京都ゆるり休日さんぽ

祖母から孫娘へ。絶品タルトタタンの「ラ・ヴァチュール」の物語

祖母から孫娘へ。絶品タルトタタンの「ラ・ヴァチュール」の物語

ブルーのドアや窓枠がレトロモダンな外観の「ラ・ヴァチュール」

バトンを渡すように、世代を超えて受け継がれていく京都の名店の味。平安神宮や美術館などが立ち並ぶ岡崎エリアの喫茶店「ラ・ヴァチュール」も、そんな物語を紡ぐ店の一つです。

祖母から孫娘へ。絶品タルトタタンの「ラ・ヴァチュール」の物語

名物のタルトタタンを求めて、喫茶からテイクアウトまで一日中訪れる人が絶えない

この店の名物は、たっぷりのりんごを使ったフランスの伝統菓子・タルトタタン。19世紀、フランス中部に住むタタン姉妹が、りんごのタルトを作ろうとしてうっかり焦がしてしまったレシピが発祥と伝えられています。現在では、それを応用したさまざまなレシピで作られているタルトタタンですが、ラ・ヴァチュールのそれは、バターと砂糖とりんごだけで作る元祖とも言えるレシピ。1ホールに20個以上りんごを使い、数センチもの高さに焼き上げるタタンは、先代の店主・松永ユリさんが築いたものでした。

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カウンターのケーキドームには、タルトタタンをはじめ3種のケーキが並ぶ

現在、その味を守るのは、ユリさんの孫娘である若林麻耶(わかばやし・まや)さん。12年前、高齢のユリさん夫婦の体を気遣い、ちょうど東京の大学を卒業するというタイミングも後押しして、麻耶さんは店を継ぐことを決意します。「小さいころからりんごをむくのを手伝ったりして、この店と一緒に大きくなってきましたから。それが自然な流れだったので、迷いや気負いはほとんどなかったです」と麻耶さんは語ります。

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ユリさんの孫娘で、店主の若林麻耶さん。デザイナーとしても活動している

ラ・ヴァチュールのタルトタタンは、ユリさんがパリを旅行した際に出合った味が忘れられず、帰国後独学で焼き始めたもの。試行錯誤しながらも、ユリさんが目指していたのは、薄く焼き上げたりんごのタルトではなく、キャラメルやカスタードが入ったタルトでもなく、りんごだけでしっかりとボリュームのある本場のタルトタタン。当時、夫の辰夫(たつお)さんと営んでいた画廊を併設したレストランで出したところ、その評判は広がり、ついにはフランスのタルトタタン愛好家協会から認定証を授与されるまでに至りました。

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タルトタタン愛好家協会から贈られたメダルは、愛らしいタタン型

「レシピは『習った』というよりも、おばあちゃんがやっていたことをいつも見ていて、自然に覚えていったという感じ。季節によってりんごの水分量や味わいが全く違うので、決められたレシピではなくりんごの状態を見極めて作ることを大切にしています」

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タルトタタン(690円)とコーヒー(470円)いずれも税込み。お好みで別添えのヨーグルトをかけるとまろやかな味わいに

鍋の中のりんごの様子を見守りながら、ゆっくりじっくり煮詰めること約4時間。砂糖を焦がして作るカラメルではなく、りんごを煮詰めることでできるほろ苦さをアクセントにしているため、仕上げに鍋を回しながらていねいに焦げ目を付けます。あめ色に煮詰められたりんごの鍋にタルト生地をかぶせ、オーブンで焼き上げたら、ひっくり返してひと晩味をなじませる。完成までに4日間かかるというタルトタタンは、ひと口ごとにりんごの豊かな風味があふれ、バターの香りとほのかな苦みが余韻を残す、大人の味わいです。

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店内に飾られた、ユリさんの写真と指定席。混んでいてもこの席は空けたままにしてある

2014年、96歳でユリさんが他界した後も、店の片隅にはユリさんの指定席があります。麻耶さんが店を継いでからも、この椅子に座ってお客様の様子を眺めていたというユリさん。「『かわいらしいおばあちゃんですね』なんて言われるけど、当時の女性にしてはとても主張の強い人だったと思います。反対に、祖父はとても穏やかで、祖母のチャレンジを見守ってきたような人。お互いが補いあって、店を営んできたんでしょうね」と麻耶さんは笑います。

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愛らしいメニューカードは麻耶さんがリ・デザインしたもの

現在は、タルトタタンのほかに「クルミのタルト」「オペラ」などのケーキも扱い、そのレシピは麻耶さんが考案したもの。パリの古いカフェのようでもあり、日本のレトロな喫茶店のようでもある独特の内装も、空間デザインを勉強していた麻耶さん自身が手掛けました。併設の小部屋には、りんごにまつわる雑貨や、生産者を訪ねるうちに縁が育まれた青森の工芸・特産品などが並びます。

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床に敷き詰められたタイルや格子窓がシックな雰囲気の店内。麻耶さんのセンスが光る

フランスから京都へ、祖母から孫娘へとつながれた、ラ・ヴァチュールのタルトタタン。今日も厨房(ちゅうぼう)では、たくさんのりんごが鍋の中でコトコトと煮詰められています。ユリさんが伝えたその味を守りながらも、店のあちこちにちりばめられた麻耶さんらしい感性は、この店の物語が現在進行形で続いている証し。りんごのおいしい季節、受け継がれてきたその味とつづられてきた物語の1ページを、ゆっくりと味わってみてください。(撮影/津久井珠美 文/大橋知沙)

【ラ・ヴァチュール】
075-751-0591
京都市左京区聖護院円頓美町47-5
11:00〜18:00
月曜定休
京阪神宮丸太町駅から徒歩8分

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PROFILE

大橋知沙

編集者・ライター。東京でインテリア・ライフスタイル系の編集者を経て、2010年京都に移住。京都のガイドブックやWEB、ライフスタイル誌などを中心に取材・執筆を手がける。本WEBの連載「京都ゆるり休日さんぽ」をまとめた著書に『京都のいいとこ。』(朝日新聞出版)。編集・執筆に参加した本に『京都手みやげと贈り物カタログ』(朝日新聞出版)、『活版印刷の本』(グラフィック社)、『LETTERS』(手紙社)など。自身も築約80年の古い家で、職人や作家のつくるモノとの暮らしを実践中。

フォトグラファー

津久井 珠美(つくい・たまみ)

1976年京都府生まれ。立命館大学(西洋史学科)卒業後、1年間映写技師として働き、写真を本格的に始める。2000〜2002年、写真家・平間至氏に師事。京都に戻り、雑誌、書籍、広告、家族写真など、多岐にわたり撮影に携わる。
http://irodori-p.tumblr.com/

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