京都ゆるり休日さんぽ

くらしの美を見つめた陶工の記憶 河井寛次郎記念館

「暮しが仕事、仕事が暮し」。こんな言葉を残した陶工の工房兼住まいが、京都・東山五条の路地裏にあります。大正〜昭和の激動の時代に生涯を創作に捧げ、民芸運動の中心人物の一人で、陶芸のみならず木彫、金工、書や詩など、あらゆる分野で才能を発揮した芸術家・河井寛次郎。1920(大正9)年、寛次郎が登り窯のある住居を構え、冒頭の言葉通り職住一体の生活を営んだその場所は、「河井寛次郎記念館」として生前の暮らしの面影を伝えています。

囲炉裏には、寛次郎が好んだしめ縄と餅花が飾られている

囲炉裏には、寛次郎が好んだしめ縄と餅花が飾られている

「来客の多い家でしたから、河井はよくお客様とこの囲炉裏を囲んで談笑していました。その奥の居間が、私たち家族が食事をしたりくつろいだりするところ。河井夫婦、娘夫婦と私たち姉妹三人、お手伝いさんやお弟子さんも加わり、大所帯で食卓を囲むことも多かったです」

掘りごたつのある部屋で家族が食卓を囲んでいた

掘りごたつのある部屋で家族が食卓を囲んでいた

そう語るのは、寛次郎の孫であり記念館の学芸員を務める、鷺珠江(さぎ・たまえ)さん。寛次郎とは9歳までここで一緒に暮らし、「おじいちゃん」の仕事を間近に見ながら幼少期を過ごしたそうです。寛次郎がデザインした家具や民芸運動の先駆者たちから贈られた調度品、いわゆる京町家とは大きく異なる空間構成、奥にそびえる登り窯の気配……。「子どもながらに、おもしろい家でした」と鷺さんは言います。

吹き抜けの風景。おおらかな造りは京町家と趣が異なる

吹き抜けの風景。おおらかな造りは京町家と趣が異なる

島根県に生まれ、京都陶磁器試験所で釉薬(ゆうやく)の研究に励みながら作品作りをはじめた寛次郎。30歳のころ、この五条坂の登り窯を手に入れたことで、陶工として独立します。登り窯は共同窯で、寛次郎だけでなく周辺の陶工たちも作品を持ち寄り、ひとたび点火されると三日三晩、炎が絶やされることなく燃え続けていました。

これほどの大きさの登り窯を見られるのは京都でもここだけ

これほどの大きさの登り窯を見られるのは京都でもここだけ

「窯に火が入ると、そこはもう“聖域”でした。普段は子どもたちの遊び場になっている窯ががらりと様相を変え『今は近づいてはいけないんだ』と、子ども心にわかりました。でも、一晩中ある炎の気配やパチパチという音に、言いようのない高揚感を覚えた記憶があります」(鷺さん)

釉薬のテストピースの数々

釉薬のテストピースの数々

寛次郎が京都に定住したのは、京都の文化に執着したというよりは、この窯があったからこそ。巨大な登り窯だからこそ作り得た焼き物の表情を、寛次郎は創作の要にしていました。独立後数年は、中国古陶磁に影響を受けた作品を発表していましたが、民衆工芸との出会いをきっかけに、生活のために作られた作為のない美しさを求めるようになります。柳宗悦、濱田庄司らとともに民芸運動に取り組んだのもそのころです。

木臼をリメイクした椅子は寛次郎の発案

木臼をリメイクした椅子は寛次郎の発案

暮らしに根ざした美を追求する中、1937年に自ら設計し建て直したこの家と工房は、寛次郎の美意識と人生観のあらわれです。京都らしいみやびな空間ではなく、農家にあるような野太く素朴な雰囲気を好んでいるのがわかります。木臼をリメイクした椅子や竹の家具、照明など自身でデザインした家具からは、あらゆるところに美を見出し、暮らしを楽しんでいた様子がうかがえます。「暮しが仕事、仕事が暮し」。そうつぶやきながら楽しそうに手を動かす寛次郎の姿が、目に浮かぶようです。

「手」のモチーフはさまざまな作品で表現された

「手」のモチーフはさまざまな作品で表現された

年を重ねても、寛次郎の創作意欲は衰えることなく、ますます自由になっていきました。表現の手法も多岐にわたり、戦争の影響で窯をたくことができなくなるとさまざまな言葉や文章をつづり、60代以降は木彫に熱心に取り組みました。美の追求に妥協を許さぬ姿勢の一方で、祖父・寛次郎のことを鷺さんは「優しい人でしたよ」とふりかえります。「己に厳しく、人に優しく。家族や友人との時間を大切にし、言葉の力を知る人でした」

書斎のあった2階には寛次郎の写真が飾られている

書斎のあった2階には寛次郎の写真が飾られている

河井寛次郎記念館にただよう、懐に抱かれているような安心感。それは、寛次郎の暮らしと仕事が、常に「人」を尊ぶところにあった証しなのかもしれません。食事を取り、眠り、ものをこしらえ、誰かと話し、時には窓辺でぼんやりと過ごす。そんなふうに生活のすべてを慈しんでいたという記憶が、建物全体に染み付いているように感じられるのです。

館員や来館者に可愛がられている、ノラ猫のえきちゃん

館員や来館者に可愛がられている、ノラ猫のえきちゃん

河井寛次郎記念館のある五条坂付近では、8月7日から10日まで毎夏恒例の「五条坂陶器まつり」が開催されます。にぎわう通りから少し足を延ばし、一人の陶工の素朴な暮らしと仕事にも、ぜひ触れてみてください。暮らしに美しさを見いだすことが、仕事を豊かに彩り、人間をたたえることにつながるのだと、この家に宿る寛次郎の言葉が聞こえてきそうです。(撮影:津久井珠美)

【河井寛次郎記念館】
http://www.kanjiro.jp

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PROFILE

  • 大橋知沙

    編集者・ライター。東京でインテリア・ライフスタイル系の編集者を経て、2010年京都に移住。京都のガイドブックやWEB、ライフスタイル誌などを中心に取材・執筆を手がける。本WEBの連載「京都ゆるり休日さんぽ」をまとめた著書に『京都のいいとこ。』(朝日新聞出版)。編集・執筆に参加した本に『京都手みやげと贈り物カタログ』(朝日新聞出版)、『活版印刷の本』(グラフィック社)、『LETTERS』(手紙社)など。自身も築約80年の古い家で、職人や作家のつくるモノとの暮らしを実践中。

  • 津久井珠美

    1976年京都府生まれ。立命館大学(西洋史学科)卒業後、1年間映写技師として働き、写真を本格的に始める。2000〜2002年、写真家・平間至氏に師事。京都に戻り、雑誌、書籍、広告、家族写真など、多岐にわたり撮影に携わる。

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