あの街の素顔

刺し身用アジをぷりぷりのフライに 聖地・長崎県松浦市を訪ねて

福岡市から車で西へ約2時間。長崎県の松浦市といえば13世紀の元寇で主戦場の一つだったことは知られているが、実はアジの水揚げ量が日本一だということはあまり知られていない。

巨大な網でアジやサバ、イカなどの群れを囲んで獲る大中型まき網船団の水揚げ基地である松浦港には、今日も対馬や五島沖などで漁獲された魚が運搬船で運ばれてくる。

刺し身用アジをぷりぷりのフライに 聖地・長崎県松浦市を訪ねて

松浦市はトラフグの養殖も盛んだ

そんな松浦が今、「アジフライ」で注目を浴びている。

漁師町でアジを食べるといえば、刺身、たたきといった生食が定番。ところが、松浦には新鮮なアジをフライにして提供する店があふれているという。なんともぜいたくな話ではないか!

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松浦魚市場にある「魚市食堂」のアジフライ。働く人は朝から揚げ物なのだ

早朝、調川(つきのかわ)にある松浦魚市場へと向かった。

6月にリニューアルされた事務所棟の1階には「魚市食堂」「大漁レストラン旬(とき)」と2軒の食堂がある。ともに営業時間は朝6時から昼の2時まで。つまり漁師や仲買人など市場で働く人のための食堂だ。ところが、最近ではわざわざ福岡や佐世保からアジフライを食べに訪れる客も多いという。

「魚市食堂」でアジフライ定食を注文する。まず650円という安さに驚くが、3枚におろしたフィレタイプの肉厚なアジフライが三つものっているではないか。もしかして、撮影用に気前よく大盛りしてくれた?

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「魚市食堂」の坂本義江さん

「いつも通りですよ。アジのサイズで4本にするときもあれば、2本のときもある」と話すのは、33年間店を切り盛りしている坂本義江さん。市場の人はカラダが資本。とにかくよく食べるのだそうだ。では、熱いうちに黄金色に輝くアジフライをいただくとしよう。

衣はサクサク。脂ののったふわりとした身肉から凝縮されたアジ特有のうまみが広がる。なんとジューシーな! これですよ、これ。やはりアジフライは魚フライの王様なのである。でもって王様なのに威張った感じがまるでないところもいいのである。

しかもこのアジフライ、食堂の目の前に水揚げされたアジを速攻でさばいて揚げているのだから最強。キング・オブ・キングス。王様バンザイなのである。

「たかがアジフライで大げさな」と思ったあなた、まことに残念。一般的に売られている加工品のアジフライは、水揚げされたアジを冷凍して海外に送り、加工場で解凍して衣をつけてからまた冷凍して日本へ運び、それを再び解凍して揚げたものが多い。

冷凍解凍を繰り返すほどにうまみは抜け、身はパサつく。それと刺身レベルのアジを使ったアジフライはまったくの別物なのだ。

1本は塩レモン、1本はウスターソース、もう1本はタルタルソースでいただく。

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アジフライの切り口。衣はカリッ、身はふわりとジューシー

「うちは冷凍しないから、お出しできないこともあるの。だからメニューには載せていません。遠くからアジフライを食べにお見えになる方もいるので、ないときは本当に申し訳ないけどね。あらやだ、もう食べちゃったの? 食べるのは簡単だけど、骨をきれいに取るのって結構神経使うのよ〜」(坂本さん)

鷹島・福島エリアを含め、松浦市内にはアジフライを提供する店が20軒以上あるという。松浦駅周辺の2軒を訪ねてみた。

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「あじ彩」のアジフライ定食(1280円)

食味酒処「あじ彩」のアジフライは大きめのアジを3枚におろして揚げるタイプ。特徴は薄めの衣に加えられた粉チーズ。チーズのグルタミン酸とアジのイノシン酸がうまみの相乗効果を醸し出す。

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割烹「鶴屋旅館」アジフライ御膳(1620円)

1910(明治43)年創業の割烹「鶴屋旅館」の名物はウナギだが、ここでもアジフライをいただくことができる。釣りもののアジをいけすで生かしておき、オーダーが入るとすくい上げて調理する方式で、刺身も食べたい人は半分をフライで半分を刺身でというハーフ&ハーフも可能だ。

新鮮なことは言うまでもないが、いずれの店も衣は薄め。しかもいい油を使って揚げているから色が美しく、なにより胃がもたれない。

実は松浦市、アジフライを提供する店が昔から多かったわけではない。仕掛け人は2018年2月に市長に就任した友田吉泰さん。選挙公約の一つに掲げたのが「アジフライの聖地をめざす」だった。

なぜ松浦をアジフライの聖地にと考えたのか。元寇で戦い郷土を守った武士・松浦党をたたえる「松浦水軍まつり」の会場で、友田市長に思いを尋ねた。

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松浦市長の友田吉泰さん

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市長が法被を脱ぐとアジフライTシャツが!

「呼子(よぶこ=佐賀県)のイカ、中津(大分県)の唐揚げのように、松浦を知ってもらう、来ていただくきっかけとなるインパクトのあるものは何かと考えて、たどり着いたのがアジフライです。松浦はアジの水揚げ量日本一の町です。いきのいいアジが豊富にあるわけで、これをいかさない手はないと」(友田市長、以下同)

しかし地元ではアジは刺身や塩焼きで食べるのが定番。なかでも大人には骨ごと薄く筒切りにした「たたき」のような「背切り(セギリ)」が好まれ、フライにすることはまれだった。

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ひれ、はらわたを取り除き、中骨ごと薄くぶつ切りにする「背切り」。「背越し」と呼ぶ地方が多いと思う

「アジフライはおかずに、おやつに、酒のさかなにもなりますから、大人から子どもまでみんな大好きです。そしてなんといってもリーズナブル。私自身、揚げ物好きですが、よそより松浦のアジフライのほうが断然においしいことに気がつきまして。選挙公約に掲げたときは『アジフライ??』とキョトンとされましたね」

アジフライで町おこしが始まった。土日も営業してアジフライを提供してもらうよう飲食店に協力を要請。食べられる店のマップを作成し、メディアで積極的にPR。学校給食のレギュラーメニューにも取り入れるなどして、アジフライの聖地計画は着々と進んだ。

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市内20軒のアジフライ提供店をまとめた「アジフライマップ」と松浦アジフライのブックレット

「アジフライの概念が変わった!」「また食べに来たい!」とおいしさは評判を呼び、県外から訪れる人も増加。提供店も増え、店ごとにパン粉や揚げ方を工夫したり、タルタルソースの味を競ったり、町中がアジフライ一色の盛り上がりを見せている。来年4月には堂々と「アジフライの聖地宣言」をする予定だ。

「原料が松浦魚市場に水揚げされたアジ、もしくは松浦近海で獲れたアジであること。加工はノンフローズン、もしくはワンフローズンまでとする」が聖地のアジフライとして認定される条件だ。ノンフローズンは一度も凍らせないもの。ワンフローズンは、刺身レベルの鮮度のアジをさばき、その日のうちに粉付けまでしてから凍らせたフライのこと。

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「松浦水軍まつり」の屋台では、1日で3000枚のアジフライを揚げたという

「松浦水軍まつり」をのぞいてみた。さすがは聖地、アジフライのブースに長蛇の列ができている。なんと1枚100円のビックリプライス。これは行列に並ばねばなるまい。

「ジュワー、プチプチ♪」 と心地よい揚げ物サウンドを響かせながら、続々と揚がっていく。アツアツのアジフライを缶ビールでいただく。

見上げれば雲ひとつない晴天の空。ささやかな幸せを感じるひととき。まさに王様バンザイなのである。

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武者姿の人。「松浦はアジフライの聖地でござる、エイエイオー!」と叫んだ?

PROFILE

「あの街の素顔」ライター陣

こだまゆき、江藤詩文、太田瑞穂、小川フミオ、塩谷陽子、鈴木博美、干川美奈子、山田静、カスプシュイック綾香、カルーシオン真梨亜、シュピッツナーゲル典子、コヤナギユウ、池田陽子、熊山准、藤原かすみ、矢口あやは、五月女菜穂、遠藤成、宮本さやか、小野アムスデン道子、石原有起、高松平蔵、松田朝子、宮﨑健二、井川洋一、草深早希

遠藤 成(えんどう・せい)

編集者
編集プロダクション「ノーチラス工房」代表。ヨットで日本を1周してみたくなり、30年近く勤務した出版社を退社。全国各地の漁港に寄港するなかで、漁師や卸業者と知り合い、水産業の面白さに目覚める。モットーは「知って食べると魚はもっと楽しい」。

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