にっぽんの逸品を訪ねて

城とラーメンの町で注目を集める新名物は“飛翔する狛犬たち”/福島県白河市ほか

鹿嶋神社(白河市)の飛翔獅子。名工・小松寅吉の最高傑作といわれる

鹿嶋神社(白河市東)の飛翔獅子。名工・小松寅吉の最高傑作といわれる

白河市を中心とする福島県南部には、全国でもめずらしい……というよりは、この地方だけではないかといわれる“飛翔する狛犬”たちが見られる。
狛犬とは、もちろん神社の入り口などに置かれている一対の像のことだ。通常は前足を伸ばして腰を下ろした姿勢だが、白河地方では“飛翔獅子(ひしょうじし)”とよばれる独特のスタイルが生まれた。雲に乗り、尾やたてがみを風になびかせた姿は躍動感があり、彫りの美しさからも、もはや芸術、と称されている。
「地元でも限られた人しか知らなかったのですが、芸術性の高い狛犬像が少しずつ注目されて、全国から見学に来る方が増えています」と話すのは、地元の観光関係者。
そこで、白河市や石川町、中島村など6市町村を回って、狛犬を見学するツアーが開催された。その名も“狛犬は芸術だツアー”。
人が集まるのか、と思っていたら、キャンセル待ちが出るほどの人気ぶり。岐阜県や長野県から泊まりがけで参加した人たちもいて、熱烈な狛犬ファンがいることを実感した。

小峰城跡の三重櫓。総石造りの城壁が美しい

小峰城跡の三重櫓。総石造りの城壁も美しい

狛犬ツアーに出かける前に、白河市はどんなところなのか紹介しよう。
白河は古くから奥州の玄関口として、また城下町として発展してきた。奈良から平安時代にはすでに白河関が設けられ、人や物資の往来を取り締まっていたといわれる。今も郊外に白河関跡が残っている。
南北朝時代になると城が築かれ、江戸時代には初代白河藩主の丹羽長重が小峰城として整備した。城は戊辰戦争で焼失したが、江戸時代の絵図などをもとに忠実に三重櫓が復元され、白河駅の北側に美しい姿でそびえている。
ラーメン好きには、コシのある縮れ麺が特徴の白河ラーメンの故郷という印象も強いだろう。

白河では清冽な水が麺文化を育んだ。写真は「手打中華すずき」の手打ワンタンメン

白河では清冽な水が麺文化を育んだ。写真は「手打中華すずき」の手打ワンタンメン

飛翔獅子を誕生させた名工・小松寅吉

市街を出発したバスは東へ向かい、のどかな山あいを進んで七つの神社をめぐった。
独特の“飛翔獅子”の狛犬は、二人の石工の作であることが分かっている。一人は白河市の東に隣接する石川町生まれの小松寅吉(1844~1915年)、もう一人はその弟子で同じ石川町出身の小林和平(1881~1966年)だ。
小松寅吉の飛翔獅子は三対確認されているが、最初の作品とされるのが川田神社(中島村)の狛犬だ。向かって右側の阿(あ)像ののびのびと空を飛ぶ姿、左側の吽(うん)像に彫られた3頭の子獅子など、創作性にあふれる。この画期的な像を見た時、近隣の石工たちが受けた衝撃の大きさは想像に難くない。

川田神社の狛犬

川田神社の狛犬

熊野神社(鮫川村)の狛犬の躍動感もすばらしい。桃山時代の絵師・狩野永徳の傑作といわれる『唐獅子図屏風』を思わせる。屏風から躍り出た獅子が、今にも飛びかからんばかりにこちらをにらんでいるようだ。

そして、寅吉の最高傑作といわれるのが鹿嶋神社(白河市東)の狛犬だ。美しく波打つ尾やたてがみ、生き生きとした表情。堂々たる存在感は青森県のねぶたにも例えられる。
狛犬だけでなく、新地山羽黒神社参道口(白河市)にある石柵も寅吉の作品だ。歌碑を囲む石柵に、龍や虎、菊などみごとな透かし彫りが施されている。

新地山の石柵は「これは何?」と見た人を驚かせる

新地山の石柵は「これは何?」と見た人を驚かせる

寅吉の技術を受け継いだ小林和平

寅吉に弟子入りし、腕を磨いた小林和平も名作を残している。
古殿八幡(ふるどのはちまん)神社(古殿町)の作品は、凝った尾の造形、全体のデザインのユニークさ、存在感などから、狛犬美術の最高峰ともいわれる。
石都々古和気(いわつつこわけ)神社(石川町)の像も代表作だ。特に吽(うん)像に彫られた3頭の子獅子が愛らしく、実生活で3人の子どもを亡くした和平の心情を表しているかのようだ。

古殿八幡神社の狛犬。渦を巻く尾の意匠が目を引く

古殿八幡神社の狛犬。渦を巻く尾の意匠が目を引く

石都々古和気神社の狛犬は子獅子が愛らしく、ファンが多い作品

石都々古和気神社の狛犬は子獅子が愛らしく、ファンが多い作品

狛犬文化を花開かせた“旅石工”の存在

それにしても、なぜ福島県南部に芸術性の高い狛犬が生まれたのだろう。
ルーツをたどると、江戸時代に脱藩という罪を犯してまでこの地に住み着いた一人の高遠石工(たかとういしく)、小松利平に行きつく。
「利平は、天保年間(1830~1844)に、彫りやすくて劣化しにくい福貴作石(ふきさくいし)の産地である浅川町に住むようになりました」と解説するのは、ツアーの案内人である郷土史研究家の吉田利昭さんだ。故郷を捨てて居を移した理由は定かではないが、「彫りに適した石で良い作品を作りたかったか、結婚して妻や子どもができたからでしょう」と吉田さんは類推する。

利平は、信州の高遠藩(現在の長野県伊那市高遠町)出身だった。産業のなかった高遠藩では、長子以外の男子に石切りの技術を習得させ、全国へ出稼ぎに出し、収入の一部を運上金(うんじょうきん)として納めさせていた。高遠石工は、高い技術力から江戸時代中期には全国に名をはせ、一種のブランドに。藩では、石切目付(いしきりめつけ)を置き、脱藩などがないよう石工を厳しく取り締まったという。
目付に見つからないよう、利平は作品に名を刻まなかったが、利平作と思われる独創的な狛犬が残っている。この地方に狛犬文化を花開かせたのは、各地を旅して技術や感性を磨いた旅石工、小松利平だった。
長らく歴史の陰に隠れていた利平の存在や、この地の狛犬文化が、今、少しずつスポットライトを浴び始めているのを感じた。

狛犬は芸術だツアーの参加者。女性も多く、ご朱印ガールの次のブームは“狛犬ガール”では、と予感させる

狛犬は芸術だツアーの参加者。女性も多く、ご朱印ガールの次のブームは“狛犬ガール”では、と予感させる

狛犬めぐりの途中には、JA東西しらかわが運営する農産物の直売所「みりょく満点物語」があり、新鮮野菜が食べられる人気の「旬彩レストラン 山ぼうし」を併設している。

野菜たっぷりの「山ぼうし」のランチの一例。メインメニューは日替わり

野菜たっぷりの「旬彩レストラン 山ぼうし」のランチの一例。メインメニューは日替わり

白河市内には100軒以上の白河ラーメンの店もあって、各店がしのぎを削っている。「手打中華 すずき」では、頑固一徹な主人が手打ちを守り、コシのある縮れ麺が味わえる。豚の内モモ肉を燻製(くんせい)して作るチャーシューや、宮崎地鶏と豚から作るコクのあるスープ、絹のような舌ざわりのワンタンなど、こだわりが詰まった一杯だ。
狛犬やグルメ、歴史散策を楽しみに、白河地方を旅してみてはいかがだろう。

白河ラーメンを召し上がれ

白河ラーメンを召し上がれ

交通・問い合わせ

東北新幹線新白河駅下車、またはJR東北線白河駅下車。鹿嶋神社へは新白河駅から国道289号、県道11号など経由約25キロ

・白河観光物産協会 0248-22-1147
http://shirakawa315.com/
・みりょく満点物語 「旬彩レストラン 山ぼうし」0247-23-0831
http://touzai7.com/miryoku-manten/index.html
・手打中華すずき 0248-22-3392/11:30~18:00(材料がなくなり次第終了)、火曜(祝日の場合翌日)休

PROFILE

中元千恵子

旅とインタビューを主とするフリーライター。埼玉県秩父市生まれ。上智大卒。伝統工芸や伝統の食、町並みなど、風土が生んだ文化の取材を得意とする。また、著名人のインタビューも多数。『ニッポンの手仕事』『たてもの風土記』『伝える心息づく町』(共同通信社で連載)、『バリアフリーの温泉宿』(旅行読売・現在連載中)。伝統食の現地取材も多い。
全国各地のアンテナショップを紹介するサイト 風土47でも連載中

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