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片倉小十郎と真田家ゆかりの地を歩き、温麺を味わう 白石城(2)

三階櫓(やぐら)は1995(平成7)年に木造で史実に忠実に復元された

三階櫓(やぐら)は1995(平成7)年に木造で史実に忠実に復元された

<白石城(1)からつづく>
白石城は、白石盆地を分断する白石川の南岸に接する丘陵の北端に築かれている。三階櫓(やぐら)の最上階から周囲を見渡せば、城が高台にあることがわかるだろう。周囲を散策すると断片的ながら内堀が残存していて、往時の姿をたどれる。

白石川南岸に接する丘陵に築かれている

白石川南岸に接する丘陵に築かれている

三階櫓とともに、大手の一ノ門と二ノ門も復元されている

三階櫓とともに、大手の一ノ門と二ノ門も復元されている

市街地を流れる沢端川は、かつての白石城三の丸外堀だ。川沿いを歩くと、武家屋敷が建ち並んでいた後小路へ着く。宮城県指定文化財の片倉家中武家屋敷は、江戸時代中期の『白石城下絵図』によれば小関右衛門七の屋敷。小関家から白石市に寄贈され、全面的に修復されている。

当信寺の山門。白石城の東口門の移築

当信寺の山門。白石城の東口門の移築

かつての三の丸外堀にあたる沢端川

かつての三の丸外堀にあたる沢端川

現在の当信寺山門は、白石城東口門(正式名称は二ノ丸大手二ノ門)の移築だ。この場所は大手口から城内に入り、外曲輪(くるわ)、三ノ丸内の折れ曲がった通路を経て本丸へ至る関門にあたる。片倉家屏風絵によれば、2階に横幅のある格子窓がつき、その両側と階下両側に狭間が設けられる。白石城東側の防衛拠点としての役割を担っていたのだろう。2階の櫓中央にある眼象窓(げんじょうまど)と呼ばれる特殊な形状の窓が印象的なのだが、これは2階に置かれた時を知らせる太鼓の音をよく響かせる工夫のようだ。

当信寺には、真田信繁(幸村)の娘で後に白石城主・片倉2代重長の後妻となった阿梅の墓がある。1615(慶長20)年の大坂の陣の後、信繁の遺児たち(阿梅・阿菖蒲・おかね・大八の4児)と穴山小助の娘は白石へ送られ、密かに養育されたのだ。阿梅の墓の隣には、片倉四郎兵衛守信と名乗り伊達家に召し抱えられた大八の墓が並ぶ。

当信寺にある真田信繁の娘・阿梅と息子・大八の墓

当信寺にある真田信繁の娘・阿梅と息子・大八の墓

白石城厩口門(うまやぐちもん)が移築されているのが、延命寺の山門だ。厩曲輪への入口にある城門で、2階には幅の広い格子、その両側と階下には狭間が設けられ、北側からの敵に備えた本丸防備の重要拠点だった。白石が上杉領や蒲生領だった声頃の北方の敵は伊達家であり、この門が大手門の役割を果たしていたと伝えられている。

歴代の白石城主が眠る片倉家御廟。白石城西方の愛宕山山麓にある

歴代の白石城主が眠る片倉家御廟。白石城西方の愛宕山山麓にある

歴代の白石城主は、白石城西方の愛宕山山麓にある片倉家御廟に眠る。3代景長は片倉家代々の城主の墓所をここに決め、初代景綱と2代重長の墓を傑山寺から改葬。阿弥陀如来座像を墓標とし、以後9代まで石像を城主の墓標としたという。石畳を敷いた床上に、10体の大きな石像と1つの墓碑が並ぶ。

白石といえば、湯麺(うーめん)。油を使わないやさしい麺だ

白石といえば、湯麺(うーめん)。油を使わないやさしい麺だ

さて、城下を歩き疲れたら、白石の名物「白石湯麺(うーめん)」を。素麺(そうめん)とよく似ているが、素麺とは異なり油を一切使っていない体にやさしい麺だ。400年ほど前、白石城下の鈴木味右衛門という人物が、胃を病み床に伏した父のため、旅の僧から教わりつくったのだとか。小麦粉と塩水のみでつくった麺は消化がよく、胃の病はすぐに快方に向かったという。この話を聞いた藩主にが“温かい思いやりの心”を称え、その麺を“温麺”と名付け地場産品として奨励したとされる。

温麺はなめらかな舌触りで、あたたかくしても冷たくしてもおいしい。製麺所によって味が異なり、食べ比べもおすすめだ。蔵王から湧き出る清水に恵まれた、白石ならではの繊細かつやさしい風味を堪能したい。

(白石城の回・おわり)

#アクセス・問い合わせ・参考サイト
■白石城
JR東北線「白石」駅から徒歩10分
0224-24-3030(白石城歴史探訪ミュージアム)
http://www.shiro-f.jp/shiroishijo/shiroishijo/index.html

PROFILE

萩原さちこ

小学2年生のとき城に魅了される。執筆業を中心に、メディア・イベント出演、講演、講座などをこなす。著書に『わくわく城めぐり』(山と渓谷社)、『戦国大名の城を読む』(SB新書)、『日本100名城めぐりの旅』(学研プラス)、『お城へ行こう!』(岩波ジュニア新書)、『図説・戦う城の科学』(サイエンス・アイ新書)など。webや雑誌の連載多数。

一国一城令後も存続した特別な城 白石城(1)

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