前回はデンマークの学校現場でデジタル教育がどのように行われているか紹介しました。今回は、子どもたちがどのようにデジタル機器と付き合っているのか、また社会全体としてどのようにデジタル化が進んでいるのか紹介します。
前回:牧歌的なデンマークの徹底的なデジタル教育 日本が学ぶべきは?
授業中以外は校内でもスマホOK
日本と同じで、デンマークの若者にとっても、スマートフォンは欠かせないものとなっています。デンマークでペダゴー(社会生活支援士)をしている加藤幸夫さんは「国民学校2、3年生からスマホを持つ子どもが多いです」と話します。学校にスマホを持ってくることは通常、禁止されていません。ただ、授業中だけは使わないように先生に預けることもあります。
加藤さんの学校では、「モバイル・パーキング」というコーナーを教室に設けています。授業中はこのコーナーにスマホを立てかけて置いておくことになっています。授業が終了すれば、フリーWi-Fiになっている校内で、生徒は自由に使うことができます。

これだけスマホが若者にも浸透してきた結果、急増しているのがデジタルいじめです。古今東西、老若男女を問わず、人間が集まればいじめは発生する可能性があります。誰しも大なり小なり関わった経験があるのではないでしょうか。学校現場において大きな問題のひとつです。
いじめの中でも、TwitterやFacebookなどのSNSを使ったものや匿名メールなどを使って相手を誹謗(ひぼう)中傷したりするのがデジタルいじめです。ある調査では、デンマークの国民学校9年生の生徒の16%がネット上でいじめを受けたと答えました。逆に、15%がネット上で他の生徒をいじめたことがあると答えました。
また、いじめを受けた者のうち、37%がデジタルメディア上で他の生徒をいじめていたと答えました。この割合が多いか少ないかは受け取る側の意識次第だと思いますが、少なくとも一定の割合でデジタルいじめは存在しているといえます。
禁止ではなくルールを教える
日本では、これだけデジタルいじめがあって被害者がいるのであれば、スマホの使用を禁止するような動きが出てきがちです。しかし、デンマークでは、簡単に禁止はあり得ません。たとえ子どもであっても、スマホを使う権利を他人が奪っていいとは考えないのです。その代わりに何をするかというと、ルールを教えます。
加藤さんの学校でもSNSによるデジタルいじめが起きたことがありました。そのときは、生徒にSNSの使い方について教え、保護者にデジタルいじめについての講義をするという取り組みを実施しました。
「やっちゃいけない、ではなく、書く内容を考えよう、ということです」
加藤さんはこの取り組みの意味について説明してくれました。授業でも低学年のころから、スマホをどう使うかという時間が設けられます。デジタル機器はデンマークのような小国にとっては、現代世界の中で生き抜いていくために不可欠なものです。禁止する、という後ろ向きな考えではなく、あくまで使う前提で、そのうえで使い方やルールを学ぶことが必要なのです。
社会に浸透するデンマーク版マイナンバー
教育現場のみならず、デンマークはあらゆる場所でデジタル化が進んでおり、国連「世界電子政府ランキング2020」で1位となりました。現在はあらゆる行政手続きもオンラインで済ますことが可能です。こうしたデジタルの普及に大きく寄与しているのが、CPRナンバー(中央個人登録・社会保障番号制度)です。
1968年に導入され、国民一人ひとりに固有のCPRナンバーが付与されます。デンマークで生まれた場合は、出生届を出せばもらえます。外国人の自分がデンマークで暮らし始めた時は、役所に届け出たときにもらいました。

CPRナンバーは生年月日と性別などの組み合わせで構成されています。CPRナンバーにもとづいて、さまざまな登録や申請が可能でとても便利です。日本ではマイナンバー制度の普及に政府がやっと本腰を入れ始めましたが、デンマークではすでに、ほとんどの行政手続きで活用されています。
アナログを残すのではなく、デジタルを支援
ただし、デジタル化が進むのに対応しきれない人も存在します。たとえば、高齢者です。デジタル化が加速していく社会のなかで、その進度についていけない高齢者は多く存在します。それに対して、高齢者ボランティア団体が各地域で、パソコンの講習会を開いたり、デジタルが苦手な高齢者の自宅に出向いてネット環境の調整を行う活動をしています。
デンマークでもっとも大きな高齢者ボランティア団体「エルドア・セイエン」の高齢者施策コンサルタントのリッケ・ソーレンセンさんは「我々の活動は、パソコン操作に慣れるのを助けることで、地域での生活を続けてもらうのを支援するのが目的です」と話してくれました。
もし日本であれば、デジタル化に向かない人がいればアナログな書面による手続きを延々と残し続けていくかもしれません。それに対し、デンマークでは、デジタル化は引き返せない流れとして、アナログでできる余地を断ち切ります。デジタル化についていけない人を見捨てるのではなく、かといって逆行してアナログな部分を残すのでもなく、デジタル化の中で生きていけるよう必要な支援をしていこうとします。

デンマーク中部にあるノアフュン市では、オンライン化による申請が進んだ一方で、オンラインでは難しい人向けに、手続きをサポートする窓口を、誰もが来やすいように街中の図書館に設けています。しかし、ここで書面による手続きができるわけではなく、パソコンが置かれており、職員がオンラインでの手続きのやり方を教えたり、手伝ったりします。自立に大きな価値を置くデンマークならではともいえますが、デジタル手続きの支援についてもあくまで自分が行うという前提が崩されることはありません。意識や配慮面で日本と大きく異なるといえます。
早いうちからデジタルについて学ぶ教育を
最後に「そこまで!」というお話をしましょう。筆者はいま、息子2人が日本の高校に通っていますが、しばしば、講習費などの支払いで、現金を封筒に入れて高校へ持っていかせることがあります。この話を先日、デンマークの知人に話したら、「ハイテクの国でそんなことをいまでもしてるの?」と驚かれました。
「日常の生活の場では、まだまだハイテクではないよ」と言い訳をしましたが、デンマークでは、学校に関わるお金はすべてオンラインで支払います。息子がデンマークの学校に通っていた時に現金を学校に持っていかせた記憶はありません。ただし、保護者同士でお金を出し合ってクラスの催しのため何かを買うというとき、現金を出したことは10年前にはありました。
しかし現在、子どもをデンマークの学校に通わす加藤さんによれば、「一人の保護者のスマホを集金場所として、ほかの保護者がスマホをタッチさせて必要なお金を支払うのが当たり前です。保護者同士で現金をやり取りすることはありません。教員同士の懇親会の会費を集めるのも、すべてそうやっています」と話してくれました。私的な集まりの中でもすでにキャッシュレスになっているのです。
日本でも、デジタル社会の推進が叫ばれていますが、世界的にみれば随分遅れているといえます。デンマーク人のように、「デジタル化する」と決めれば、それが難しい人をサポートしながら、ひるむことなく進むという断固とした姿勢が日本人には欠けているのではないでしょうか。やろうとしても、小さな反対の声でもあれば、立ち止まってしまうのが日本人です。
これからの未来の社会、デジタル活用はどんどん進むだけで後退することはあり得ません。日本人もデンマーク人の姿勢を見習いながら、不退転の決意でデジタル化を進めていく姿勢が必要でしょう。そのためにも、早いうちからデジタルについて学ぶ教育を子どもたちがどんどん受けていくことは、デジタルへの抵抗感をなくし、かつ使い方を適正な方向へ導いていくためにも必要です。こうすることで初めて、日本は「ハイテク国」と認められると思います。
前回:牧歌的なデンマークの徹底的なデジタル教育 日本が学ぶべきは?
PROFILE
1968年広島市生まれ、福岡市育ち。51歳。早稲田大学政治経済学部在学中にヨーロッパを放浪。そのときにデンマークと出合う。大学卒業後、時事通信と産経新聞で11年間の記者生活を送る。2006年にデンマークへ渡り、同国独自の学校制度「国民高等学校」であるノアフュンス・ホイスコーレの短期研修部門「日欧文化交流学院」の学院長を務めた。全寮制の同校で知的障害者のデンマーク人らと共に暮らし、日本からの福祉、教育、医療分野に関する研修を受け入れながら、交流を行ってきた。2010年にオーデンセペダゴー大学で教鞭を執り、2013年にはデンマークの認知症コーディネーター教育を修了。2015年末に日本に帰国。バンクミケルセン記念財団理事に就任。現在は日本医療大学(札幌市)認知症研究所と日本福祉大学大学院博士課程後期に在籍しながら、地域包括ケアシステムに関する研究を進めている。著書に『デンマーク流「幸せの国」のつくりかた』(明石書店)など。

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