“日常にある暴力”を踊る イスラエルで活躍するダンサー・塩野入一代さん

“日常にある暴力”を踊る イスラエルで活躍するダンサー・塩野入一代さん

塩野入一代さんの来日公演『Take Down』。12月2日19:00~と3日14:00~、それぞれ東京都新宿区の神楽坂セッションハウスである

コンテンポラリーダンスが盛んな中東・イスラエル。世界中からダンサーや演出家、振付家が集まり、高度な技術や表現力を競い合う。俳優・森山未來さんが文化庁の文化交流使として派遣されたことで、日本でも知名度を一気に高めた。この中でも人気のダンスカンパニー「シアター クリッパ」で活躍する日本人がいる。塩野入一代さん。12月2~3日、東京で凱旋(がいせん)公演を行う。自らを「異端児」と呼ぶ彼女が、日本で築いていた順調なキャリアを捨て、イスラエルで躍る続ける理由や生き方に迫った。

“日常にある暴力”を踊る

シンプルな舞台上で、向き合う男女。ほぼ全裸の2人が観客の前で身体と身体をぶつけ合い、服がボロボロになるほどに取っ組み合う。互いに激しく殴り、蹴り合う。レスリングの技を仕掛けたように、身体が宙を飛ぶ。東京で公演する「Take Down」の場面だ。テーマは“観客に向けた暴力劇”。観客に暴力を次々と浴びせる衝撃的な舞台は、その場にいる人に様々なことを問いかける。
「エンターテインメントとしての暴力をとことん追求してみよう」。塩野入さんは、カンパニーの仲間でもあるイスラエル人のドロールさんと2人でこの作品を作り上げた。政治的なテーマを扱うことが多いイスラエル。政治的なことを表現して欲しい、というオーダーに「日常にある暴力」が思い浮かんだ。昨年12月のエルサレム・ダンスウィークで初演後、6カ国8都市で公演してきた。「私たちは、気づかないうちに暴力を受け入れていたり、加担していたりする。気づいているけれど気づかないふりをしていることもある。そして、単純に楽しいと感じ、笑ってしまうこともある。生の舞台を通じて、そういった日常の中にある暴力に気づいてもらいたい」。
舞台では全身を使って“暴力”を表現するため、2人は本気で戦いあう。細かな筋書きはなく、2人の間に流れる空気感や観客の生の反応に応じて舞台は進む。舞台が終わると、青あざやひっかき傷ができる。それでも演じ続ける。「コロッセオのように、戦いを見ると人は一種の興奮状態になる。一方、観客がどこまで2人が演じる暴力に耐えられるか。エンターテインメントとしての楽しみがありつつ、どこまで暴力を見られるのか、境界線を探す、実験的な作品です」

“日常にある暴力”を踊る イスラエルで活躍するダンサー・塩野入一代さん

『Take Down』の一場面。公演する国や都市、上演の時間によって観客の反応も異なるという

この作品は、色々な社会的な問題も浮かび上がらせていると塩野入さんは指摘する。例えば、ジェンダーの問題。「男性のドロールがたたかれると、笑いがおきます。でも、女性の私が同じようにたたかれても、誰も笑わない」
あまりの暴力の連続に耐えられず、客がぞろぞろと席を立ったこともある。「それでもいい」と塩野入さん。「シャイにならず、素直に反応してもらいたい。嫌なら嫌でいい。テーマはありますが、見方はそれぞれ。正解はないので、娯楽として楽しんでもらいたい」と塩野入さんは話す。

異端児がひかれたイスラエルダンスの魅力

「私の作品を見た人に、『これダンスなんですか?』とよく聞かれます。でも、私にとっては、身体を使うこと=ダンスなんです」。ダンスだけにとらわれない、ときに文章を、ときに音楽やオブジェクトを使う多彩な方法で、鋭く現実社会の問題に切り込む。塩野入さんが求めるスタイルがイスラエルにあった。

 Youはなぜ日本を出たの? 
・「シアター クリッパ」との出会い。
・新しいモノや考え方を見聞きし、オリジナルな作品をつくりたい。
・「帰る場所」が欲しかった。

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イスラエルに来て初めてパフォーマンスした時のメイクアップのときの様子

東京都千代田区出身。幼少期から日本舞踊を習い、高校時代はダンス部に所属。ダンスを学んでいた東京女子体育大学生のとき、イスラエルのダンスカンパニー「シアター クリッパ」に出会った。「クリッパ」は、サーカスのような奇想天外な野外パフォーマンスを得意とする異色のカンパニー。当時、「自分には何かが不足している。日本で目指すべきものがわからない」と感じていた塩野入さんは、踊ることだけにとらわれず、“身体で表現する”独創的で奇抜な舞台に衝撃を受けた。その後、大学院に進み舞踏教育を研究、非常勤講師として大学などでダンス指導もしていた。日本で順調にキャリアを築いていた。でも――。「同じ場所にとどまらず、クリエーションで生きていけるように、常にオリジナルなことを求めていきたい」。文化庁の在外研究員として2010年、イスラエル・テルアビブへ渡った。

“日常にある暴力”を踊る イスラエルで活躍するダンサー・塩野入一代さん

イスラエルでの初パフォーマンス。公演前の様子

イスラエルのダンスはヨーロッパの影響を受けつつ、イスラエル固有のものも混じり合い、世界各地から集まった多様なバックグラウンドを持つ人々の手で独自のものが出来上がったといわれる。国からのサポートも手厚い。「イスラエルのダンスはエネルギッシュでアクティブ。システムに縛られない独創性、自主性がある」と塩野入さん。クリッパでも、ディレクターひとりが舞台を創るのではなく、メンバーの意見も聴き、活発に議論をかわす。
今では「クリッパ」の中心的メンバーだが、イスラエル生活を始めた頃は「サバイバル」。生活費などを稼ぐため、町中でストリートパフォーマンスをしたり、スタチューパフォーマンス(銅像芸)をしたり。「いつか死ぬんじゃないかと思いながら」高いビルからロープでつり下がり、壁伝いにアクロバティックなダンスをしたこともある。

“日常にある暴力”を踊る イスラエルで活躍するダンサー・塩野入一代さん

塩野入さんが「転機になった」という作品「Atom」。写真は日本公演の時のもの

転機になったのは初めてイスラエル人と作品をつくった「Atom」。長年連れ添った夫婦の冷め切った関係を、プロジェクターを使い、影で見せて表現。「こうやって、ダンスと違う分野を融合させていくんだ、と作品の作り方の根本がわかった作品です」
テルアビブでの塩野入さんを精神的に支え続けたのが、クリッパの創設者イディット・ヘルマンさんと夫のドミトリー・チュルパノフさん。2人の卓越した独創性と、クリエーターとして常に新しいものを生み出そうとする姿勢に刺激を受けた。「有名になれば成功する枠組みが出来上がる。でもクリエーターとしては止まってしまう。2人は決してそんなことはしない。常に新しいことに挑戦をして、新しいものを生み出す。本当にすごい」。クリッパでは大きなプロジェクトが終わると、打ち上げとして自然の中で何日か過ごす。「地元の人しか知らないような秘密の場所でリフレッシュしたり、次の作品について語りあったりする」。クリエーションの秘密が、こんなところからも垣間見られる。

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日本公演「Atom」の一場面

塩野入さんは2年前に亡くなったドミトリー(通称ディマ)さんのことを「イスラエルの父」と慕ってきた。「実家は割烹(かっぽう)料亭で、亡くなった父は料理人。芸術家肌のディマと、職人気質のところがよく似ているんです。プラス、のんべえのところも(笑)」。師であり、父であり、友人だった。「家庭環境が複雑で、実家はもうない」と話す塩野入さんにとって、カンパニー仲間は「みんな家族」。そして、イスラエルにいることで「日本が帰る場所になっている」という。

“日常にある暴力”を踊る イスラエルで活躍するダンサー・塩野入一代さん

塩野入さんが「イスラエルの父」と話す2年前に亡くなったディマさん(左)と死海で

そんな塩野入さん自身も、イスラエル在住の日本人たちにとっては特別な場所。自宅で開く「スナック塩野入」には舞踏家、ミュージシャン、クリエーター、研究者など、各分野の第一線で奮闘している日本人が集まる。「何かすごいことを語るわけでもないです。飲んで、くだらないこと話すんですよ。そして、誰かが売れたら『よしスナック塩野入やろう』と。みんな頑張っている。時々発散することが大事なんです」。

“日常にある暴力”を踊る イスラエルで活躍するダンサー・塩野入一代さん

地中海に面したテルアビブビーチ。家族や友人知人がイスラエルに遊びにきたとき、連れて行きたいおすすめの場所

テルアビブを拠点としながら、最近は国際的なプロジェクトへの参加も増えてきた。「もっと色々な国の人とコラボしていきたい」と意欲をみせる。また、今後は自分が学んだこと、経験したことをもっと日本で還元していきたいと思っている。今回の来日では、ダンスフェスティバルのへ応募やアプローチの仕方、予算の組み立て方など、これから海外で活躍したいと考える人たち向けのワークショップを開いた。

“日常にある暴力”を踊る イスラエルで活躍するダンサー・塩野入一代さん

塩野入一代さん

影響を受けたディマさんとイディットさんのように「新しいことに挑戦し、地道に作品を作り続けたい」。現在創作中のチルドレンショー(演劇の盛んなイスラエルでは子ども向けの公演も多い)では、狂言や地唄の演目「靱猿」をベースに取り入れた。日本舞踊の師範だった祖母と初めて一緒に踊った思い出の作品でもある。先日お披露目を果たした、ドロールさんとの2作目では、ギプス姿でドラムをたたいて踊り歌う役を演じる。「Take Downと違い、奇抜すぎる作品だったみたいで、賛否の否の方が多かった。でも、新しいものを創った感覚はあった。その感覚をこれからも大事にしていきたい」
イスラエルに来てよかった? その問いに塩野入さんは「はい。もっと早くに出ればよかった。日本は窮屈だったのかも」ときっぱり。日常生活から生まれる問題や疑問を、なるべくユーモアに富んだ手法で追求する。塩野入さんが新しいクリエーションを生み出すたびに、観客も初めての世界に次々と出会えることだろう。「挑戦的で、異端児でいたいですね」
(聞き手・文 &TRAVEL編集部)

ダンスブリッジ・インターナショナル 世界とプロジェクト 東京発②
【日程】
12月2日(土)19:00
12月3日(日)14:00

【作品】
平原慎太郎 『ちのはて』
Dror Lieberman、塩野入一代 『Take Down』
小池陽子・石井則仁 『MOIRA』
JEONG CHEOL IN 『Flight』(SCF 選出)

【場所】
神楽坂セッションハウス
〒162-0805 東京都新宿区矢来町158
東京メトロ東西線神楽坂駅より徒歩1分
http://www.session-house.net/dancebridge5.html

【料金】
前売り一般 3,000円、前売り学生 2,500円、前売り子供 1,500円(当日券はそれぞれ+500円 )

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