いつかの旅

連載エッセー「いつかの旅」 (10)お土産

  

 お土産はうれしい。友人たちは私が食いしん坊だと知っているので、たいてい食べ物をくれる。パリの紅茶、ベルギーのチョコレート、高野山のごま豆腐、モロッコのサフランの香りの塩……日常にない食べ物は色鮮やかな空想の景色を見せてくれる。

 旅の話を聞くのも好きだ。過ぎたことなので失敗も笑い話になる。旅の話には必ず終わりがあり、完結した物語のようで安心して聞くことができる。議論したり、意見を求められたりすることもあまりない。ただ、その人のまなざしを想像しながら追体験する。

 仕事が夜中までかかり疲れたとき、軽くお酒を飲みながらふとテレビをつける。バラエティ番組はうるさすぎて疲弊した頭にはしんどい。そんなとき、えんえんと景色を映しているだけの番組を見つけると、ぼんやり眺めてしまうことがある。ナレーションもなくていい。人の旅話を聞くのはその感覚と似ている。

 現在進行形の旅の報(しら)せもある。留学中の友人からの外国の葉書、滞在先のホテルの便箋(びんせん)に入った手紙。そういうものが届くと、ついつい匂いを嗅いでしまう。スマートフォンになってからは写真が送られてくるようになった。砂漠の夕焼け、山寺へと続く石段、巨大な木々、山菜そば、トカゲのタジン料理、水平線……旅先で美しいと思ったり、おいしいと感じたり、めずらしかったりしたものをリアルタイムで見せてくる。

  

 気のきいた返事はいつもできない。ありきたりの感想を返す。おそらく相手も感動を伝えたいだけで、気のきいた返答なんてものは期待していないだろう。返信が遅れれば、もう次の場所へと向かっているはずだ。そんな会話ともいえないやりとりでも、友人が自分のまったく知らない場所にいると思うと、なんとなく目の前がひらけたような気がして空を仰ぎたくなる。

 興奮にまかせて撮った写真はどれも、ここにいるよ、と言っているように見える。非日常を楽しんでいたとしても、いつもの日常を知っている誰かとつながりたくなるのかもしれない。そういうときに思いだしてもらえるのはうれしい。リアルタイムのお土産のようだ。

 SNSがこんなにも広まっているのは、人がつながりたい生き物だからなのだろう。自分を知っていてもらいたい。自分の見ているものや感じていることを共有したい。でも、特定の誰かに言うのはちょっと恥ずかしい。声高に意見を論じるわけでも、誰かを非難するわけでもない、目に映ったささやかなものを投稿したSNSはなんだかいとおしい。眺めていると、ここにいるよ、という無数の小さな声が聞こえる気がする。みんな旅の途中なのかもしれない。

  

PROFILE

千早茜

1979年北海道生まれ。幼少期をアフリカのザンビアで過ごす。立命館大学卒業。2008年、小説すばる新人賞を受けた「魚神(いおがみ)」でデビュー。同作は2009年の泉鏡花文学賞を受賞。2013年、「あとかた」で島清恋愛文学賞。「あとかた」と「男ともだち」(2014年)が直木賞候補作になった。2018年には尾崎世界観さんと共作小説「犬も食わない」を刊行。2019年には初の絵本「鳥籠の小娘」(絵・宇野亞喜良)を上梓。著書はほかに「クローゼット」、エッセー「わるい食べもの」など多数。

フォトグラファー

津久井 珠美(つくい・たまみ)

1976年京都府生まれ。立命館大学(西洋史学科)卒業後、1年間映写技師として働き、写真を本格的に始める。2000〜2002年、写真家・平間至氏に師事。京都に戻り、雑誌、書籍、広告、家族写真など、多岐にわたり撮影に携わる。
http://irodori-p.tumblr.com/

連載エッセー「いつかの旅」 (9)海老の頭

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