小川フミオのモーターカー

初代から180度変わって設計・開発された2代目「FFジェミニ」

  • 世界の名車<第245回>
  • 2019年1月28日

FFジェミニの広告は欧州で撮影されしゃれた雰囲気だった

初代「いすゞ・ジェミニ」は自動車開発の教科書があれば、そこに載るようなオーソドックスな後輪駆動のセダンだった。1985年に「FFジェミニ」の名で発表された2代目は、180度変わって、前輪駆動を採用し、かつハッチバックがメーン車種となった。

74年登場の初代は、この連載でも取り上げたように、味のあるいいクルマだった。ただしパワーも操縦性もスタイリングも、80年代にはやや時代遅れ感が出てきたのは事実だ。

いすゞ自動車の技術者が、当時深い提携関係を結んでいたゼネラルモーターズ(GM)の手を借りずに自分たちだけで設計・開発した、とされているのが2代目である。GMのネットワークで北米をはじめ、多くの国で販売されることも見込まれていた。それだけに期待大で、私も大々的な発表が行われたのを記憶している。

全長3960ミリとコンパクトで2ドアのみだった

デザインを担当したのはジョルジェット・ジウジアーロひきいるイタルデザインだ。一般的にイタルデザインの特長は機能性と審美性のマッチングにあるが、このFFジェミニはどちらかというとスポーティーさが強調されていた。とくにハッチバックはルーフの前後長を短くしてハッチゲートを大きく寝かせたスタイルが印象的である。

当初は軽量がセリングポイントの新開発1.5リッターエンジンを搭載しており、すなおな操縦感覚は好感が持てた。日本のクルマづくりが飛躍的に伸びた時代にあって、FFジェミニも、インタークーラー付きターボチャージャーを備えたり、海外のブランド(イルムシャーやロータス)を使ってスポーティーな仕様を仕立てたり、これ1台であらゆる役目を担わされた感もあった。

そういえば、先行して83年に登場した「いすゞ・アスカ」に搭載されていた「NAVI-5」というコンピューター制御のセミオートマチック変速機も、FFジェミニに採用された。

いすゞが開発した「NAVI-5」は、ふつうのマニュアルに見えるギアセレクターがあって、ちょっと動かすとクラッチが切れる。そのあとギアを入れるようにレバーを操作すると、クラッチがつながってギアシフトが行われるという機構だ。

メータークラスターの左右にスイッチを配するなどイタルデザインらしさを感じさせるダッシュボード

ソフトで座り心地のいいシートもイタルデザインらしいデザインだ

FFジェミニは期待大だったのだが、いすゞが抱えていた問題に、トヨタ、日産、ホンダ、三菱といった競合に対して乗用車の販売力が弱かった点がある。他社が矢継ぎ早に新車を投入していくなかで、肝煎りで開発されたはずのFFジェミニの存在感は薄れていってしまった。

スポーティーないすゞ車に設定されていた「イルムシャー」仕様をセダンとハッチバックともに86年に追加した

イルムシャー仕様に用意されたのは独レカロ社のスポーツシート

90年に3代目に代わり、以降いすゞの乗用車づくりは先細りになっていく。日産やホンダやスバルの製品を「いすゞ車」として販売するいっぽうで、当時の言葉でいうRVやミニバンに特化していく。本業のトラックのイメージが強くなっていって、60年代に定着した“しゃれたスポーティーな車を得意とする湘南の自動車メーカー”というイメージは残念ながら風化してしまった。

イルムシャーの革巻きステアリングホイールはグリップの太さといい手になじむ感覚といいとてもよかった

いすゞは持ち株会社の関係で、古くから、輸入車販売で知られる「ヤナセ」と業務提携を行ってきた。たとえばクーペの「ピアッツァ」などもヤナセ専用モデルが設定されていた。

でも80年代になると、ヤナセの取り扱い車種のなかで最も高い報賞金(販売員への歩合)が出るのがいすゞ車だったと聞いたことがある。それほど売るのが大変になってしまったということなのだ。

そういうところが惜しい。

写真=いすゞ自動車提供

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PROFILE

小川フミオ(おがわ・ふみお)

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クルマ雑誌の編集長を経て、フリーランスとして活躍中。新車の試乗記をはじめ、クルマの世界をいろいろな角度から取り上げた記事を、専門誌、一般誌、そしてウェブに寄稿中。趣味としては、どちらかというとクラシックなクルマが好み。1年に1台買い替えても、生きている間に好きなクルマすべてに乗れない……のが悩み(笑)。

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