小説家白岩玄 平日9~18時は子供と向き合う「半主夫的生活」

  • 2019年1月4日

  

&Mでは新年企画として、連載陣による「2019年の展望」をテーマにしたコラムをお届けします。自伝的エッセー「ありのままの20代」、日本の男性観へ一石を投じる連載「男らしさの呪縛」の筆者である小説家白岩玄さんが寄稿してくださったのは「子育て」に関するコラム。「今の本業は育児」という白岩さんの、日々の気づきがつづられています。

平日昼間は子供につきっきりの生活

妻が働きに出るようになったので、昨年の11月から1歳の息子を週5でみる生活が続いている。今のところ保育園には入(はい)れていないため、日中は昼寝の時間以外付きっきりだ。4月から入れればいいなぁと思ってはいるが、共働きでも片方が自宅勤務だと、いわゆる「点数」が低いため、希望している認可の保育園に入れるかどうかはわからない。

もともと育児には普通に関わってきたから、息子と過ごす時間が大幅に増えたからと言って、そこまで生活が一変したというようなことはない。ごはん、着替え、おむつ替え、風呂、寝かしつけに至るまで、子どもの世話に必要なことはこれまでもずっとやってきた。おまけに、妻は職場が近いため、朝9時に家を出て夜の6時には帰ってくる。しかも、うちは妻が食事担当で、ぼくが掃除担当なので、基本的に朝食以外はご飯も作らなくていい(昼は簡単なものならぼくが作るが、たいてい妻が息子の分も含めて作り置きをしてくれている)。半主夫的生活とはいえ、ずいぶん楽をしているような実感がある。

もっとも、日中子どもと過ごす分、仕事に割ける時間は減った。今では平日の夜と、週末に妻が子どもをみているあいだしか、まとまった時間を取るのは難しい。でも、まぁそれに関しては、自分が納得して受け入れたことなので不満はない。妻は妊娠と出産によって2年近く仕事をせずにいてくれたのだ。次は自分の番という気持ちだし、幸いぼくの仕事は自営業で、育休の取りにくい会社員ではないのだから、できる限りのことはしたい。

子供の成長を間近で見られる幸せ

とはいえ、毎日1歳半の息子と2人きりだ。いろいろと大変なこともある。子どもを育てたことのある人なら誰もが経験することだろうが、出先で大荷物なのにベビーカーに乗りたくないと泣かれたり、おむつをすぐに替えられないような場所でうんこをされたり、育児の思うようにいかなさに辟易(へきえき)することは少なくない。妻の友だちが、抱っこしても泣きながら身をよじらせて抵抗する我が子を、活(い)きの良い「鮮魚野郎」と名付けていたが、子どもが言うことを聞かないときの疲労感は本当になかなかのものだと思う。

加えて、これはぼくが男性だからなのか、あるいは自分の性格から来るものなのかはよくわからないのだが、育児のことを妻以外の人間と共有できないところがある。たとえば、妻がしているように、子どものいる友だちと情報交換のメールをしたり、一緒に児童館やランチに行ったりすることができない。

子どものいる同性の友だちは、みんな当たり前のように外で働いているから、会おうとなっても家族ぐるみで付き合うしかないし、異性の友だちは(お互いに結婚して疎遠になったのもあるけれど)やっぱりなんとなく誘いにくい。

これは自分の家族でも同じで、ぼくは実家の家族に、たとえば母に頼るということができない。どうしてなのかは自分でも謎なのだが、もしかすると困ったときに母親に助けを求めるのが、なんだかマザコンっぽく思えたり、妻がぼくの母親に気を遣ったりしそうだからというのはあるかもしれない。

だからいつも、息子と2人きりで遊ぶことになってしまう。もちろん横のつながりが欲しいならパパサークルに入るという方法もあるのだが、グループの付き合いはいろいろと面倒なことも多いので、どうも気が進まない。

そんなわけで、日々育児に取り組む中で、ちょっとした寂しさや孤独を感じることはあるのだけれど、今のところどうにかそれなりにやっている。接する時間が増えたからか、息子のことが前よりももっと身近に感じられるようになったし、昨日までできなかったことが急にできるようになる、子どものちょっとした成長をいつも間近で見られるのはいいものだ。

LeManna / Getty Images

「子育て」は今しかできない……そこから得られる気づき

普段育児をしていて「男性が育児をする方が向いているのでは?」と感じることも多い。たとえばベビーカーを押していて、それなりの階段があったとしても、エレベーターを探すことなく子どもを乗せたまま運べるし、単に抱っこするのでも、やっぱり男の人の方がどうしたって負担は軽い。

それから電車の中などで、子どもが泣いたときに「うるさい!」と怒鳴られたり、子どもを連れて歩いているとわざとぶつかられたりする、という話を聞いたことがあるのだけど、今のところそうした目にあったことは一度もない。おそらく、相手が女性だから強気に出られるのであって、男性に対しては尻込みしてしまうところがあるのではないだろうか。

他にも、これまで息子を一人でみることが多かった妻から「言葉の通じない生き物とずっと一緒にいると疲れるよ」と言われていたのだが、ぼくはそんなに他人と話したい欲がないので、その部分にかんしては、正直ストレスが溜(た)まることがない。先にも書いた通り、育児のことを他人と共有できないのは確かなのだけど、本当にたまに「友だちと一緒に遊べたらなぁ」と思う程度なので、そもそも誰かと何かを共有したいということ自体にあまり興味がないのかもしれない。

それにしても、たった数カ月一人で子どもを見ているだけで、実にいろんなことを感じたり考えたりするものだ。実際にやってみなければわからなかったことや気づかなかったことがたくさんあるし、子育てがいつでもできるわけではないことを思えば、今、がっつりと育児をさせてもらっているのは、かなりありがたいことなのかもという気もしてくる。

まぁ、この辺りは、ぼくの仕事が物書きで、体験することすべてが肥やしになるのが大きいのかもしれないが、いずれにせよ、決して退屈ではない時間を過ごさせてもらっていることに違いはない。

理想の父親像を求めて

最近、息子を連れて歩いていると、知らないおじさんとかおばさんに「お父さんと一緒でいいねぇ」と声をかけられる。ときには、ぼくが毎日子どもをみていると知ると、えらく感心する人もいて、男性が育児をしているだけで褒められる時代に、自分はどうあるべきなのか、とぼんやり考えることもある。褒められてもおごらずに、ごく普通に育児をしていたいとは思うけれど、周りの人が言う些細(ささい)な言葉に自尊心をくすぐられることもないとは言えない。

このコラムは、本業に引きつけた形で2019年の展望を書いてほしいという依頼だったのだけど、ぼくの今の本業は育児だなと思ったので、その現状について書かせてもらった。

こんなのは展望ではないと言われてしまえばそれまでだが、ぼくは今自分のしていることが、近い将来、この国でそう珍しくないことになるような気がしている。旧来的な男性の生き方を踏襲したくないし、かといってイクメンなどという流行りの存在になりたくない男性は、名乗り出ないだけで、実はたくさんいるのではないか。これからも迷ったりつまずいたりしながら、自分の思う父親像を模索していきたいというのが、今年のぼくのささやかな抱負だ。

■プロフィール
白岩 玄(しらいわ・げん) 1983年生まれ。京都市出身。2004年、小説『野ブタ。をプロデュース』で文藝賞を受賞し、小説家デビュー。同作は芥川賞候補作になり、テレビドラマ化。70万部のベストセラーになった。著書に『空に唄う』『愛について』『未婚30』『ヒーロー!』など。Twitter(@gegenno_gen

■BOOK

『たてがみを捨てたライオンたち』
集英社/1600円(税別) 白岩玄 著

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モテないアイドルオタクの25歳公務員、妻のキャリアを前に専業主夫になるべきか悩む30歳出版社社員、離婚して孤独をもてあます35歳広告マン。いつのまにか「大人の男」になってしまった3人は、弱音も吐けない日々を過ごし、モヤモヤが大きくなるばかり。

幸せに生きるために、はたして男の「たてがみ」は必要か? “男のプライド”の新しいかたちを探る、問いかけの物語。

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