筋トレとの距離感

羽田圭介「筋トレより大事なことがある」 ビルダー以外の過剰な筋トレは不毛と結論

  • 文・斎藤 岬 撮影・江森康之
  • 2019年1月21日

  

2015年、「スクラップ・アンド・ビルド」で芥川賞を受賞後、記者会見でのユニークなキャラクターが注目を浴び、メディア出演が激増した作家の羽田圭介さん。

中高時代から部活などを通じてウェートトレーニングに励み、テレビ番組で筋肉トレーニングを実践したり、肉体を披露したりしたこともある。小説家になった後も続けているという筋トレは、執筆活動にどのような影響を与えているのだろうか。羽田さんの答えは極めて明快だった。

芥川賞をとったら体形がどうでもよくなった

――芥川賞を受賞された直後のテレビ番組の密着企画で、自宅で筋トレしている姿を公開していたのが印象に残っています。今はどんなトレーニングをしているのでしょうか?

羽田圭介(以下羽田) ずっと自宅でしていましたが、17年の9月からジムに通い始めました。内容としては、バーベル100キロのスクワットを11回、90キロで10回、85キロでまた10回やって、40キロくらいのバーベルを4セット目で結構な回数やって限界まで追い込むメニューを最初にやります。

あとはアブダクション(*)、アダクション(*)を68キロで10回前後を3セットやって、レッグカール(*)、カーフレイズ(*)をぎりぎり10回できる重さで、調整しつつ10回を3セット。ベンチプレスはあまり得意ではありませんが、75キロを10回、70キロを10回、65キロを10回、って感じですね。最後に何も付けてない20キロで腕がパンパンになるまで数十回やります。それから懸垂、ラットプルダウン(*)、腹筋、背筋……という感じです。ダラダラやるのが嫌なので、全部やるときでも40分くらいで終わらせます。

*トレーニングの説明

アブダクション:両足を開閉するなどして中臀筋などの筋力・筋量を増やすトレーニング

アダクション:足を体の内側に向かって閉じるなどして、内転筋などを鍛えるトレーニング

レッグカール:ひざを曲げて伸ばすトレーニングでハムストリングなどを鍛えるトレーニング

カーフレイズ:重量のあるプレートをつま先で押すなどしてふくらはぎなどを鍛えるトレーニング

ラットプルダウン:座った状態で重量のあるバーを引き上げ、上腕二頭筋、広背筋などを鍛えるトレーニング

自宅でも鍛えているという羽田さん。よくやるのは、片足のつま先だけでマットに乗り、かかとを上下させてふくらはぎを鍛えるトレーニング

——筋トレはいつからやっているのでしょうか?

羽田 軟式テニス部に入っていた中学1年生の冬からですね。中学生ってだいたいやせてるじゃないですか。当時からよく洋画を見ていて、出てくる人がみんなムキムキだったので、日本人の体形は情けないなと思って、部活以外でもやるようになりました。母親がダイエット用に買った2キロのダンベルを借りたり、高1の誕生日プレゼントにホームセンターで10キロのダンベルを2本買ってもらったりしましたね。その頃はK-1ブームで、学校の廊下で毎日昼休みに格闘技をするのが恒例になっていて、周りもみんな強くなるための研究をしてました。

――そこから今に至るまで、筋トレをしていなかった時期はない?

羽田 どんなにやっていなくても、1カ月以上何もしなかった時期はないですね。大学時代は遊ぶのが楽しくて「筋肉とかどうでもいいや」と思いつつ、合コンの前にはすごく筋トレしてた気がします(笑)。痩せたりムキムキになったりすればモテると勘違いしてたので……。大学を卒業したあと、会社員を1年半やって専業作家になったら、自宅にひとりでいる時間が長くなった。そういうときに散歩する作家が結構いますが、僕はケチくさい性格なのでそれじゃ太りはしないけど何も残らない、と思いまして。それで、短時間で健康にもいいし気分転換にもなって体に残ることをやろう、と思って自重トレーニングやダンベルトレーニングをちゃんとやるようになりました。でも、芥川賞をとったら体形がどうでもよくなった。

――なぜですか?

羽田 15年6月に芥川賞ノミネートの連絡がきたとき、「もし受賞したらメディアに出るだろうし、そのときの見栄えをよくしたほうがいいよな」と思って、体重を落とすために結構ハードにトレーニングをしたんです。記者会見のときは72、73キロで、今よりだいぶ痩せてました。でもそのあと、メディアにたくさん出るようになって、テレビ局の弁当が物珍しくて1回に2、3個とかバクバク食べまくっていました。筋トレする暇もなくて、ストレス発散みたいにバカ食いしてブクブク太ったけど、本は売れるしみんな注目してくれる。結局、男が痩(や)せたとか太ったとか、誰も見てないんだなって。仕事をこなすかどうかが大事なのであって、自分の内面世界ばかり見ていても仕方ないと思ったんです。だから太るがままに任せて、80キロ台に突入してました。

――そこから筋トレに気持ちを向け直すのは大変そうですね。

羽田 16年に仕事でライザップを体験して、初めて2カ月間ジム通いをしました。ライザップの食事制限には疑問もあるのですが、トレーニングにおいては、自分が思っているより上にある本当の限界まで誘導してくれるトレーナーの重要さを知りました。それまでずっと自宅でできるトレーニングだけだったので、初めてフリーウェートを正しいフォームでやって、これはこれでありだな、と。

筋肉が最も目立っていたのは胸板だった。分かりやすいように脱いでもらったのが次の写真

腕もかなりたくましいが、それ以上に胸の隆起に目を奪われる

筋トレはヒマ人の行為

――芥川賞受賞作の『スクラップ・アンド・ビルド』には、ニートの主人公が自宅でハードに追い込むトレーニングをするシーンがたびたび出てきます。あれはご自分が筋トレしているときの感覚から来ている描写なのでしょうか?

羽田 それもなくはないと思いますが、「自宅でヒマしてるやつ」ってことでああいう風に描いています。ヒマな人って筋トレするじゃないですか。そのイメージです。僕は昼間にジムに行ったりもしますが、その時間に来てる人って、仕事をしてない人か、経営者のような時間の自由があるタイプのどちらかに二分される。筋トレする人って大きくその2パターンな気がします。

――この数年、一部で「デキる男は筋トレをする」と説かれ、いろいろな出版社から自己啓発系の本が登場するなど、筋トレが自己啓発・自己研鑽(けんさん)の一環として注目されています。羽田さんはトレーニングを通じてメンタリティーが変わったと思うところはありますか?

羽田 ないですね。僕は筋トレってわりと不毛なことだと思っていて、いつも「血管に負担のかかる、こんなに健康に悪そうなことやるのか」って思いながらやっています。欧米人がちょっと鍛えれば簡単に維持できる筋肉量に、日本人はめちゃくちゃトレーニングして食事も摂生して苦労しないとたどりつけない。それってあまり自然じゃないし、自然じゃないことをやり続けるのは体に良くないと思う。筋トレに限らず、みんな得意なことをやるべきではないでしょうか。

――不毛と思いながらずっと続けている、と。

羽田 そうですね。僕は「ムキムキになりたい」というよりは痩せたいんです。でも有酸素運動で痩せるって、そぎ落とす感じじゃないですか。「そぎ落とす」ってマイナスの考えだと思いますが、それよりも何かプラスするほうが好きっていう、アッパー志向がどこかしらあるんでしょうね。そぎ落とすのはどこか貧乏くさいし、プラスする努力をできない人の言い訳みたいじゃないですか。だから肉体に関しても、ただマイナスしただけのガリガリは嫌なので、筋トレをしてます。

最も鍛えているのは下半身とのこと。近くで見ると両脚とも相当な厚みがある

――集中力が上がったとかクリエイティビティーが上がったとか、作家としての仕事に好影響はなかった?

羽田 気分転換にはなるかもしれない、くらいの感じですね。ハードにトレーニングして全身筋肉痛になったり、糖質制限したりしてたら、むしろパフォーマンスは落ちますよ。糖質制限に激しい筋トレをやっていた頃は仕事が手につかなくて、小説の執筆も直しも停滞しましたから。むしろ損失のほうが大きかった。そんなにキツくない、『ガッテン!』(NHK)で紹介されるくらいの軽い運動を細く長くやるほうが健康にはいいと思いますよ。

現代社会で必要なサバイバル能力は気軽に人と話せる性格

――ジムでウェートトレーニングをして、より重いものが挙げられるようになったとき、自分の身体の機能が拡張しているような喜びを感じることはないのでしょうか?

羽田 扱える重量や回数が増えるのは、機能が拡張するという感じじゃないんですよね。何か神経に残る技がほしいと思って、この半年くらい、ダンス教室に通っています。筋トレって何も残らなくて虚しいんですよね。重いものを持ち上げて何になるんだろうって。「有事の際に」とか言っても、有事の際には自分ひとりでは何もできないと思うので、助けを素直に乞える人が有利じゃないですか。だから、現代社会のいちばんのサバイバル能力は気軽に人と接することができる能力で、二番目が経済力だと思う。けんかが強いとか筋肉があるっていうのは、強さとしてはだいぶ下のほうですよ。筋トレするヒマがあったら、友達をつくったほうがいいと思う。心の健康のためにも。

――でも巷では、自己啓発系の筋トレ本やNHK『筋肉体操』などを通じて「筋肉は誰にも奪われない」「筋肉は裏切らない」といったフレーズが話題になったりもしています。

羽田 何もしなくても筋肉がつく人はそうでしょうけど、日本人の体質的には、筋トレは時間が奪われるものですよね。筋肉を維持するために、すごくいろんなものを犠牲にすることになる。食事とか時間とか集中力とか。やめたらすぐヒョロヒョロになっちゃう人は、もっとほかのものにエネルギーを割いたほうがいいんじゃないかな、と思います。それを本当に生きがいにしている人を否定はしないですけど、無理して中途半端に真似ようとするのはやめたほうがいい。「筋トレでメンタルが変わる」っていうのは順番が逆で、地味で苦しいことを続けられる人が筋トレをやっているだけです。

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