子ども向けのプログラミング教育に取り組むNPO「みんなのコード」(利根川裕太・代表理事)が、その実践拠点として2019年5月、石川県加賀市に開いた「コンピュータクラブハウス(CCH)加賀」。行政と手を取り合って「課題解決力を養う」「試行錯誤しながら自分のアイデアを表現する」場を運営、地域の教育と人材作りの一翼を担っている現場をのぞいてみた。
子どもが集まる「デジタル図書館」
加賀市中心部、加賀藩支藩の城下町だった落ち着いた街並みが広がる大聖寺(だいしょうじ)地区。CCH加賀は水~土曜の午後から主に開館し、市内を中心に、少し離れた能美(のみ)市、金沢市などから10~18歳の児童・生徒が放課後などに通ってくる。気軽にコンピューターをはじめとするテクノロジーに触れられ、随時開かれるイベントも多い。開設から、のべ2,000人超の子どもたちが利用している。
映像・音楽制作や3Dモデリング、プログラミングなど最新のデジタル技術に触れることができ、コミュニティーマネジャーの末廣優太さん(23)をはじめ、金沢大や同大学院、金沢工大の学生や、経験を持った地元の人が「メンター」として子どもの指導・助言にあたる。費用は一部実費をのぞき無料。運営費はふるさと納税によるクラウドファンディングなど、加賀市の予算でまかなわれている。

「ここはいわば、デジタル図書館です」と末廣さんが言うように、放課後にふらっと訪れて活動する子どもも多い。一緒に何かをやり遂げる仲間を見つけ、少し先を行く大人に相談する。そんな活動を通じ、子どもたちにとって「第3の居場所」にもなっている。
若者の熱意と「みんなのコード」、行政の縁
子どもたちが、いつでも安全に気軽にテクノロジーを知り、それを通して自己実現ができる場としての「コンピュータクラブハウス」。1993年に米国・ボストンで設立され、現在20カ国に100カ所以上。北陸の一地方都市である加賀が国内1カ所目になったのは、熱意にあふれた末廣さんと、利根川代表理事、宮元陸(みやもと・りく)市長の縁だった。
茨城県出身の末廣さんは、幼少期を米国で過ごし、横浜市立大で国際経済論を学んだ。国連職員になりたいという夢を持ちつつ、在学中、企業が求める人材育成・採用を担うベンチャーの立ち上げに関わった。そのときに感じたことが、会社・社会が求める人材と、日本の学校教育が輩出する人材のギャップ。求める人材を輩出できない旧態依然とした教育に危機感を持ったという。また、生活環境や親の経済力がもたらす「教育格差」をなくしたいという思いも強かった。
そんな中、能登半島の先端にある石川県珠洲(すず)市の地域おこし協力隊員(ICT支援員)の募集に目がとまり、末廣さんは、2018年5月に珠洲市に移住。市内小中11校を回り、ウェブの知識やメディアリテラシーなどを講義し、東京でのベンチャー仲間にも協力を持ちかけ、珠洲に招いたという。
家庭教師をやったり、塾を開いたり、いわゆるIターン生活で珠洲の教育を支える日々に変化があったのは、2018年12月。お隣の福井県で開かれた「こどもプログラミング・サミット」の登壇者だった利根川代表理事と意気投合し、CCHの開設・運営に参画することに。

一方、CCHを運営するみんなのコードに、宮元・加賀市長から一本の電話が入ったのは2016年のこと。プログラミング教育への取り組みを語り、市内の教員向けに講演を求めるなど、人材育成への熱意がひしひしと感じられたという。テクノロジー教育充実に向け、市内へのCCH開所の話が進む中、珠洲にいた末廣さんに白羽の矢が立ち、昨年、珠洲から加賀へ移住した。
人材と地の利、理解ある行政トップに恵まれたCCH加賀の誕生。みんなのコードは、加賀を成功事例として、CCHをはじめとするテクノロジー施設を国内に拡大したい考えで、本年夏には企業と共同で金沢市にも設置するという。
人気アニメも題材に 興味関心から、責任感と実行力を養う
CCH加賀では実際にどのようなことを行っているのだろう。2020年2月に開かれた動画制作イベント「コロコロコレクティブ」では、小学校高学年3人のチームが、人気アニメ「鬼滅の刃」を題材にした作品を作った。子どもたちが格闘するリアル映像とイラストが効果的に交錯し、静止画像の高速コマ送りや、刀を振る音などの効果音も交えられており、1分弱の動画としてCCH加賀のサイトで公開されている。
本人たちはできばえに大いに不満だが、末廣さんによると、得られた学びは多い。「動画やアニメは、子どもたちにとって個人で没頭してきたこと。それが、仲間との共同作業になった。自分の役割が決まり、時間の制約の中で成果物に仕上げる。興味関心を引き伸ばすだけでなく、責任感や実行力が養われました」。コロコロコレクティブでは、筋書き作り、役割決め、撮影、制作というデジタル表現を1日でやり終えた。

プログラミングのコードを書きたいという生徒もいる。加賀市内の中学1年生の男子が、「入館管理システム」づくりに挑戦中だ。たとえば、CCHの入館者をIDで管理し、リアルタイムで館内に入館者が何人いるかがわかるような仕組みを構築している。彼は市内の学校の科学技術部の部員。市教委と連携し、CCHでの活動も部活動として認定されている。設備や人的資源の事情から学校で実行できない部分をCCHが補う形だ。
不登校や発達障害などで、教育の機会を失うおそれのある子が、自信を取り戻す場にもなっている。文字の読み書き学習が困難な「識字障害」で、小学校を不登校状態になっている6年生がいた。「彼は、読み書きは不得手でも、タイピングはできる。受け答えもしっかりしていた。工夫すればどうにかなる子が放置されてしまうことが悔しかった」と末廣さん。その彼は、昨年の金・土曜を中心に通い、パソコンの改造やロボット作りなどをやりとげた。中学生になった昨年には自分のパソコンも購入し、自主的にプログラミング教室に参加するなど、前向きに活動しているようだという。

「消滅可能性都市」の教育を補い、人をつくりたい
加賀市は2014年、有識者でつくる民間の研究機関「日本創成会議」(座長・増田寛也元総務相)から、「将来消滅する可能性のある都市」と報告され、関係者に衝撃が走った。2010年比で40年に若年女性人口が50%以上減ると推定されたためだ。以後も人口減は続き、2020年1月1日時点は6万6330人。山代、片山津、山中という有名温泉地を抱え、第三次産業の就業率が高い。新型コロナウイルス拡大の影響も大きく受けた。
そんな地方都市再興の一つのカギが、CCH加賀にあるかもしれない。
「人口を増やすには教育に格差があってはならない」と末廣さんは話す。新型コロナ拡大の前から、地方移住に関心を持つ都会の人は多い。移住コーディネーターをしている友人から末廣さんがよく聞くのが、都会からの移住に「教育の格差」がネックになるということ。学校+アルファの選択肢がないことが、移住に二の足を踏ませがちなのだという。「子どもが減り、学校も減る中で、CCHのような存在が地方の教育力の一部を担保していけたら」。
都会と違い、“コミュニティーの小ささ”が有利に働くこともある。CCHに来て楽しいと感じた子どもが、「おいでよ」「面白いよ」と親戚や友だちを連れてくる。親しくなった近所の人が、「みんなで食べてね」とお菓子の差し入れをしてくれることも。「都会の塾では考えにくいでしょう」と末廣さん。そんなコミュニティーが、子どもの貴重な「居場所」にもなっている。

子どもたちが活躍できるかは、置かれる環境に左右される現実もある。CCHの拡大にあたり、自治体との連携は不可欠だ。「何でも自分たち(行政)で完結しようとかたくなになるのではなく、子ども本位で考え、他者に頼れるところは頼ってほしい」と末廣さんは話す。また、保護者には「ハードルの高いことでも、やってみたいという子どもの気持ちをぜひ支援して。そして、あまり口出しはしないであげてほしい」。
人口減とたたかう加賀市だが、2024年春には北陸新幹線が敦賀(福井県)まで延伸する見通し。市内に駅も建設予定で、高架橋や駅舎工事も進んでいる。市内に新幹線が走るころ、CCHからどんな青少年が育っているだろうか。
子どもにも、親にも、新しい学びの時代へ
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