にっぽんの逸品を訪ねて

独自の文化が息づく豊かな隠れ里・熊本県人吉市(上)

球磨地方だけに受け継がれるウンスンカルタ

球磨地方だけに受け継がれるウンスンカルタ

九州では、熊本地震で大きな被害を受けなかった地域でも風評被害で観光客が激減していると聞く。
熊本県人吉(ひとよし)市もその一つだ。「人吉市では建物や人に大きな被害はありませんでした。交通もほとんど復旧したので『人吉は元気です』と発信していきたい」との地元観光関係者の声もあり、地震後も取材先に大きな変化はないことを確認した上で、地震前に取材した記事を掲載したい。

    ◇

「トンネルが多かったでしょう?」
人吉市を訪ねると、行く先々でこう言われた。
人吉を中心とする球磨(くま)地方は、周囲を何層もの急峻な山並みに囲まれている。八代(やつしろ)市から向かうと、電車でも車でも20以上のトンネルを抜けるほどだ。
江戸時代、「この先にもう人は住んでいない」と途中で検地の役人を追い返したとか、山かげに多くの隠し田があったとか、地元に伝わる話も本当だったのではないかと思えてくる。
険しい山並みから流れ出る豊富な水は豊かな土地を造り、米がよくとれ、球磨地方は古くから栄えた。隠れ里のような地形も手伝って、今も独特の伝統文化が受け継がれ、町並みには昔のままの文化財が数多く残る。この地方に熊本県の文化財の約3分の2が集中していることを考えると、いかに古くから文化が栄えた地域かが分かる。作家の司馬遼太郎氏は、この地を“日本でもっとも豊かな隠れ里”と称した。

独自の文化が息づく豊かな隠れ里・熊本県人吉市(上)

ゆったりと球磨川が流れる人吉市内

今回スポットを当てる逸品、「球磨焼酎」について触れる前に、“九州の小京都”といわれる町並みを少し歩いてみた。
人吉駅から南へ5分ほど歩いたところに建つのが、大同元年(806)創建の青井阿蘇神社だ。現在たたずむ本殿、廊、幣殿、拝殿、楼門の五棟一連の社殿は慶長15年(1610)から4年かけて造営されたもの。本殿はじめ一連の社殿がすべて同時期のものであることは全国的にも貴重で、平成20年に熊本県で初めての国宝に指定されている。

人吉城跡も残る

人吉城跡も残る

独自の文化が息づく豊かな隠れ里・熊本県人吉市(上)

藁葺き屋根が印象的な青井阿蘇神社

急勾配のわらぶき屋根をのせた社殿は、黒を基調に細部に赤漆を塗って華やかな印象だ。当時の桃山様式を400年以上変わらずに伝えてきた。
造営したのは、相良氏(さがら)20代で初代人吉藩主の相良長毎(ながつね)。人吉は、鎌倉時代から明治時代まで、約700年間にわたって相良家が治めたが、これだけお国替えがなかったのは珍しいことだという。

独自の文化が息づく豊かな隠れ里・熊本県人吉市(上)

歴史を伝える古い町並み

日本史上まれな長期の統治は領主から民衆までが一体となったまちづくりの精神を育み、独自の文化が栄えた。文化庁は平成27年度に「地域の歴史的魅力や特色を通じて我が国の文化・伝統を語るストーリーを『日本遺産』に認定する」としているが、球磨地方の「相良700年が生んだ保守と進取の文化」は第1回認定の18件に選ばれている。

「球磨拳」という遊びも独自の文化

「球磨拳」という遊びも独自の文化

神社を出て東へ10分ほど歩いた鍛冶(かじ)屋町は、藩政時代に鍛冶屋が集まっていた職人町だ。石畳の通りの両側には今も歴史ある商家が並んでいる。

古い商家が並ぶ鍛冶屋町

古い商家が並ぶ鍛冶屋町

白壁や格子戸が目を引く立山商店は、明治10年(1877)創業の茶屋。名産の人吉球磨茶などを販売するとともに、主人の立山茂さんは「ウンスンカルタ保存会」の会長を務め、店では予約をすればウンスンカルタの体験ができる。

ウンスンカルタについて語る立山茂さん

ウンスンカルタについて語る立山茂さん

独自の文化が息づく豊かな隠れ里・熊本県人吉市(上)

75枚の色鮮やかなカードで遊ぶ

ウンスンカルタは、16世紀にポルトガルから伝来した南蛮カルタから発展したカード遊びで、一時、日本中に広まった。その後、江戸幕府が禁止令を出して衰退したが、なぜか人吉にだけは残った。本家のポルトガルでも消滅したそうだから、世界で唯一、人吉だけで受け継がれている文化かもしれない。
「あんまり山奥すぎて、幕府の禁止令もここまで届かんかったとでしょう」と立山さんは笑う。

交通・問い合わせ

・肥薩線人吉駅下車
・人吉市観光案内所(JR人吉駅構内) 0966-22-2411(9:00~18:00、無休)

PROFILE

中元千恵子

旅とインタビューを主とするフリーライター。埼玉県秩父市生まれ。上智大卒。伝統工芸や伝統の食、町並みなど、風土が生んだ文化の取材を得意とする。また、著名人のインタビューも多数。『ニッポンの手仕事』『たてもの風土記』『伝える心息づく町』(共同通信社で連載)、『バリアフリーの温泉宿』(旅行読売・現在連載中)。伝統食の現地取材も多い。
全国各地のアンテナショップを紹介するサイト 風土47でも連載中

巡礼者を癒やす里山の道・秩父札所めぐり(下)

一覧へ戻る

恵み豊かな隠れ里が育んだ「球磨焼酎」 熊本県人吉市(下)

RECOMMENDおすすめの記事