中田英寿 福島を旅する<#09> 来ました、福島。―「伝統工芸」PR

長い歴史をもつ絹織物の産地、福島県川俣町(かわまたまち)に今、世界から熱い視線が注がれている。2012年、ものづくり日本大賞で内閣総理大臣賞を受賞した、世界一薄い絹織物「フェアリー・フェザー」を生み出し、川俣シルクのイノベーションに挑み続ける、齋栄織物(さいえいおりもの)を訪ねた。

中田英寿 福島を旅する<#09> 来ました、福島。―「伝統工芸」

創業当時のままの姿を留める木造の工場を巡る中田さんと齋藤さん。天井につるされていたのは原料の生糸。毛羽立ちや糸切れを防ぐため最初に、オリーブオイルなどを配合した布海苔(ふのり)につけてコーティングし、陰干しする工程が必要なのだという

イノベーションで川俣シルクの復権へ

「東北の絹織物というと、仙台平(せんだいひら)や米沢織(よねざわおり)の名前をよく聞きますが、福島県にも絹織物の産地があるんですね」

工場内を歩きながら、作業風景を見学する中田英寿さん。隣では齋栄織物の常務、齋藤栄太(さいとう・えいた)さんが、生糸が非常に高価だった時代に、川俣では少ない糸で高い価値を生み出す「軽目羽二重(かるめはぶたえ)」の技術が発達したと説明する。

現在、川俣町の織物会社は約20社。この薄手で上質なシルクの生産を受け継いできた。
「欧米の繊維業界では“KAWAMATA”の地名は、軽目羽二重を指す言葉でもあるそうです」

祖父の創業した会社に齋藤さんが入社したのは17年前。当時は、会社の業績もどん底だったと振り返る。

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トンタントンタンという音に包まれる工場内。織機がズラリと並ぶ光景に「すごい数ですね」と中田さんも圧倒されていた

「取引先が限られていて、一社依存率が高い状況でした。関係先が業績不振に陥れば共倒れのおそれがある。裾野を広げたくて、展示会や商談会に積極的に参加し、輸出もアメリカだけでなく、ヨーロッパの販路開拓を始めました」

並行して、自社の強みとなるフラッグシップ商品の開発にも乗り出した。たどり着いたコンセプトは「世界一薄くて軽い先染めの絹織物」。川俣シルクの特長を突き詰めると共に、齋栄織物が得意とする、先染め織物の技術を融合したいと考えたからだ。

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長さをそろえ、本数を整えた経糸(たていと)を、くし状に並ぶ針金に1本1本通していく。ちみつで根気のいる作業だ

まずは市場にある最も細い生糸を使用して試作するも、営業先の反応は薄かった。そこで見直したのが原料の生糸。通常、蚕(かいこ)は4回脱皮して繭(まゆ)になるが、3回しか脱皮していない「三眠蚕(さんみんさん)」の糸を用い、髪の毛のおよそ6分の1という極細糸を開発した。ピンと張っていなければ、指先ですくっても感触がないほど繊細。当初は糸切れの連続だったが、試行錯誤しながら織機(おりき)を改良。2年以上を費やして、量産化にこぎつけた。

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現在、原料の生糸は輸入品が大半。「輸入生糸はいまも手紡ぎが主流なので実は、品質が良いんです。一方、白さやしなやかさにおいては、国産生糸が優れています」(齋藤さん)

「フェアリー・フェザー」と名付けられた商品の一般販売がスタートしたのは、東日本大震災からちょうど1年後のことだ。テレビで特集されるや、メールはパンク状態に。電話の問い合わせは、1日でファイル2冊分にもなった。同年、ものづくり日本大賞やグッドデザイン賞を受賞。ヨーロッパの有名ブランドにも続々採用され、店頭に自社製品が並んだ時は喜びが込み上げたと語る齋藤さん。今後は、家庭で洗えてシワになりにくく、ストレッチ性のあるシルク100%の素材を開発したいと意欲を見せる。

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光沢とハリのある質感が特長の「フェアリー・フェザー」。ウェディングドレスやランジェリーといった衣類のほか、工業用資材、iPS細胞の培養素地など医療用途にも採用されている

そうした新たなものづくりの姿勢を称賛する一方で、和装の文化もぜひ残してもらいたいと中田さんは期待を寄せる。

「以前、女性は友禅、男性は袴(はかま)をドレスコードに、イベントを開催したのですが、参加者には非常に好評でした。このイベントへの参加をきっかけに着物をあつらえる方も多く、僕も年に1枚は買うようになりました。ものづくりだけでなく、機会をつくること。産地でもバランスよく取り組んで行くことが今後は、大事なのではないかと思います」

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伊達郡南部、阿武隈(あぶくま)山地の丘陵に位置する。1400年前に小手姫(おてひめ)が養蚕(ようさん)・機織り(はたおり)の技術をもたらしたと伝わり、「絹の里」として栄えてきた。明治から昭和にかけては羽二重の輸出で発展。特産品として川俣シャモも知られる

中田英寿(なかた・ひでとし)
1977年山梨県生まれ。ドイツW杯を最後にプロサッカー選手を引退した後は、世界各地を歴訪。日本全国47都道府県を巡る旅を経て、伝統文化・工芸を支援するプロジェクト「REVALUE NIPPON PROJECT」を立ち上げる。15年には、株式会社JAPAN CRAFT SAKE COMPANYを設立。日本酒の魅力、楽しみ方を国内外に発信する活動に取り組む。

◆福島県公式Facebook

◆齋栄織物株式会社HP

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