筋トレとの距離感

「筋トレは脳を賢くする可能性がある」 石井直方・東大教授の筋トレ談義

  • 文・中野 慧 撮影・逢坂 聡
  • 2019年1月25日

  

独自の筋トレ礼賛ツイートが話題を呼び、フォロワー数67万人を超える(2019年1月24日現在)匿名のツイッターアカウント「Testosterone」さん(本業は社長)、NHK「みんなで筋肉体操」で人気に火がついた弁護士・小林航太さん、ムキムキすぎる歯医者・嶋田泰次郎さん、筋トレでシェイプアップしたボディーが話題の実業家・与沢翼さん――。この数年、肉体自慢のエリートたちが注目を集めている。

筋肉量の増大が体力向上や健康維持に好影響なのは言わずもがなだが、筋トレは知的活動などにも良い影響を与えるのだろうか。パワーリフティング選手、ボディービルダーとして数々の輝かしい実績を残したほか、現在は「筋肉博士」の異名を取り、理学博士として東大で教鞭(きょうべん)を執る石井直方教授に見解を聞いた。

「筋トレは不健康」「ボディービルは知的ではない」という時代も

――最近の筋トレブームのなかで「筋肉が知性に影響を及ぼす」ということも言われるようになりましたが、科学的にもありえることなのでしょうか?

石井直方(以下、石井) 結論から言うと、ありえます。研究面でのエビデンスはいくつか出てきているんですね。かつて筋トレは、健康や知的活動へのメリットはないと考えられていました。筋肉を鍛えてマッチョになるのは知性と対極にあって、ボディービルも「least intelligent(もっとも知的でない)」と言われていた。研究の世界ではアメリカの学会を中心に、「筋トレを一生懸命やっている人は血圧が高い」「血中脂質が悪い」「余命も短い」という研究結果が多く発表されていました。

――潮目が変わったのはいつごろなのでしょうか。

石井 1990年頃ですね。その時期を境に筋トレの意義が見直された。2000年以降に日本をはじめ多くの先進国で高齢化が著しく進み、医学の分野で「筋肉は健康長寿のために重要なのでは?」という見方が強くなって、「筋肉量が少ない人は寿命が短い」という疫学的なデータも出てきた。「日常的な活動量が多い高齢者と少ない高齢者を比べたら、明らかに認知症の発症率が違う」という研究結果もあります。身体を動かすことで脳に様々な情報が送られることがその理由と解釈されていますが、それだけでなく、筋肉が動くことそれ自体が脳に直接的に影響を及ぼしているとも考えられます。

  

――情報量の増加による脳への刺激だけでなく、筋肉そのものの活動が重要、ということでしょうか。

石井 筋肉をよく動かすことで筋肉そのものから分泌される生理活性物質を総称して「マイオカイン」と言いますが、そのなかのひとつが脳に作用して神経細胞を増加させたり、減少を防いだりする効果を認める研究があるんですね。僕の研究室ではネズミを筋トレさせて脳の変化を調べています。もちろんネズミに頼んでも筋トレしてくれないので(笑)、麻酔をかけて眠らせ、筋肉を直接電気刺激し、人間と似たような筋トレをさせたのです。

その結果、麻酔をかけているので脳自体は活動していないにもかかわらず、ネズミの脳の中で神経細胞を増やす物質が増加していました。筋トレ自体が脳を賢くする可能性が示唆されたわけです。マイオカインの中には脳に働くだけでなく脂肪を減りやすくしたり、大腸がんを防いだりする物質があることも報告されています。「筋肉があって」「それが動く」ということが全身の健康や機能に深く関わっているのではないか、というのが今の僕の考えです。

――だとすると、ボディービルダーのように筋肉量が多ければ多いほど賢くなる……ということになるのでしょうか?

石井 やっている人はそう信じたいでしょうけど(笑)、さすがにちょっと論理の飛躍がありますね。ただ、筋肉の量が多いとマイオカインの量も増えるので、単純に考えると、一定量の筋肉を維持し活動させることが、脳を賢くすることにつながる可能性はあります。

  

筋トレブームの要因は健康志向の高まり?

――筋トレ文化の歴史についても伺いたいのですが、発祥はいつなのでしょうか?

石井 古代ギリシア・ローマ時代にはすでに「筋肉は鍛えれば強くなる」という発想があったようです。近代でいえば19世紀末、プロイセンで力業師として活躍したユージン・サンドウという人が筋肉の鍛え方を体系化して書物にした。やがて力比べ好きの人たちのあいだにトレーニング方法が広がってウェートリフティングという競技が生まれ、レスリングの選手などにも伝播していったようです。

――日本でフィットネスジムが普及し始めたのは?

石井 1980年以降でしょうね。僕がトレーニングを始めたのは70年代ですが、当時のジムは今の感覚からすると「道場」みたいなもので一般人には垣根が高かった。その10年前くらいですかね、60年代ころから大学生たちがボディービルを始めてだんだん広がり、80年頃にはトップレベルのスポーツ選手がやり始めた。80年代前半には女性のボディービルコンテストが日本で初めて開かれ、世間的な注目度も高まって、大手のフィットネスクラブが街中にできました。フィットネスクラブが、楽しみながら運動ができてシャワーを浴びて帰れる銭湯のようなイメージになったのも大きかった。

  

――現代日本の筋トレブームの要因としては、やはり健康志向の高まりが大きいのでしょうか。

石井 超高齢社会に突入して社会保障費の増加が深刻な問題として浮上し、国がリードして「メタボを予防して生活習慣病にかからないようにしましょう」というムードが生まれたのが2000年代初頭ですよね。僕らのような筋生理学研究者は1990年頃から「健康のために筋肉鍛えるのがいいですよ」と言っていましたが、僕らがそう言ってもあまり響かなかった(笑)。2000年代以降に臨床医学系の学会も筋トレを推奨し始めて、そちらの影響力が大きかったと思います。

――「人生100年時代」と言われるなかで、高齢者がジムで筋トレをする光景も普通になりました。

石井 90歳以上になっても鍛えれば筋繊維の1本1本は太くなるんです。ただ、ひとつ問題点があって、学会や関係機関などは「高齢の方が筋肉を鍛える際には、若い人と同様の重い負荷でやらなければダメですよ」という見解を出している。しかし高負荷トレーニングは専門的なトレーナーにつきっきりで見てもらわないと危険です。負荷が軽くてもちゃんと筋肉はつけられる。だから僕はスロートレーニングや速歩(健康のためにそれなりの速さで歩く運動)の普及に力を入れています。

石井直方教授のボディービルダー時代の実績

「筋トレ=万能」という価値観は極端!?

――現代日本の筋トレ文化にはアメリカからの影響もあるように思います。00年以降、「欧米のエリートは筋トレをする」という話もよく出るようになりました。

石井 僕が運動生理学・筋生理学の研究の世界に入ったのは1990年頃ですが、当時はちょうどアメリカの学会で筋肉を鍛えることが再評価されはじめた時期でした。それ以前のアメリカは「エリートは健康のためにエアロビクスやランニングをする」という雰囲気でしたが、90年代以降に「健康のために筋トレをしましょう」という風に一気に変わった。同時期にアーノルド・シュワルツェネッガーやシルベスター・スタローンのような俳優が人気になったことも、社会的な影響としてはあるでしょうね。

――日本では近年、経営者をはじめエリート層が筋トレに打ち込んでいる印象があります。

石井 体づくりは半年後、一年後を思い描きながらやらないといけない。計画的に物事を進められるエリート層の人たちはそういった面で筋トレに向いているのかもしれないですね。

ただ「筋トレすると賢くなる」と言ってしまうと「じゃあ勉強やめて筋トレしよう」という誤解を招いてしまうと思います。筋トレはいわばコンピュータのCPUの性能を上げるようなもの。筋トレをして頭を冴えた状態にし、その上で勉強してようやく、相乗的に効果が出てくると考えたほうがいい。SNS上では「筋トレは人生のあらゆることに好影響を及ぼす」という論調がウケていますが、それはちょっと極端です。僕も今の筋トレブームの火付け役の一人なのかもしれませんが(笑)、体をしっかり鍛えて保つことが必要なのであって、世の中にはもうちょっと冷静になってほしいという気がしますね。

  

[PR]

この記事を気に入ったら
「いいね!」しよう

今、あなたにオススメ

Pickup!

Columns