「夜ヒット」もスポーツ感覚/古舘伊知郎連載5

「夜のヒットスタジオデラックス」の新司会者として登場した古舘伊知郎とメーン司会の芳村真理(1985年10月2日撮影)

来月5日に“ロックの聖地”の東京・新宿ロフトでフリーアナウンサー古舘伊知郎(64)が、トークライブ「戯言(ざれごと)」を開く。今年4月に母校立大の客員教授に就任して、講座「現代社会における言葉の持つ意味」を担当している。テレビ朝日のプロレス実況で売れっ子になって84年に退社。85年10月からは音楽番組のフジテレビ系「夜のヒットスタジオDELUXE/SUPER」の司会を担当した。【取材=小谷野俊哉、山内崇章】

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僕の中では「夜のヒットスタジオ」もスポーツ感覚で、あんまり変わらないです。

例えば、五木ひろしさん。常に演歌の王道を歩んできた五木ひろし…今日歌ってくれる歌…なんて、七五調でやったりする。これ、テンポを変えれば、猪木花道を入場してまいりました…と、一緒なんですよ。

テンポを速くすればスポーツ実況、テンポをゆっくりすれば七五調の歌の司会になるんで、何も変わってないですね。

あとはもう、(コンビを組んだ芳村)真理さんが時間を読まない人だから俺が時間を計算して、25秒で中森明菜インタビュー締めて、歌の方に。じゃ「難破船」歌ってください。これ以上やると、真理さん、難破しちゃいますよ、と。どうぞって。これスポーツ感覚ですよね、時間見て残り5秒とか。

だって、「夜のヒットスタジオ」なんか、いっぱい歌手を詰め込んで、2時間生放送で「デラックス」って名前がついてるわけだから、絶対に放送事故にならないように歌を全部紹介して、紅白歌合戦と一緒で、締めなきゃいけない。生で。もうね、すごいんですよ、ストレスが。だからスポーツ実況とあまり、速さもテンポ感も自分の中ではあまり変わらなかったですね。

疋田(拓)さんってプロデューサーの方が仕切って、カメラ割りから全部絵割りもやってました。ディレクターでスタジオを仕切ってたのが、今のポニーキャニオン副社長の井上信悟さん。仕込んだペンギンも仕切ってましたからね。下手、下手!って。ペンギン、分からないから…下手寄れって、ほら! って。(松田)聖子ちゃんの歌の前に、ペンギンいらねー、とかいろいろ言うんですよ。ペンギンに演出してるよ、って。まあ、テレビが一番良かった頃、花のディレクターでしたね。

それこそ、タモリさんとか、たけしさんとか、さんまさんとかね。バラエティー、お笑いの大御所はいっぱいいるし、とんでもないんですけど。ただ、テレビが良い時代に歩ませてもらったなという、今思えばほんと。

でも、その真っただ中にいる時、今が幸せの骨頂だとは思ってないですよね。未来も予見できてないし、ネットの予見もできてない、テレビって、その一番中心で見られている娯楽のメディアでしょって思ってるわけだから。今みたいにテレビも含めていろんなものが出てきて、多様性、多様化した時代をわかってないから、今思えば良い時代だった。その時は、あんまり思ってないですね。今ほんと思いますよね。(続く)

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◆古舘伊知郎(ふるたち・いちろう)1954年(昭29)12月7日、東京都生まれ。立大卒業後の77年にテレビ朝日入社。同8月からプロレス中継を担当。84年6月退社、フリーとなり「古舘プロジェクト」設立。85~90年フジテレビ系「夜のヒットスタジオDELUXE、SUPER」司会。89~94年フジテレビ系「F1グランプリ実況中継」。94~96年NHK「紅白歌合戦」司会。94~05年日本テレビ系「おしゃれカンケイ」司会。04~16年「報道ステーション」キャスター。現在、NHK「ネーミングバラエティー 日本人のおなまえっ!」(木曜午後7時57分)司会など。血液型AB。

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