にっぽんの逸品を訪ねて

ユネスコ無形文化遺産に登録された和紙のふるさとで老舗のうなぎを味わう/埼玉県小川町

和紙職人による紙漉(す)きのようす(埼玉伝統工芸会館にて)

和紙職人による紙漉(す)きのようす(埼玉伝統工芸会館にて)

国内で旅の取材をしていると、和紙の強靭(きょうじん)さに思い至る機会が多い。しかも、歴史に関する旅が楽しめるのは和紙のおかげではないかとさえ思えてくる。
京都の美術館で安土桃山時代の絵画が見られるのも、江戸時代の絵図をもとに城が復元できるのも、松尾芭蕉が歩いた『おくのほそ道』の行程をたどれるのも、和紙が朽ちずに文字や絵を後世に伝えてくれたから。
かつて取材した和紙職人の方が「歴史も文学も芸術も、和紙が媒体となって伝えてきたのだと誇りに思っています」と話してくれたが、その通りだろう。

“洋紙100年、和紙は1000年”

和紙に対して、江戸時代以降に海外から製法が伝わったものを洋紙とよぶ。一般的に保存性について“洋紙100年、和紙1000年”といわれるが、なぜ和紙は丈夫なのか。理由を知りたいと埼玉県小川町を訪れた。
和紙の産地は全国各地にあるが、国の重要無形文化財に団体指定されているのは岐阜県の本美濃紙、島根県の石州半紙、そして埼玉県小川町と東秩父村の細川紙のみだ。この3件は平成26年(2014)、「和紙:日本の手漉和紙技術」としてユネスコの無形文化遺産に登録されている。
小川町周辺では伝統的な製法の細川紙をはじめ多くの和紙が生産され、それらは総称して小川和紙とよばれる。

細川紙の製品の数々

細川紙の製品の数々

「和紙が強靭なのは、原料である楮(こうぞ)の長い繊維が重なりあっているからです」と話してくれたのは、埼玉伝統工芸会館内にある和紙工房の若林正良工房長だ。
小川町駅からバスで約10分の距離にあるこの会館では、小川和紙をはじめとする埼玉県の伝統的手工芸品を展示し、和紙工房の見学や紙漉き体験もできる。

埼玉伝統工芸会館の館内。この日は和紙でできた洋服も展示されていた

埼玉伝統工芸会館の館内。この日は和紙でできた洋服も展示されていた

工房では、小川和紙の製作工程が順を追って解説してあった。原料となる植物は3種類あるが、主に楮を使うことが多いそうだ。
和紙は、まず楮を大釜で蒸して皮だけを剥(は)いで材料とするが、ここが洋紙とは大きく違う。洋紙では木の幹まで粉砕して使用するため、繊維が短く、木の幹にある劣化につながる成分も原料に含まれる。

楮の皮は外側の表皮を削り取ったのち、ソーダ灰を入れた大釜で煮て、水に移し、手作業で細かいゴミやチリを取り除いていく。若林さんによればこの「楮さらし」は美しい和紙を作るうえで重要な仕事だという。大量の皮の1枚1枚をたぐってゴミを取るのは気が遠くなるほど根気がいる作業だ。昔は、寒い冬、川のほとりで行っていたという。

手作業で小さなゴミを取り除く

手作業で小さなゴミを取り除く

この後、皮をたたいて繊維をほぐし、漉舟(すきぶね)に入れて粘性のあるトロロアオイと混ぜ、紙漉きを行う。糊(のり)は使わず、繊維の重なり合いだけで紙ができることにも驚いた。

洋紙では、ゴミを取り除いたり、白くするために化学薬品を使うことがあるが、紙が酸性になって劣化につながりやすい。和紙の強靭さは、昔ながらの丁寧な手作業から生まれることが分かった。和紙の耐久性は世界でも認められ、大英博物館では修復用に細川紙がストックされているそうだ。

ランプシェードなど和紙を応用した作品も見られる

ランプシェードなど和紙を応用した作品も見られる

色とりどりの小川和紙の製品も販売

色とりどりの小川和紙の製品も販売

かつて街道筋に市(いち)が立った町

小川町駅に戻り、江戸時代に大いににぎわったという町並みを歩いた。
「小川は“絹の道”といわれた八王子道や秩父往還など、古くから街道が交わる交通の要所でした」とガイドさんの説明を聞きながら、南へ進む。小川町では事前に申し込むと無料の「おもてなし案内人」の説明を受けながら町歩きができる。
江戸時代になると江戸での紙の需要が増大。和紙のほかにも、小川では建具や絹織物などの産業が発達し、多くの仲買人が訪れて商人町として栄えた。
のどかな山あいに広がる町には細い路地が走り、今も往時の面影を残す蔵や建物がぽつりぽつりぽつりと残っている。

かつて市が立った秩父往還を過ぎてしばらく行くと、小川町和紙体験学習センターがある。昭和11年(1936)に和紙の研究施設として埼玉県が建設した建造物で、館内の見学ができる。ここでも事前に申し込めば和紙の製作体験が可能。コースによって、紙漉きだけでなく、外皮を削り取る「楮ひき」など多くの工程が体験できるので、和紙について深く知りたい人にはおすすめだ。

小川町和紙体験学習センター

小川町和紙体験学習センター

川沿いの道に出て西へ歩くと、レンガ造りの煙突が目を引く晴雲酒造がある。和紙作りに欠かせない清冽な水は酒造りにも適し、小川は“関東灘”とよばれるほど銘酒を生み出してきた。今も3軒の造り酒屋がある。

晴雲酒造では酒蔵見学ができる

晴雲酒造では酒蔵見学ができる

高台には室町時代後半に築造された中城の土塁や堀が残り、城跡には鎌倉時代の天台宗の僧である仙覚(せんがく)の碑が立っている。仙覚は『万葉集』の中で判読できなかった152首を読み解き、『万葉集註釈』を完成させた。それが行われたのが小川町だったとされる。研究に必要な和紙が豊富だったことがこの地を選んだ一因と類推され、和紙にまつわる名所の一つになっている。

町の名物料理“忠七めし”と“女郎うなぎ”

小川町では、歴史のある町らしく名物料理も伝わっている。
一つは創業260年余りの割烹旅館「二葉」に伝わる“忠七めし”だ。幕末から明治にかけて活躍した山岡鉄舟は二葉を定宿としていた。ある時、鉄舟に「料理に禅味を盛れ」と言われた主人が、苦心して考案したのが忠七めしだという。現在は日本五大名飯に数えられている。

「女郎うなぎ福助」の風格ある店構え

「女郎うなぎ福助」の風格ある店構え

もう一つは、「女郎うなぎ福助」のうなぎ料理だ。こちらも安政2年(1855)創業の老舗で、かつては割烹旅館を営み、作家の田山花袋も訪れている。
店名の“女郎うなぎ”にはおもしろい由来がある。江戸時代、ある男性がお伊勢参りの帰りに立ち寄った吉原で花魁(おいらん)に一目ぼれをし、大金を払って身受けをした。ところが家に連れて帰ることはできず、思案した末、この家の先代に預けたのだという。月日が流れ、その花魁が息を引き取る際、大切にしてもらったお礼にと、生家に伝わるうなぎの蒲焼の秘伝の極意を伝えた。先代はそれをもとにうなぎ料理を営むようになった。花魁が伝えたので“女郎うなぎ”とよばれるようになったそうだ。
明治時代に建築された店内は、彫刻が施された天井や朱い橋が架かる廊下など、ノスタルジックな雰囲気。注文を受けてからさばくうなぎは身がふっくらとやわらかい。継ぎ足し継ぎ足しで使われる秘伝のタレは、あっさりとやさしい味でうなぎの風味を引き立てていた。
舌でも小川の歴史を楽しんだ一日だった。

うなぎ御重は2650円~。写真の仙元重は4300円

うなぎ御重は2650円~。写真の仙元重は4300円

 

交通・問い合わせ

東武東上線小川町駅下車。

・埼玉伝統工芸会館
http://www.saitamacraft.com/

・小川町観光協会おもてなし案内人
http://www.town.ogawa.saitama.jp/0000001865.html

・小川町和紙体験学習センター
http://www.town.ogawa.saitama.jp/0000001515.html

・女郎うなぎ福助
http://joro-unagi-fukusuke.jp/index.php

PROFILE

中元千恵子

旅とインタビューを主とするフリーライター。埼玉県秩父市生まれ。上智大卒。伝統工芸や伝統の食、町並みなど、風土が生んだ文化の取材を得意とする。また、著名人のインタビューも多数。『ニッポンの手仕事』『たてもの風土記』『伝える心息づく町』(共同通信社で連載)、『バリアフリーの温泉宿』(旅行読売・現在連載中)。伝統食の現地取材も多い。
全国各地のアンテナショップを紹介するサイト 風土47でも連載中

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