三山の山伏修行は、その内容を他者に話すことが禁じられています。山伏の世界では、大切なことほど口に出さないことが多いそうです。

写真:坂本さん提供

「例えば、出羽三山の一つに湯殿山がありますが、その御神体について話すことは禁じられています。しかし、祭りの中での唱え言では御神体の周りにある自然風景などについて語ることで、中心にあるものを感じさせるんです。どうして話してはいけないのか? 僕なりに考えてみると、本当に大切なものは、言葉にした瞬間に本質がずれてしまう可能性があるからだと思います。言葉には、自分が考えていることを正確に表現できているか分からない危うさがあり、言葉では本質に到達できないこともある。再現性のある確かなものが重視され、不正確なもの、あいまいなものが軽視される現代には合わない価値観かもしれませんが、世界の片隅に『言葉にできない大切なもの』があってもいいのではないでしょうか」

  

社会のシステムにのみ込まれず、好きなことを追求して生きていく

いま坂本さんは、イラストレーター・執筆業・店舗経営、芸術祭ではアーティストとして作品展示をして生計を立てています。

どんな仕事でも共通して「自分が好きなこと、興味があることをする」という坂本さん。すべての根底にあるのは好奇心で、日本の文化についての探求をできるだけ長く続けることが目標と言います。会社勤めをしている人でもフリーランスで働く人でも、「好きなことを仕事にする」ことの難しさは多くの人が経験すること。坂本さんはなぜ、好きなことを仕事にし続けていられるのでしょうか。

  

「若い頃の僕は、接客のアルバイトをしても笑顔で『いらっしゃいませ』と言えませんでした。20代は、会社員になろうと思ったらすぐになれると思っていたものの、やがて自分は『人に雇われて何かをする能力』が低いことに気が付きました。そこからは、自分ができることを一生懸命やる方向にシフトしました。僕は、自分の仕事は『隙間産業』だと思っています(笑)。社会のニッチな部分で、少しだけお金をもらう。それに、自分の興味・関心を追求していけば、いつかは自分という枠を超えて、社会の視点と混ざり合っていくのではないか、と思っています」

  

情報通信網が発達し、手元の端末で多様な価値観に触れられる現代は、逆説的に本質を見極めることが難しくなっているとも言えます。長く伝承されてきた山伏の知恵に自らの経験を加えて発信する坂本さんの言葉は、山の外で暮らす私たちにとっても、大切なことを伝えてくれていました。

(文・石川歩、撮影・白松清之)

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