複線型のすすめ

9回の転職の後、NPO法人設立 笑っている父親(1)

  • 文 松崎幸治
  • 2013年7月2日

写真:安藤哲也(あんどう・てつや)<br />
1962年、東京都出身。妻と高校生の長女、中学生の長男、保育園児の次男。1985年から3つの出版社に勤務した後、94年に「田村書店」店長、96年からは「往来堂」店長も兼務。2000年にネット書店「bk1」を立ち上げて店長に。03年にNTTドコモに転職、04年には楽天へ移って「楽天ブックス」店長を務めながら、「ファザーリング・ジャパン」を立ち上げる安藤哲也(あんどう・てつや)
1962年、東京都出身。妻と高校生の長女、中学生の長男、保育園児の次男。1985年から3つの出版社に勤務した後、94年に「田村書店」店長、96年からは「往来堂」店長も兼務。2000年にネット書店「bk1」を立ち上げて店長に。03年にNTTドコモに転職、04年には楽天へ移って「楽天ブックス」店長を務めながら、「ファザーリング・ジャパン」を立ち上げる

写真:子どもらに絵本の読み聞かせをする安藤さん=09年1月、東京都葛飾区内で子どもらに絵本の読み聞かせをする安藤さん=09年1月、東京都葛飾区内で

 出版社3社、町の本屋の店長を7年間で2カ所、NTTドコモでの電子書籍事業の立ち上げなどを経て楽天ブックスの店長を最後にサラリーマンをやめるまで、安藤哲也さん(50)は9回の転職を繰り返した。若い頃は仕事のやりがいや収入などを考えてステップアップしたが、子どもが生まれ、自ら子育てをするようになって、生き方を変えることになる。

 楽天在職中に、父親の子育て支援をする「ファザーリング・ジャパン(以下、FJと略称)」という組織を立ち上げ、この活動に専念するために会社勤めをやめる決断をした。「ファザーリング」とは「父親であることを楽しもう」という意味で、組織の目標は、仕事も子育ても社会活動も趣味もトータルで人生を楽しめる「笑っている父親」を増やすことだ。長時間労働を強いられがちな会社で仕事中心の生活を送る男性は多いが、「その生き方で本当に幸せなのか」という問題意識が安藤さんにはある。家庭内の殺人事件、一人孤独に子育てをする母親や家庭環境に問題を抱える子どもらによる事件を見聞きするにつけ、父親の役割を深く考えるようになった。

 34歳のとき、妻のお腹にいる子どもが女の子らしいと分かり、100冊の絵本を購入した。本屋の店長だったから、本を探すのはお手の物だ。母親では選ばないような、怖い話から、科学的な話、戦争などの悲惨な話、ウンチなどのちょっと汚い話まで、あらゆるジャンルの本を用意した。安藤さんは、男性が父親になるには意識の変革が必要だと考えている。コンピューターの基本ソフトである「OS」という言葉を使いながら、「女性は妊娠・出産を通して自然に母親としての新しいOSにアップデートされますが、男性は自覚的にOSを更新しないとだめ」という。絵本を買うことが、安藤さんにとっての更新作業の一つだった。

 会社員の妻は半年で復職する予定だったので、保育園の送迎を考えて、自宅からも店長を務める本屋からも、自転車で15分の距離の保育園を確保した。陣痛が始まるころ、出産に立ち会うために妻の実家がある富山県の病院に駆けつけた。初産のせいか、生まれてくるまで60時間もかかり、一度、都内の本屋に戻って2時間ほど仕事をしてトンボ返りすると、ちょうど分娩台に向かうタイミングだった。

 生後半年から長女が7歳になるまで、ほぼ毎晩、2冊の絵本を読んだ。おかげで絵本の世界の奥深さに気づかされた。同じような経験をしていた2人の父親と、2003年6月に「パパ's絵本プロジェクト」を立ち上げることになる。居酒屋に絵本を抱えた男3人が集まり、それぞれの絵本への思い入れや育児観などを話しているうちに話がまとまり、翌月にはインターネット上に父親向けのサイトを立ち上げて、お薦めの絵本30冊以上を紹介、各人が育児日記を書いた。

 都内の書店で初めて開いた「絵本おはなし会」には、約40人の親子が参加した。週末には各地の図書館や公民館、書店などへ出向き、絵本の朗読会を続けた。「初めて出会う子どもらでも、絵本を読めば、すぐに打ち解けてくれます。行く先々で反応が違っていて、ライブの楽しみがあります」と安藤さん。ふだん育児にかかわっていない父親でも、絵本というツールがあれば子どもとコミュニケーションができると考えて、「毎月第3金曜日はパパが絵本を買って帰ろう」というキャンペーンもした。

 翌年からはプロの音楽家もメンバーに加わり、ウクレレなどの演奏も交えた父親4人による「出前絵本おはなし会」は、物珍しさもあってメディアに頻繁に取り上げられるようになった。お呼びがかかると、交通費と飲食代程度の謝礼で全国各地へ出向き、10年間で約500回の「会」を開いている。参加者は当初の母子中心から、徐々に父親の参加率が上がった。そのうち安藤さんは、不思議な父子の姿に気づくようになる。おかしな絵本を読んで会場が爆笑の渦になっても、笑わないのだ。子どもは「笑っていいのかな」というような眼差しで父親を見るが、父親は表情を変えない。こうした父子が、どこの会場でも1、2組はいた。その数が徐々に増えてきているように感じた。「家で両親に笑顔がないから、子どもも笑い方を知らないのでは。このままではまずい」という焦りが安藤さんの中でくすぶるようになる。

 06年6月に奈良の高校生が自宅に放火し、母親と弟、妹が焼死する事件が起きたことで、その焦燥感は危機感に変わった。父親による虐待が事件の背景にあるとされたからだ。安藤さんは「家族の悲劇を、これ以上見たくない」とFJを立ち上げることにした。知人に声をかけたところ13人の賛同者が集まり、その年の11月に設立。スローガンは、「父親が変われば、家族が変わる。地域が変わる。企業が変わる。そして、社会が変わる」だ。

 翌年2月には経済研究所と共同で、「父親が子育てしやすい会社」について上場企業を対象にアンケート調査をした。育児休業や子育て支援といった制度の内容と利用実績を尋ね、点数化した。FJをNPO法人として登記を済ませた4月5日には、東京の六本木ヒルズ49階で第1回セミナーを予定した。150人の定員は予約で埋まったものの開場直前、51階に煙が充満するハプニングのせいで、セミナーは2週間余の延期を余儀なくされた。父親に焦点をあてた商品キャンペーンを企画する車やハウスメーカーとタイアップして、「笑っている父親」を増やすPR活動にも取り組んだ。

 楽天ブックスの店長を務めながら、会社の了解を得てFJの活動を続けた。同世代の男性との商談では、会社の名刺とFJの名刺を渡して、子育ての雑談から始めた。「子どもが熱を出した時どうしていますか。FJは父親も看護休暇をとれるよう活動していますよ」といった話に好反応な相手とは、商談がうまくまとまった。「子どもがピンチの時に仕事を休める男性は、仕事の面でも信用できます」と安藤さん。

 FJの活動が広がるにつれて、仕事との両立は難しくなってくる。8月下旬、長女から届いたメールで退社を決意した。「パパ、疲れてるんだね〜。少し休みなよ。あたしがついてるよ」。「笑っている父親」を増やすつもりが、自分がストレスをためて、娘に心配をかけるようではだめだと思ったからだ。妻に告げると、9回の転職歴があるだけに、「4年半もよくもったよね。でも、普通の夫は妻のお腹が大きいときに会社辞めないよね」と皮肉られつつも、「やりたいことをやっている時のパパが一番いい顔してる」と受け入れられた。

 安藤さんが「笑っている父親」にこだわるのは、もう一つ大きな原因がある。「反面教師」になったという父親の存在だ。

(「笑っている父親」の安藤哲也さんは5回のシリーズです。次回は7月9日に配信する予定です。)

       ◇

 仕事以外に打ち込んでいることが、何か、ありますか。生涯、仕事ひとすじで生きられる人生は、幸せなのかもしれません。でも、「右肩上がりの時代」は終わり、あなたの人生もいつ、突然、転換を余儀なくされるかもしれません。複線型で生きていれば、そんな時の対応が違ってくるのではないでしょうか。いろいろな分野で活躍されている方々の生き方を紹介する本シリーズから、何かヒントが見つかれば、幸いです。

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PROFILE

松崎幸治(まつざき・こうじ)

1957年、香川県生まれ。1982年、朝日新聞社入社。86年から大阪本社・社会部で裁判などを担当、『AERA』編集部、東京本社・社会部を経て成田支局長に。「成田空港問題」を連載して出版。99年から電子電波メディア局で「朝日新聞デジタル」の前身「asahi.com」の編集。知的財産センターなどを経て2012年からデジタル事業本部へ。現在、「朝日新聞デジタル」内の新ウェブマガジン「&M」担当。2001年から1年間育児休業取得。

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